◆Daisy◆ 2









「なんかヒーローとはもう付き合えないそうですよ。僕は名前も顔も出していますからね、僕と一緒にいる所見られたらまずいんじゃないですかね。まぁ僕もまずいですけど」
バーナビーがすらすらとそう言って肩を竦めた。
バーナビーのあっさりした物言いにも思わず顎が落ちて、虎徹は呆けた表情になってしまった。
「…バニーちゃんって、男の恋人がいたんだ?」
「いえ、別に恋人じゃないです。身体だけの関係です。好きなわけじゃありません。まぁ向こうが別れたいって言うんですからしょうがないですよね」
淡々と言うので、虎徹としては頷くしかない。
美しい端正な顔が紡ぎ出す言葉にしては驚くような内容ばかりだ。
もっと話を聞きたかったが、バーナビーがこれでもうこの話はおしまい、とばかりに身体の向きを変え、パソコンに向かってしまったので、虎徹もそれ以上は聞けなかった。
心ここにあらず、仕方なくパソコンに向かうが、作成しなければならない書類など身が入るはずもない。
ちらっとバーナビーを眺めるが、今度は彼もその視線に乗っては来なかった。
なんとなく肩を落とし、小さく溜息を吐いて虎徹は再びパソコンに向かった。









それからというもの、以前とは違う意味で虎徹はバーナビーの事が気に掛かるようになってしまった。
バーナビーは普段と全く同じ、淡々とインタビュ−や書類仕事をこなし、黙々とトレーニングセンターでトレーニングをし、出動要請がかかればてきぱきと出動してポイントを稼いでいる。
虎徹と違って完璧な優等生だ。
彼をイーストシルバーの公園で見たのが夢だったのではないか、もしかしてあれは別人だったのではないか、と思ってしまうぐらいだ。
しかし問い掛けてみてバーナビーの方から事情を説明してきたのは、確かである。
だからバーナビーが男と付き合っていて、いや付き合うというのではなく、彼の言によれば身体だけの関係だったらしいが、…そういう関係をプライベートで持っていたという事だけは間違いがない。
二人の身体が重なって口付けをしていた光景が脳裏に思い浮かぶ。
虎徹の知っているバーナビー・ブルックスJr.という男は、同じ男性でありながらもまるで性を感じさせない存在だった。
そんな事に表立って興味を示さず、自分はまるでそういう事には関係がない、というように見えた。
ストイックで男らしい逞しい体つきでありながら、どこか中性的な雰囲気もある。
生々しい話題など、する事もなければ考えるのさえ軽蔑されるような、そんな雰囲気を虎徹は感じていた。
それだけにそのバーナビーが他人、この場合は男性でも女性でも特に構わなかったが、――しかし、バーナビーのようなストイックな人間の基準からすると、同じ同性というのは些か範疇からは外れているようにも思われる――その他人と性関係を持つ、しかもそれは恋愛ではなくて身体のみの関係だった、というのだから驚きである。
つまり、バーナビーにもそういう肉体的欲望があって、それを恋愛という所謂人間の純粋な感情を経ずして、それを抜かしてただ肉体のみ、欲望のみの関係で欲望を発散させていた、という事になる。
バーナビーに対する見方が変わってしまうような気がした。
表向きバーナビーはいつもと全く同じである。
虎徹とは違って何事も完璧にそつなくこなし、人当たりが良く仕事の成績も優秀。
他人に対して心を許すこともなく、いつも一定の距離を保ったままである。
そのバーナビーがセックスをする……。
身体だけの関係を結んでいたと本人自ら言ったのだから、それはセックスをしていたという事に他ならないが、虎徹にはどうしてもその彼がセックスに興じている姿が想像できなかった。
あの端正な冷たい表情を、快感で歪ませたりするのだろうか。
キスをしている所は遠目では見たが、遠くて夜と言う事もあり、彼の表情は分からなかった。
どんな表情をして口付けをするのか。
あの時の二人の雰囲気からして、セックスの時バーナビーは受け身であろうと思われたが、どんな風にして男に抱かれるのだろうか。
声を上げるのか。
或いは、声を上げずに機械のようにセックスをするのか。
いや、そんな事は無いだろうが。
セックスは一人でできるものではなく相手が必要な行為だ。
相手も楽しくなければいかにバーナビーが眉目秀麗であるとは言え、そういう関係が続くはずがない。
という事はバーナビーはヒーローにならなければずっとあの男と付き合っていたわけであり、そういうふうに相手が続けるほどの魅力、――肉体的魅力がバーナビーにあるという事になる。
どこで二人は会っていたのだろうか。
相手の男も見るからに普通の社会人のようであったから、もしかしたら家庭持ちかも知れない。
相手の男の自宅だろうか。バーナビーの家だろうか。
それともホテルかどこかに行って、会っていたのか。
二人でどこかに出掛けたりする事はあったのだろうか。
いや、身体だけだとしたらそういう事はしないか…。
約束をして、セックスをするためだけに会う。
そういう関係なのだろう、信じがたいが。
(……………)
考えれば考えるほど頭の中がもやもやしてくる。
そのもやもやが一体何なのか、非常に気になった。
気になると言えば、バーナビーの様子も気に掛かって仕方がない。
彼を見るとイーストシルバーでの出来事が頭に思い出されて、訳もなくそわそわする。
そんな気持ちでは仕事にも集中できない。
当のバーナビーは全く先日の件など忘れたように淡々と仕事をこなし、いつもの完璧な仕事ぶりを見せつけてくるから、虎徹の仕事のあらがますます目立つようになってしまった。
一週間ほどいろいろと考え、虎徹らしからず悩んだ末に、虎徹はバーナビーに直接聞いてみることにした。









