◆HONESTY◆ 14
そうやって数日経ったある夜。
バーナビーはデスクワークを終えて、帰りがけ、無理矢理にでも詰め込もうと軽い軽食を買って帰宅した。
家に帰って買い求めたサンドウィッチと牛乳を飲み込むように食べる。
それはまるで砂を噛んでいるように味気なかったが、それでも薬だと思えば食べられない事もなかった。
サプリと栄養ドリンクを足せば、なんとかぎりぎり最低限の健康を維持するだけのエネルギーは摂取できるはずだった。
そうやって全く楽しくも何ともない食事が終わると、もう何もすることがなくなる。
所在なくぼんやり、ソファに寝転んで、嵌め殺しの大きな窓の外のシュテルンビルトの夜景を眺める。
遠く暗い夜空を背景に、ポセイドンラインの飛行船がゆるりとした航跡を描いて浮いており、その下はシュテルンメダイヤの宝石と謳われる、色とりどりのネオンサインの光が渦巻いている。
この高層マンションからの長めは素晴らしかった。
しかし、そんなものも、今のバーナビーの目には、ただの窓の外の景色でしかなかった。
色彩も光も、目に映って、脳の視覚分野に反映するだけだ。
バーナビーは抜け殻のようになって、窓の外に目を向けているだけだった。
――ピンポーン。
その時である。
エントランスのインタフォンが鳴った。
かなり夜も更けていたので、誰だろう、と訝りながら、バーナビーは気怠げに立ち上がった。
このマンションはセキュリティがしっかりしていて、不審者は一階の入り口の所でシャットアウトされる。
例えば、個人宛の荷物等は全て1階のセキュリティルームで集配や受け取りが行われ、そこから各戸に直接上り下りする小さいエレベータで運ばれてくる。
クリーニングやテイクアウトの食べ物などもそのエレベータで運ばれ、食べ終わったものや頼みたい衣類などは下に降ろせばセキュルティルームの方で全て手配をして回してくれる。
所謂上流階級の者専用のマンションで、不審者や外来者は1階までしか入れない。
なので、インタフォンを押すとすれば、よほど重要なものを配達に来て直接本人に渡さなければならないという集配人か、もしくは個人的で身元確かな客、という事になる。
誰だろう……。
エントランスに行って外部カメラの画面を見て、バーナビーは一瞬目を見開いた。
外に、虎徹が映っていた。
内部カメラにバーナビーが映ったのが外の虎徹にも分かったのか、虎徹は肩を竦めさりげなく軽い動作で手に持っていた紙袋を示した。
「よ、バニーちゃん、ちょっといい?これ、ロイズさんから預かり物」
「……え?」
虎徹がさりげない感じで紙袋をちょっと振ってみせる。
「なんかディスクとか書類が入ってるんだけど、ロイズさんからバニーに直接渡してくれって頼まれたんだよな。悪いんだけど、ここ、開けてくんねぇ?」
「…あ、はい」
虎徹を中に入れたくはなかったが、ロイズからの頼まれ物とあればそうもいかない。
バーナビーはエントンランスの鍵を開けた。
シュっと涼やかな音がして、ドアが開き、虎徹が中に入ってくる。
と、その瞬間バーナビーはきつく抱き締められて、一瞬何が起こったのか分からなかった。
虎徹が紙袋を玄関に放り出し、まるで猛獣が獲物に襲いかかるかのように、有無を言わさず一瞬の動作でバーナビーを抱きすくめてきたのだ。
背中に手を回され、きつく抱き締められて、肺が潰れるぐらいだった。
「バニー…」
耳元で熱く湿った虎徹の声が聞こえる。
先程外に居た時の、あの何気ない様子はまるっきり消え、今、バーナビーを抱き締めているのは、真剣な表情をした虎徹だった。
「…バニー」
熱情の溢れる湿った声にぞくぞく、と全身が震えた。
そのまま耳下にねっとりと口づけられ、強く吸われる。
ちり、と痛みがあって、そこにキスマークがついたのが分かる。
身体がふつふつと煮えたぎるように、あっという間に熱くなって来る。
元々虎徹が欲しくて欲しくてたまらなくて、飢餓状態で飢えきっていた所だった。
そこに、欲しくて堪らなかった当の本人がやってきたのだ。
瞬時に身体は虎徹を歓迎して火照ってくる。
(ダメだ…!)
「やっ、……やめてくださいっ!」
バーナビーは必死に言葉を紡いだ。
バーナビーの拒絶の言葉に、虎徹が首筋に押しつけていた唇を止め、顔を上げてバーナビーを間近に見つめてきた。
その目は狂おしい情熱に彩られていた。
見ているだけでバーナビーは自分が取り込まれて、彼の言う通りにしてしまいそうになるのを感じた。
必死で目を逸らし、顔を背ける。
「なぁ、バニー」
虎徹が常の彼には似合わず、低く感情を押し殺したような、湿った声を出してきた。
耳元で囁かれて、ぞくっと戦慄が走る。
「なぁ、バニー、俺の事、もう、用済みなのか?もう、必要無くなったのか?」
虎徹が感情を交えない低い声で聞いて来た。
一見、冷静に落ち着いて聞こえるからこそ、バーナビーは身体が強張った。