「もしかして、バニーのやつ、社長の部屋に来てたんじゃないですか、社長居ない時に。その後そこで何かのトラブルに巻き込まれたのかも知れません。どこか荒らされたような形跡はありませんでしたか?」
電話越しに、タイガーの声が聞こえる。
私のはかりごとがばれたのかと一瞬身構えたがそうではなかったようだ。
あくまで私を信じているのか、この男は……。
つくづくバカな男だ。
「俺、これからサマンサさんの家に行こうと思うんですが」
「そうか、それじゃ、申し訳ないんだけど、サマンサの家に行く前にもう一度私の部屋まで来てもらえるかい?すぐにお願いするよ」
そう言って私は再度タイガーを部屋に呼び戻した。





◆Cypress◆  1





「また来てもらって悪いね。何度も」
「いえ、全然平気っすから」
「珈琲は嫌いだったかな?今度は紅茶を入れたよ、まずは気分を落ち着けてくれ。ミルクはいるかな?」
「あ、すいません、さっきは折角入れてもらった珈琲飲み忘れちゃって、申し訳ありませんでした」
何度も頭を下げてソファに座り、彼が紅茶のカップを口に運ぶのを私はじっと見守った。
今度は最初からミルクも入れてある。
上質の紅茶専用のそれだ。
口に含み咥内で転がしてから彼が紅茶を飲み込む。
今度はきちんと飲んだようだ…。
最初からそうして大人しく飲んでいれば、良かったものを。バカな男だ。
「美味いっすねこの紅茶…マーベリックさんだから、きっと上等なもの飲んでるんだろうなぁ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ、ところでさっきの話だけど」
「え、あ、あぁ、そうなんです。このテーブルの下にこれが落ちてたんですよ。これ、俺がバニーとおそろいで買ったものなんです。最初見つけた時はてっきり自分のやつが落ちたんだって思ったんですけど、さっき自分の服見たら自分の分は持ってたんです。だからここに落ちてた方はバニーのやつなんですよ。つまりバニーが確実にこの部屋に来ていたってわけで」
「…なるほど。何か私に話があったのかもしれないね…」
「はい…その後バニーから連絡はないですか?」
私は彼の向かい側で座っていたソファから立ち上がると、紅茶のカップを持ってゆっくりと移動した。
広い窓を背に、彼を見下ろす。
彼は逆光になった私を眩しげに見上げてきた。
「実を言うとね、タイガー君、バーナビーは今私の所に居るんだよ」
「……えっ?そ、そうなんですかっ?」
「会いたいかね」
「はい、そりゃぁ」
「じゃあ、紅茶を全部飲んでもらっていいかな?片付けてから案内するよ」
「あ、はい」
彼が慌ててカップを口に運んで残っていた紅茶を飲み干して立ち上がる。
まだ薬は効いていないようだ。
「それにしても…その、なんでバニーがいるって、最初に言ってくれなかったんですか?」
「それはね…」
私はタイガーを執務室の隣の部屋に案内した。
「ここに入りたまえ」
ドアを開けて彼を先に中に入れると、私は入らずにそのまま扉を閉める。
「あ、あれ?マーベリックさん?」
どんどん、と扉を叩く音がしたが、私はそのまま放置しておいた。
この部屋は私の隠し部屋で、何かとまずい人物や事態が起こった時に、ここに対象人物を隔離するためのものだ。
ネクストでも壊せないように強固な材質でできている。
暫く…10分ほどそのまま放置して置いてから、私は扉を空けた。
中では――中は、シンプルなベッドが一つと、椅子が一脚あるだけなのだが――、タイガーが力無く床に倒れていた。
「マーベリックさん…?」
顔だけあげて、彼が私を見上げてくる。
なにを、どうして?という顔だ。
私はにこやかに微笑んで見せた。
「君のことはね、できるだけ穏便に対処しようと思っていたのだが、先程のピンズの話を聞いて気持ちが変わったよ」
「……え…?」
脱力したタイガーの背中に手を回して抱き起こす。
くったりと彼が私に身体を預けてきた。
「おそろいでピンズを買うほどバーナビーと仲が良くなっていたんだね、タイガー。バーナビーの中に君が入り込むのをそこまで許してしまったとは…。私も迂闊だった」
「……は、…なにを…?」
「はっきり言っておこう。君が邪魔なんだよタイガー。バーナビーは私のものだ。私だけの可愛い人形だ。…それを君なんかに奪われてたまるものかね」
「…マーベリック、さん…?なんで?」
「君もいい加減鈍い男だ」
私は口角を上げて笑った。
彼が、いぶかしげに瞳を眇める。
「…なんで、これ…」
「薬を盛ったよ、君に。そのぐらいわかるだろう?」
「……ど、うして?」
「そりゃ、君が憎いからだよ、タイガー。バーナビーを私から奪おうとした。彼は私だけのものなのに。あぁ、でも今はもうバーナビーは私のものだよ、戻ってきたからね?」
「…意味、わかんねぇ…」
「まぁ、そのうち君にも分かるようにしてあげよう。とりあえずは、私からバーナビーを奪おうとした泥棒者には罰を与えなくてはね…?老人の嫉妬は醜いものでね、タイガー君、君みたいに格好良い男にバーナビーが惹かれたとなると、とても平常心ではいられないのだよ…」
「……何、ばかなこと…」
隠し部屋の壁についていたボタンを押す。
すると黒服の部下が二人、すっと影のように部屋に入ってきた。
「お呼びですか?」
「あぁ。コイツを…分かるな?」
私の目線で、部下たちは指令が分かったのだろう、頷いた。
私はタイガーから離れると、端に置かれた椅子にゆったりと座った。
「マーベリックさん、な、にを…?」
黒服の男達に乱暴に引き上げられて、タイガーが訳が分からない、というように私を見つめてくる。
……老人の嫉妬、か…。
我ながら自嘲が漏れた。
その通りだよ、タイガー。
この私の逆鱗に触れた君を、そのままにしておくはずがないだろう。
君にふさわしい素敵なシナリオを考えたからね、それをプレゼントしてあげよう。
「やれ」
私は部下に命じた。






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