「よぉ、バニー、今日うちに来ねぇ?夕食ご馳走するからさ?」
夕刻、終了時刻間際になって虎徹は隣のデスクでパソコンに向かって手際よく仕事をこなしているバーナビーに話しかけた。
バーナビーがキーボードを叩いていた手を止めて虎徹に方に顔を向ける。
「おじさんのうちですか、珍しいですね。うちに招待なんて」
「そうか?まぁ、ほら、たまには手料理なんてどうかなって思ってな?」
虎徹はバーナビーの事を比較的頻繁に夕食などには誘っていた。
しかし、大抵は会社の近くのレストランやバーなどであり、アポロンメデイア社から虎徹の家のあるブロンズステージは少し距離があるため自宅に誘った事は無かった。
「おじさんの手料理ですか…。食べられるんですか?」
バーナビーがいつもの皮肉を言ってくる。
こういう彼と接するのに慣れていたからこそ、やはりあの公園での彼、身体だけの関係だと言った彼が分からなくなる。
「まぁ、食べてみるかわかるんじゃね?そんなにまずくはねぇと思うんだがなぁ…」
「そうですか。じゃあ折角ですからお邪魔しますよ」
全くセックスをしている、などという雰囲気を感じさせないバーナビーだ。
コイツが男と……。
胸の中にまたもやもやが浮かんできて、虎徹はその思いを振り切るように立ち上がった。









自宅へ招待したバーナビーは最初、虎徹の家の雑然とした様子に些か驚いていたようだった。
が、虎徹がチャーハンを炒めて皿に盛り、用意しておいたワインとサラダ、それに珈琲を出すと、目をぱちぱちとさせてその料理を眺め、それから食べ始めた。
「意外でした。おじさん、料理上手いんですね」
「へっへー、そうだろ?まぁ悪くねぇだろ?」
「えぇ、一人暮らし長いんですか?」
「うーん、まぁな…。バニーちゃんだって一人暮らしじゃねぇか」
「僕はうちでは殆ど作りませんので、たいていテイクアウトしてしまいます」
「ふうん…まぁ、それはそれで栄養面に気をつけてればいいんじゃねぇか」
などと食事に絡めて当たり障りのない話をし、食べ終える。
テーブルの上を片付けてワインだけにする。
仄かなピンク色の液体は虎徹には少し甘すぎたが、バーナビーは気に入ったようだった。
頃合いを見て思い切って虎徹は話を切り出した。
「なぁバニー、最近どうなんだ?」
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