◆HONESTY◆ 3









そのまま自宅に帰って眠れぬ夜を過ごし、次の日もその次の日も、バーナビーはとりあえず会社では普通に過ごした。
虎徹がおどおどとして申し訳なさそうに自分を見てくるが、それには気付かないふりをして、いつものようにただビジネスライクに彼と接する。
その間に出動も無難にこなして、表向きはなんとかなっていた。
元から虎徹に期待していたわけでもない。
あの時ふと、彼なら自分の願いを叶えてくれるかも知れないと思って、ちょっと誘ってみただけなのだ。
無理な事は分かっていたはずだった。
何と言っても虎徹は健全な一般常識の持ち主なのであり、一人娘も居る、ノーマルな性嗜好の持ち主だ。
しかし、あんな馬鹿なことをしなければ良かった、とは思った。
更に意外な事には、虎徹に拒絶されたという事実がバーナビーを思ったよりもずっと傷つけていた。
虎徹を見ると心の奥底が痛むようで、できるだけ彼を見ないようにした。
彼が申し訳ないというような目で見てくるのが耐えられず、視線も合わせない。
どうしても話さなければならない時は心に何十も鎧を着け、自分の気持ちが分からないように防御した。
そんな事をしていると更に疲れて、空しくなる。
どうしようもなくなって、バーナビーは一大決心をした。
以前よく通っていたスポットに行くことに決めたのだ。
いつもとは全く違ったカジュアルな服装をして、髪の毛は後ろで縛り、眼鏡もいつもの眼鏡とは全く違う、丸くて色の付いたものにする。
そうしてよく行っていた界隈に足を向け、後腐れが無く、一夜の相手として最適そうな人物を捜す事にしたのだ。
長年そういう風にして培った勘があり、その日もバーナビーは程なく適当な相手を見つけることができた。
30代半ば、おそらく虎徹と同年代であろう。
スーツをきちんと着こなした、身元の確かなスマートな感じの男だ。
目を合わせ、オーケーの印ににっこりと笑うと、男が寄ってきて、バーナビーの手を取った。
案内されたのは、一流のホテルだった。
「ここでいいかな?」
「えぇ…」
男が選んだホテルにも満足する。
シンプルで上品な部屋に入り、シャワーを浴びる。
バスローブを羽織ってベッドで待っていると、後からシャワーを浴びた男が出てきた。
背の高さや肌の色もなんとなく虎徹に似ていた。
そういえば髪も黒髪だ。
もしかして虎徹と似ているから彼を選んだのだろうか。
はっとその事実に思い当たって、バーナビーは不快な気分になった。
そんな気分を振り払うようにベッドに近付いてきた彼の首に手を回して、自分から口付けをする。
いつもならそうするだけでこれからの期待に心が躍り、身体があっという間に反応してすぐにでもしたくてたまらなくなるはずなのに、何故かその時はそうはならなかった。
相手の男は紳士的で申し分がなかった。
それなのに、どうしても興奮しない。
男に身体を撫で回されて、快感ではなく悪寒が走った。
バーナビーが眉を顰めて自分の身体の変化に戸惑っていると、それを察したのだろう、相手の男も不審な顔をした。
「乗らないかい?」
「………」
男の手がバーナビーのバスローブを掻き分けてペニスを掴んでくる。
「全く勃起していないね」
「……すいません……」
自分でもどうしてか分からなかった。
今まで我慢していたセックスがやっとできるのだ。
相手は申し分ない。
思い切り乱れてぐちゃぐちゃになって、何もかも忘れて没頭したい。
虎徹の事も、彼に拒絶されたことも、全て忘れてしまいたいのに。
男はしばらくバーナビーのペニスを扱いていたが、バーナビーがまるっきり勃起しないのを悟ると肩を竦めて手を離した。
「どうやら今日は気が乗らないみたいだね」
「ごめんなさい、…折角ここまで来たのに…」
紳士的な相手の男にも申し訳なくて、バーナビーは俯いた。
「いや、構わないよ。その気にならないのを無理矢理やるのも私の性に合わないしね。では、出ようか?」
そう言って男がスーツを身につけ始める。
バーナビーも俯いて脱いだ服を着た。
とても惨めだった。
波が出そうになる。
折角、何もかも忘れて快楽に浸ろうと思っていたのに、反対に惨めで辛く、心の中に溜まっているものが数倍に膨れ上がってしまう程だった。
男と別れて自宅に戻って、バーナビーはベッドに突っ伏した。
どうしたらいいのか分からなかった。
意を決して行ったのに、セックスもダメだった。
心は相変わらず、いや更に重い。
どうやってこの重みを吐き出したらいいのだろう。
やはり医者に行くしかないのか。
いや、医者に行ったって吐き出せそうにはない。
何をしたらいいのか分からない。
「……くそっ!!!」
枕に顔を埋めてバーナビーは力無く悪態を吐いた。










「ちょっとバーナビー君、今日の出動どうしたの?虎徹君がフォローしたからいいようなものの、あのままじゃ危なかったじゃない」
帰ってきて早々ロイズの小言をバーナビーは俯いて聞いていた。
確かにその通りだった。
いつもなら自分が虎徹をフォローしている場面なのに、今日はいつもでは考えられないようなミスをして、もう少しで大怪我をする所だった。
犯人逮捕どころか、反対に犯人に殺されてしまう所だった。
ヒーロースーツを着ているとは言え、それが身体を強固に守ってくれるわけではない。
虎徹がハンドレッドパワーでバーナビーを救い出したから良いようなものの、もしそのままだったら動けなくて、バーナビーは犯人のショットガンを全身に受けていたはずだった。
傍らで虎徹が心配そうにバーナビーを見つめてくる。
「まぁ君、若いしね。ヒーローになって間もないからたまにはそういう事もあるのかもしれないけど、でも最近の君、ちょっと変だよ。疲れすぎなんじゃないの?休みちゃんと取ってる?あぁ、虎徹君の休み、少し分けてあげなさいよ」
「え、俺っすか?俺だって休んでないっすけど…」
「君はいいの、大丈夫そうだから。それより、バーナビー君の面倒、ちゃんと見てよね?」
虎徹にそう言うと、ロイズは肩を竦めてさっさと部屋に戻っていってしまった。
二人きりになると、虎徹の茶色い眼がじっとバーナビーを見つめてきた。
「なぁ、バニー。今日はもう帰らねーか?」
基本的に出動があった日にはそのまま直帰してもいい事になっている。
バーナビーがデスクに座ってじっと俯いていると、虎徹がバーナビーの手を取った。
「帰ろうぜ?送ってくよ」
「……いいです」
「いいじゃねーだろ!とりあえずたまには俺の言う事も聞けよ」
珍しく虎徹が強い物言いをした。
「じゃあお先にー!」
同じフロアの経理の事務員に声を掛けると、虎徹はバーナビーを引き摺るようにして一緒にビルを出た。



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