◆スクープ☆ヒーロー恋愛事情◆ 6
数日後その番組の収録があった。
番組自体はとても真面目で真剣な内容で、虎徹自身も見た事の無いような貴重なレジェンドの映像や初期のヒーローTV、或いはヒーローシステムがいかにして構築されたかなどの詳細な資料を実際に見る事ができたのも有意義だった。
番組中にされた質問も真面目なものばかりだった。
レジェンドについてや、子供の頃に見たヒーローショーについて、また、最近の出動や犯人逮捕について、ポイント等についてなどだ。
虎徹以外のコメンテイターも、ネクストについて研究している大学教授や評論家など、錚々たるメンバーだった。
現役ヒーローとしては虎徹だけが出演していたが、その他、引退したヒーローが顔を伏せて声だけ出演していたり、かなり興味深い番組で、その点で楽しく収録をする事ができた。
「お疲れ様でした」
「いい番組が録れたよ、ありがとう」
収録が終わって参加者や制作者たちが挨拶を交わし、コメンテイターたちが三々五々帰宅する。
虎徹も、自分が通された応接室で一休みをしていると、そこにその番組のプロデューサーがやってきた。
40代前半の一番脂の乗ったやり手の年代の男だ。
「やぁタイガー君、今日はほんとうにありがとう」
プロデューサは自らトレイにコーヒーを二つ乗せて運んできた。
「いや、俺の方こそ、今日は有意義な話がたくさん聞けて面白かったっす」
「そうならいいんだけどね…」
プロデューサーが人好きのする笑顔を向けてくる。
短い暗めの灰色の短髪に精悍な雰囲気を醸し出した、いかにも企業人といった出で立ちで、身体中からアクティブなエネルギーが発散されているような男だ。
「今日はもう終わりなんですか?」
「あぁ、後はもう現場のものがやってくれるからね…」
「君はどうなんだい、タイガー君。今日は会社に戻らなくていいのかな?」
「はい、俺はもう今日は直帰で家に帰るだけです」
「そうか、じゃあ少し話さないかね?」
「はぁ、別に大丈夫っすけど」
珈琲と皿に乗ったチョコレートやクッキーやらをテーブルに置いて、プロデューサーが虎徹の隣に座ってきた。
「君は日系だからかな、とても若く見えるね?」
「は、そうっすか?」
「君が画面に出ると、とても画面が映えるよ。今日はおかげで素敵な番組ができた。きっと視聴率も上がるよ、ありがとう」
「はー、そういうもんですかねぇ?あんまりたいした事言えなくて、視聴率下がっちゃいそうなんですが…。あ、でも他のコメンテイターの人がちゃんとしてたから大丈夫か…」
「何言ってるんだい、タイガー君。君、自分の魅力が分かってないのかい?」
「……へ?」
プロデューサーが突然、虎徹の肩を抱いてきた。
はっとして顔を上げ『はい?』と相手を見る。
「君、自分の魅力が分かってないようだね。バーナビー君があんなに熱烈に告白したのも頷けるっていうのにねぇ?」
「……?」
「君は可愛くて綺麗だよ。この間の写真雑誌、私も買わせて貰ったよ。君は本当に睫が長いね…」
顔を近づけて囁かれる。
「いや、その……」
心臓がどきんとした。
どうしよう、これは…これはどう見ても、迫られているって感じだ。
プロデューサーの手が、虎徹の頬に添えられ、輪郭をなぞるように柔らかく撫でてきた。
「肌がすべすべだね、タイガー君。それに目が美しい…。あの写真で君の目を見て、なんて綺麗なんだろうと思ったけれど、間近で見るともっと綺麗だ。琥珀色だね。でも光の加減によって茶色に見えたり金色に見えたり、…不思議だ。それに、君の唇も…ぽってりしていて可愛い…」
唇を指でなぞられる。
「君がこんなに色気のある男だったとはねぇ。君のデビュー当時から見ているのに、私も目が節穴だったよ。その点バーナビー君は君の魅力に気付いていたんだね。まぁ君の魅力を教えてくれたんだから、彼には感謝しないとね?」
ふっと視界が暗くなって、唇にやんわりと温かな物が押しつけられた。
呆然として見上げると、プロデューサーの手が虎徹の頬から顎に動き、顎髭を撫でてから首元に回される。
「可愛いね、タイガー君…。バーナビー君は熱烈に告白していたけれど、君はバーナビー君の事、好きなわけじゃないんだろう…?君は誰か好きな人、いるのかい?」
「……へ?……い、いや、そういうのは…」
「もしいなかったら、私と付き合わないかい?」
「……はい?」
プロデューサーが真摯な表情で囁いてきた。
(…やべぇ、マジだ。ど、どうするっ!)
