◆こんな感じで22話始まるんですよね、という妄想◆
「お父さん……!」
アポロンメディア社のロビーで、テレビの液晶画面に大写しになった父を見て、楓は驚きで目を見開いた。
今朝方、祖母から聞いて驚いて…今日は驚くことばかりだ。
一日で何回驚いたんだろう。もう数えられない。
まず、朝一番に、テレビから信じられないニュースが流れてきた。
父が殺人を犯して現在指名手配中だと言うのだ。
次に、祖母から父はヒーローのワイルドタイガーだと知らされた。
驚愕の事実を知らされて、しかも父が逃げているとニュースで聞いて、居ても立ってもいられなくなった。
こっそり家を抜け出して道を走り、駅まで行ってそこからなけなしの貯金を全部はたいて、切符を買いシュテルンビルトにやってきた。
人に道を聞いてやっとの事で、父の勤務先であるアポロンメディア社に辿り着いた。
父がコンビを組んでいる相手であるバーナビー・ブルックスJr.に会いたかったけれど、叶うはずもなく、そこで途方に暮れて、ここ、ロビーでぼんやりしていた所だった。
でも画面で一人、ヒーロー達に向かっている父を見たら、俄然なんとかしなくては、という気持ちが湧いてきた。
今のヒーロースーツじゃない、昔のスーツを着ているけれど、あれは父だ。
朝方雑誌を何冊か見て、確認済みだ。
それに、テレビの画面には、父の姿の所に『凶悪ネクスト殺人犯 鏑木・T・虎徹』とテロップがついている。
それを見ただけで楓は怒りが湧いてきた。
(お父さんは殺人犯なんかじゃない!絶対違うから!)
父はこのビルの屋上にいるらしい。だったら自分はそこに行くだけだ。
楓はぱっと立ち上がると、エレベータに乗った。
エレベータは最上階までは連れて行ってくれたけれど、それより上、屋上は立ち入り禁止になっていた。
当然と言えば当然なのだが、楓はまたそこで怒りがふつふつと湧いてきた。
みんなして父をいじめている、そう思った。
自分が父の所にたどり着けないのも、きっとそのせいだ。
(絶対負けないから。お父さんの所に行くんだから!)
周囲を見回す。
瞳が薄青く発光する。
楓はその階から屋上へと抜ける社員専用口を見つけた。
禁止区域をものともせず走り抜けて、専用口を発光した手で押す。
鍵の掛かったそこは、網膜認証がついていたがそれを楓はじろりと青い目で睨んで通過した。
ドアがあいて、専用のエレベータに乗り込む。
シュン、と機械音がして、エレベータが速やかに上昇する。
再びドアが開くと、そこは広々とした空が覗く屋上だった。
高くて、眩暈がする程だ。
ぱっと走り出ると、
「あれ、誰か来た!」
と声がした。
見ると、父と、ヒーロー達が戦っている最中だった。
今声を上げたのは…確か、ドラゴンキッド。
自分とあまり年の違わないヒーローだ。
「女の子だ、どうしたんだ、危ないじゃないか!」
そう言ってきたのは、去年のKOH、スカイハイだ。
バーナビーの前は密かにスカイハイのファンだった。
そのスカイハイが、ちょうど父に向かって風を起こして攻撃しようとしている所だった。
「……楓!!!」
狼狽した声が上がった。
父だ。
信じられないというように大きく目を見開いて、自分を凝視している。
「お父さん!」
楓は大声で叫んで、ばっと走り出した。
スカイハイと父の間に立ちふさがって、スカイハイを睨む。
「お父さんになんかしたら、許さないんだからっ!お父さんは、殺人犯なんかじゃないんだから!」
「楓っ、ど、どうしたんだ!なんでここにいるんだ?」
父が背後から叫んでくるが、父の方を見ている余裕はない。
スカイハイを睨むと、スカイハイが攻撃の手を止めて、困惑しきった表情をした。
