◆HONESTY◆ 8
不愉快だった。
不快だった。
虎徹がとびきりの笑顔をアントニオに見せているのが、気に入らなかった。
そんな事を気に入らないと思うこと自体、おかしい、とは分かっていた。
けれど、分かっていても感情はどうにもならない。
気に入らないし不愉快だし、むかむかした。
自分の方を向いて欲しい。
他のやつに笑い掛けないで欲しい。
自分にだけ笑い掛けて、抱き締めて欲しい……。
「どうしたバーナビー、気分でも悪いのか?」
不快な気持ちを表に出すまいと表情を堅くしていると、アントニオが太い眉を寄せてバーナビーを覗き込んできた。
「疲れてんのか?」
心配されているのは分かるが、腹が立つ。
「別に…何でもないです」
「そうは見えねーぞ?」
アントニオが太い腕を伸ばしてバーナビーの頭を撫でようとした。
瞬間、反射的にバーナビーは、そのアントニオの腕をぱしっと払ってしまった。
「…………」
アントニオが驚いたように手を止めて、バーナビーを見る。
「あ、すいません、その…」
思わず手を払ってしまって、はっとしてバーナビーは虎徹を見た。
虎徹も驚いたように、茶色の目を丸くしていた。
「……すいません、帰ります」
強張った声しか出なかった。
立ち上がってジャケットを掴む。
「…ちょっとバニーちゃんっ。…アントニオ悪い、後で払うからここ払っといてくれる?」
「あ、あぁ」
バーナビーは少しでもそこにいたくなかった。
大股に歩いてバーを出ると背後から虎徹が追いかけてきた。
「おい、バニー、どうしたよ?」
虎徹が後から追いかけてきて、逃げるように歩くバーナビーの隣に並んできた。
「別に、…なんでもないです…」
「なんでもないって事はねぇだろ。バニー、…アントニオに失礼だったじゃねぇか?」
「………」
そう言われて、その通りだと思っても、うなずけなかった。
その日は元々、飲んだ後バーナビーのマンションに泊まるという約束がしてあった。
泊まるという事はつまりセックスをする、という約束である。
押し黙ったままタクシーを拾ってバーナビーのマンションまで戻って二人きりになっても、バーナビーは虎徹とうまくしゃべれなかった。
胸がむかむかした。
なんと表現したらいいか分からないそのむかつきに、虎徹に何か言えば彼を非難してしまいそうだった。
非難するような内容など何も無い。
けれど、虎徹に対して、どうして自分よりアントニオと仲良くするのか、とか、どうせ自分の事なんてどうでもいいんだろう、とか。
そういう理不尽な台詞を吐いてしまいそうだった。
「おい、バニー」
部屋に入っても黙ったまま自分の方を見てこようとしないバーナビーに、虎徹がじれて口調を変えた。
「どうしたんだよ、怒ってんのか?何怒ってんだよ…」
「別に……」
「別にじゃねーだろ、怒ってんだろ。何が悪かったんだよ、言ってみろよ」
虎徹の手がバーナビーの肩を掴んできた。
顔を覗き込まれて、思わず目を背ける。
「何怒ってんだよ、バニー。お前の方が悪いんだぞ、アントニオに対してあんな失礼な態度をとるなんて、子供みたいじゃねーかよ」
「随分、彼の肩を持つんですね」
「は…?」
「親友だからですか?僕よりずっと大切なんでしょ?」
そんな事が言いたいわけではなかったのに、口から出たのは虎徹を責める理不尽なセリフだった。
虎徹が表情を変えた。
「お前、言っていいことと悪い事があるだろ。アントニオに謝らねーのか?」
一言、謝ります、と言えば良かった。
それなのに、どうしてもその言葉が出なかった。
自分よりもアントニオを大切にして、虎徹は自分を責めてくる。
悲しくて、彼の言う事は正論なのに酷いと思って悔しくて、バーナビーは虎徹を睨んだ。
「そうかよ、分かった」
虎徹がバーナビーの肩から手を離す。
「今日は帰る。悪かったな、飲みに誘ったりしてな。じゃあなおやすみバニー」
虎徹がくるりと踵を返してマンションから出て行く。
本気で怒らせてしまったらしい。
出て行くとき、虎徹は振り向きもしなかった。