虎徹は狼狽した。
「い、いや、その…。俺…」
「…タイガー君…」
耳元で囁かれて、ぞくっとする。
(やっべー!どうする!)
「あ、いや、その……。すんません、俺、付き合うとかそういうの、できねーんでっ!あのー、ほんとすんませんっ、帰りますっ!すいませんすいませんっっっ!!」
慌てて後退ってプロデューサーの手から逃れる。
帽子をひっつかむと、何度も何度もすいませんと謝りながら、虎徹は這々の体でその部屋を飛び出してしまった。
「うひゃー…もう…っ」
夜中近かったが、そのまま虎徹はアポロンメディア社に逃げ込んだ。
収録のあったスタジオからアポロンメディア社までは、同じ地区内という事もあって、あまり遠くない。
必死に走って会社に着き、深夜の受付に挨拶されたのも気付かずに狼狽しきってヒーロー事業部まで一気にエレベータで昇る。
誰も居ないかと思ったが、ヒーロー事業部には灯りが点いていた。
「…あれ?どうしたんですか、虎徹さん?」
中に入ると、夜中近いというのに、バーナビーがデスクでパソコンを起ち上げていた。
「はぁ、いや…、そのー…、ちょ、ちょっとね…」
はぁ、と溜息を吐いて、壁際のソファにどかりと腰を下ろす。
一気に疲れが襲ってきて、虎徹はソファにごろりと横になって脱力した。
「随分お疲れじゃないですか、大丈夫ですか?」
「ん……そうだねぇ…。ちょっと疲れたかも…」
はぁはぁしながらそう言うと、バーナビーが眉を寄せて、デスクから立ち上がって虎徹の側に来た。
「どうしたんですか?肩でも揉みましょうか?」
「あ、いや、そういうんじゃなくて…うーん…その…」
肩をぽんぽんと叩かれて、虎徹は溜息を吐いて起き上がった。バーナビーが隣に座ってくる。
(どうしようかな、困った…)
「どうしたんですか、虎徹さん。何か悩みがあるなら、なんでも聞きますよ、言ってくださいよ」
「うん。…そうだねぇ…」
そう返事をしてバーナビーを見ると、バーナビーが本当に心配している、という顔で覗き込んでくる。
「…んー……」
少し考えたが、虎徹はバーナビーに先程の一件を打ち明けてみることにした。
「実はさぁ、…さっき、今日収録のテレビ番組のプロデューサーと終わってから話してたんだけど。…その、なんつうか、その……好きだとか、付き合わないかとか言われちまってさ…」
「えっ!」
バーナビーが表情を一変させて厳しい顔つきになった。
「誰ですか。それ」
「え、誰ってその、ほら、SKTテレビのポール・サムエルソンさん…」.
「彼ですか、アイツ、ゲイですからね…。虎徹さん、何かされませんでしたか?」
「えっ、い、いや、その…ちょっと…。なんか、キスされちゃったかな、みたいな…」
「…えっ!!」
バーナビーがぐっと眉間に皺を寄せた。よく見ると拳がわなわなと震えている。
「や、そんだけだからっ。ちゃんと断ってきたし!すいませんって謝ったしっ!大丈夫なんじゃね?」
慌てて言い訳をしたが、バーナビーの険しい表情は変わらない。
「あーっ、ごめん、バニー。…怒った…?」
「…いえ、怒ったっていうのではないですが、とにかく、ダメですよ、虎徹さん。今虎徹さんの人気すごいんですからね?あなた、自分がその手の人に人気があるって自覚ないでしょ?」
「へ、…その手の人?」
「えぇ、勿論女性にも人気ありますけど、あなたって、ゲイの人にとても好かれてるんですよ」
「はー、そうなの…」
「あんな色っぽい写真なんか撮られちゃって、本当……」
バーナビーが悔しそうに言う。
「そういうもんかなぁ…」
「もっと自分の魅力に気付いてください」
「んー……。っていうかさ、やっぱりさ、俺に限ってそんな事絶対ねぇって思ってたけどさ、ちょっと考えちゃった。俺もさ、ああいう風に誘われたり噂にならないように、こりゃ『バニーちゃんの事好き』とかさ、言っておいた方がいいのかな?なんかいろいろちょっかい出されて面倒くせぇし勘弁してくれって感じなんだけどな」
溜息を吐いてソファに凭れてそう言うと、バーナビーが虎徹の事をじーっと見つめてきた。
「虎徹さん……」
「……はい?」
急にバーナビーの声の調子が変わる。
「僕の事、好きですか?」
「え……?」
「僕はあなたのこと好きですよ…虎徹さん…」
そう言ってバーナビーが顔を近づけてきて、間近で目線が合う。
「バニー、ちゃん……?」
バーナビーの碧色の瞳が自分を射抜くように見つめてきて、目が離せなくなる。
真摯な視線に、誤魔化しも何も効かない。
(……どうしよう…)
本能的に、やばい、と思った。
(やばい…、バニーちゃん、マジモード?あれ…もしかしてバニーちゃんって前からずっと本気だったの、これ…)
事ここにいたって漸く虎徹は、バーナビーが今までずっと本気だったという事実に気がついた。
(…やばいっ…やばいやばいっ、どうしよう!)