「鏑木・T・虎徹の娘さんなのかい?…残念だけど、君のお父さんは殺人を犯したんだ。大人しくここで逮捕されて、裁判を受けた方がいいんだよ?」
「嘘ばっかり!何よみんなして、うちのお父さんを忘れちゃったの?お父さんは、みんなの仲間だったじゃない!」
「楓!!危ないからやめなさいっ」
父が後ろから怒鳴っていたけれど、楓は我慢できなかった。
元々自分が短気だという自覚もある。
一気に身体がまた青く発光する。
そのままスカイハイに向かって走って行って、スカイハイの腰を掴む。
「お父さんをいじめたら承知しないからっ!」
そう言いながら、スカイハイを押すと、驚いた事に、スカイハイは楓が腰を掴んだ瞬間、雷にでも打たれたように息を飲み、それから楓に押されるままに屋上のコンクリートに尻餅をついた。
「………あ、あれ……」
「楓っ、危ないからっ!」
父が走り寄ろうとするが、そこを他のヒーローが阻む。
「大人しく逮捕されなさいよ、鏑木・T・虎徹!」
体格のいい一人が、そう言いながら手に炎を灯した。
確か、ファイヤーエンブレムだ。
強大な炎を誇ってるネクスト。
その炎が、父に向かって放たれようとしている。
「ちょ、ちょっと待った!」
その時、尻餅をついていたスカイハイが大声を出した。
「ちょっと待ってくれっ、ファイヤー君!駄目だよっ、彼はワイルド君じゃないか!」
「えっ…!!!」
ファイヤーエンブレムの炎から逃げようとしていた父が一瞬目を丸くする。
「ワイルド君、一体どうしたんだい!なんで君は…!」
「な、なんでって、俺が聞きたいよっ、一体どうしちまったんだよ、みんな!」
父が怒鳴る。
スカイハイが慌てて立ち上がって、他のヒーロー達に向き直る。
「ここにいるのはワイルド君だよ、みんな!!だから攻撃しちゃ駄目だよ!」
「何言ってるの、スカイハイ!ワイルドタイガーはこれからこっちに来るところなのよ!コイツは、凶悪な殺人犯の鏑木・T・虎徹でしょっ!」
「そうでござるっ」
「んもう、どうしたの、スカイハイ…!邪魔よ、どいて。あたしが攻撃できないじゃないの!」
スカイハイがくるりと楓の方を向いてきた。
「えっと、ワイルド君の娘さんだよね、君」
「あ、は、はい」
驚いて頷くと、スカイハイが楓の手を取った。
「なぜか分からないんだけど、君が私に触れた途端、記憶が戻ったんだ。なぜ君のお父さんのことを忘れていたのか分からないが…。だから、他のヒーローの事も触ってくれていいかい?」
「楓!!」
父が駆け寄ってきた。
「ワイルド君、君の娘さんが私に触れたら、私は君を思い出した!」
「そ、そうか…。よく分からねーけど、お前ら記憶を消されてたんだと思うんだ…」
「お父さん、ちょっと待ってて!!」
楓は駆けだして、まず炎を手に灯したファイヤーエンブレムに抱きついた。
炎で焼かれたらと思うと怖かったけれど、でもそれより父を助けたかった。
「……あ、あらぁ!!」
ファイヤーエンブレムが素っ頓狂な声を出す。
「あら、あら、タイガー……。…あ、あらアタシ、何してたのかしら…?」
楓を見下ろして、それから顔を上げて父を見て、両手で頬を覆って腰をくねくねとさせる。
もう大丈夫、そう思って楓は次にブルーローズに突進した。
ぎゅうっと抱きついてぱっと離れる。
「きゃーっ……って、あ、あれ……」
ブルーローズが目をぱちぱちとさせ、蒼白になった。
「や、やだ…私…どうしたの…なんで、タイガーに攻撃とか……」
みるみるうちに目から涙が零れてくる。
さっと身を引いて、楓は次々と…折紙サイクロン、ドラゴンキッド、最後にロックバイソンに抱きついて、それから息を切らして走って父の元に戻った。
「お父さん!!!」
「楓ー!!!」
