◆HONESTY◆ 10









それだけだって彼に申し訳なくて、感謝すべきなのだ。
そこに更に自分を好きになれなどと、どうして要求できるだろうか。
虎徹の心の中には、大切な大切な最愛の相手が住んでいる。
どう考えても自分がその場所にとってかわることはできない。
そもそもそんな事を考えること自体、例えようもなく虎徹を侮辱している気がした。
虎徹が自分を好きになる可能性があるなどと思う事が既に、とんでもない思い上がりだ。
彼は決してそうはならない。
虎徹の性格からして、セックスとは、大切な、愛した相手と愛の結晶としてするもののはずだ。
決して自分のように、ただの肉体的欲望のためにするのではない。
そう思うと悲しくて、バーナビーはシーツを掴んで俯いた。
視界が潤んで、涙が零れる。
シーツにぽたりと落ちて、染みを作る。
もし虎徹に『好きだ』、なんて言ってしまったら、どうなるだろうか…。
もし口が滑って、或いは気持ちが堪えきれなくて、言ってしまったとしたら…。
――結果は分かりきっている。
身体だけの関係だからこうして相手をしてもらえているのだ。
そこに『好き』なんて感情を入れてしまったら、……当然、気持ち悪がられるだろう。
生理的に気色悪いと思われるかも知れない。
勿論彼は大人だから、そう思っても表面には出さないかも知れない。
これからも仕事上の相棒として、今まで通り付き合っていけるかも知れない。
でも、心は完全に、自分から離れてしまうだろう。
今までみたいに同情ですら抱いてもらえなくなるかもしれない。
気持ち悪い、などと思ってセックスができるはずがない。
そんなボランティアのような事、いくらなんでも頼めない。
そう思った。
表向き仲良くはしてくれても、心はすっかり離れてしまうだろう。
プライベートではもしかしたら、口も聞いてもらえなくなるかもしれない。
彼の事だから、自分を傷つけるような事はしないだろうが、でも上手に自分を避けるだろう。
今までのような、親密な態度は無くなってしまうだろう。
そんなのは嫌だ。
耐えられない。
……バーナビーは恐怖した。
そんな風になってしまうぐらいなら、今のままの方がずっとマシだ。
嫉妬して苦しくても、それでも自分の気持ちを隠していれば、虎徹は同情で自分を抱いてくれるし優しくもしてくれる。
相棒である自分を見捨てる事なんて今の彼にはできない。
それどころか、役に立つのならと、喜んで身体を差し出してくれる。
それ以上、何を望むことがあるだろうか。
――最高じゃないか。
バーナビーは、何度も何度も自分にそう言い聞かせた。
自分が気持ちを押し殺して、我慢しさえすればいい。
そのぐらい訳のない事だ。
それで彼が自分を抱いて、優しくしてくれるんだから。
……そのぐらい、訳もないはず……。










それからというもの、バーナビーはひたすら自分の気持ちを押し殺すことにした。
自分の中に湧いてくる気持ちを決して悟られないようにする。
更には、そんな気持ち自体を抹殺するようにした。
虎徹が自分以外の誰かと親密にしていても、決して嫉妬してはいけない。
そんな風に自分の気持ちを持って行ってはいけない。
彼が楽しそうなら自分も楽しい。
そう思うようにしなければ。
必死に自分にそう言い聞かせる。
トレーニングルームで、虎徹がアントニオやキースと仲良く談笑し、笑い合ったりふざけて肩をつつきあったりしても。
カリーナといかにも気安そうに話をしていても。
それでもバーナビーはその光景を、顔に笑顔を貼り付かせて見守った。
心の奥底に湧いてくる醜い感情には、決して目を向けない。
湧いてくるそれに上から蓋をして、表に出ないようにする。
自然と湧いてくる感情を、無理矢理抑え込む。
――それは、バーナビーの身体に、多大な負荷をもたらした。
虎徹の前では必死で笑顔を貼り付かせ、にこやかな和やかな雰囲気を保つ。
その裏で、身体は震え、気分が悪くなり、頭痛や吐き気がした。
耐えきれなくて、吐くこともあった。
自分の心の奥底に隠した本当の感情の代わりに、食べたものを嘔吐してぐったりと力を使い果たすと、少しは気分が収まった。
無理をしているのは分かっていたが、身体が不調を訴えるぐらいなら、なんていう事は無い。
虎徹を失うのに比べれば、ずっとマシだった。



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