先程プロデューサーに迫られたばかりなのに、それの何倍も強い気迫でバーナビーが迫ってくる。
「バニーちゃん…マ、マジ…?」
「虎徹さん、やっと僕の気持ち分かってくれたんですか?僕は前から本気ですよ…。なんか皆さん、僕の気持ちを本気じゃないって思いたがっていたようですけどね?まぁ、僕もそれでもいいかってちょっとあきらめていた所もありますが、…でもあなたが他の男に迫られたなんていうのを聞いて、僕が平然としていられると思いますか…?」
不意にバーナビーの手が自分の背中に回って、強く抱き締められた。
(…うわ!)
今までも出動などで肉体的に接触する事はよくあったが、こんな風に明確な意図を持って抱き締められたことはない。
虎徹はドクン、と心臓が跳ねるのを感じた。
「あなたを他の男になんて渡せません。あなたは僕の物です…」
「…いや、いやいやいやっ、ちょっと待った!」
押しのけようとしたが、バーナビーの力が強くて無理だった。
唇に熱くねっとりとしたものが吸い付いてくる。
「うわ…あっ、ちょ、ちょっと…、や、めっ…」
顔を背けようとしたが、その顔を追って、バーナビーの顔が追いついてくる。
唇が深く合わさり、歯列をこじ開けられて咥内にバーナビーの舌が入ってくる。
そのままソファに押し倒され、上から体重を掛けて圧し掛かられる。
咥内を思うさまバーナビーの舌が這い回り、虎徹の舌を捕らえては絡まってくる。
「んっ……んんっっ!」
いくら逃げようとしても無理だった。
強く吸われて、舌が痺れる。
粘膜を擦られ、生理的な刺激で身体がかぁっと熱くなる。
(どうしよう…どうしようどうしようっ!)
ぎゅうと目を瞑る。
どうしようもなく動けず、バーナビーの舌が口の中に深く入り込んでくるのも押し戻せない。
押しつけられて、バーナビーの股間が自分の下腹部に当たる。
そこが硬く布地を押し上げているのに気付いて、虎徹は心臓が縮み上がった。
怖かった。
「…っ…んっ…んんっっ…う、ぇっ…」
知らないうちに涙が溢れ、嗚咽を漏らしていた。
為す術もなく口付けを強要され手足を押さえつけられて、くぐもった声を漏らしつつ泣くと、バーナビーがはっとしたように唇を離した。
潤んだ視界にバーナビーがぼんやりと映る。
天井の照明に逆光になって、そのシルエットは見知らぬ男のように感じられた。
涙が目尻に盛り上がってつつっと頬を伝うのを感じる。
虎徹は必死で嗚咽を堪えようとして、下唇を噛んで顔を背けた。
「っ…う、……ぇっっ…」
「虎徹さん……ごめんなさい…」
バーナビーが弱々しく言ってきた。
「やっぱり、あなたは僕の事はなんとも思ってないんですよね…。すいませんでした…」
ゆっくりとバーナビーの身体が離れる。
虎徹は身体を丸め、両手で顔を覆った。
情けなくて、動揺していて、どうしようもなかった。
「ごめんなさい、虎徹さん。…すいませんでした。あなたが他の男に迫られたって聞いて、つい理性を無くしてしまいました。もう、こんな事しません…。でも、これだけは約束してください。あなたは本当にモテるんですからどうか注意してくださいね、虎徹さん…」
返事をせず、顔を覆ってそのままずっと泣いていると、こつこつと足音がしてバーナビーが事業部から出て行く気配がした。
しいんとフロアが静まりかえり、誰も居なくなる。
漸く顔を上げて、虎徹は部屋の中を見回した。
自分一人になっていた。
淡い照明だけが部屋を照らし、静かな、誰も居ない事業部は、とても冷たく感じられた。
まだ嗚咽を漏らしながらも、身体を起こす。
目元をごしごしと擦って、虎徹は俯いた。
涙がなぜか溢れて止まらなかった。
後から後から溢れてきて、視界がすっかりぼやける。
「っ……んっ…バニー、の、バカ……っ、俺の、バカ…」
しゃくりあげながら、虎徹はソファに突っ伏して泣いた。