父がぎゅうっと自分を抱き締めてきた。
「どうして、こんなとこに来たんだ!家から来たのか!誰かと来たのか?」
「ううん、私一人!だってお父さんのニュース朝見て我慢できなかったんだもん!こっそり家抜け出して、電車に乗ってやってきたの!」
「な、なんで、ここ分かったの?パパ、ここにいるって一言も言ってないのに」
「おばあちゃんに聞いたの!お父さんがワイルドタイガーだって。だからここに来れば会えるかなって思ったの!でも会えなくてどうしようかなって思ったら、テレビでここが映ったから走ってきた!」
「かえでー……!!」
父が大粒の涙を目尻から零した。
「お父さんが殺人なんてするはずないもん。絶対そんな事しないもん!」
「うん、うん…ありがとな、楓…」
「……あ、あのー…、すまねぇ、その、俺…どうしてたんだろ…」
ロックバイソンが大きな身体を折り曲げるようにして謝ってきた。
振り返って楓が見上げると、ロックバイソンだけでなく、他のヒーローたちみんなが申し訳ない、という途方に暮れた表情で、身を縮めていた。
それを見た父が肩を竦めて笑った。
「いや、いいんだって。俺の事思い出してくれたならもうそれでいいから」
「でも、…なんでお前の事忘れて殺人犯とか思ってたのか、全く分からないんだよな」
「私もだよ、ワイルド君、君の娘さんは特殊なネクスト能力者なのかい?娘さんが触れた瞬間に、何か呪縛が解けたように…私の記憶が戻ってきたよ?」
父が眉を寄せて楓を見た。
「楓、ここに来るまでに誰かに触ったりしたかい?」
「え……?っと、そういえば、入り口の所で、どうしたって声かけられて、そのおじいちゃんに頭撫でられた…」
「どんな人だった…?」
「すごく上品そうなおじいちゃん。偉い人みたいだった。額に大きなほくろがあったかな…」
父がはっとした。
「そうか……マーベリックに接触したのか…。とすると今の楓の能力はマーベリックのもの…」
「ん、どういうことだい、ワイルド君。私には全く話が分からないんだが」
「あたしもよ、タイガー。説明してよ」
ヒーロー達が口々に言ってきた。
父が少し考え込んで、口を開こうとした時。
再びエレベータがシュンと開いて、新たな人物が屋上にやってきた。
振り返ってその人物を見て、父が表情を引き締める。
「バニー……」
ガシャ、とヒーロースーツの金属音がする。
すらりとしたスマートな黒と赤のヒーロースーツに身を包んだ、それはバーナビー・ブルックスJr.だった。
背後から更にもう一人、…”ワイルドタイガー”が近付いてくる。
「バーナビー君もきっと記憶がないはずだよ!私が説明してこよう」
「お父さん、私、バーナビーにも触ってくるよ!」
「いや、ちょっと待ってくれ…」
父が真剣な表情をした。
楓やスカイハイを手で制して、近付いてくるバーナビーに対峙する。
父が言った。
「バニーには、楓の能力を使わなくても、俺を思い出して欲しいんだ。俺にとってバニーは大切な相棒だから。今までいろんな困難を一緒に乗り越えてきたんだ。絶対思い出させる…だから、ちょっと待っててくれねーか?」
「でも、今のバーナビーは強いわよ!ヒーロースーツも新しく強化されたはず…」
ファイヤーエンブレムの不安そうな声に、父がにかっと白い歯を見せて笑った。
「大丈夫。俺はワイルドタイガーだぜ。正真正銘、俺がバニーの相棒だ。あそこでバニーの後にいやがる偽物なんかに負けたりしねぇ。楓、ちょっと他のヒーローたちと一緒にいてくれねーかな?パパ、絶対大丈夫だから?な?」
どう見ても、真新しいヒーロースーツに身を包んだバーナビーと、古くて薄そうなスーツの父では、父に勝ち目はなさそうに思えたが、楓はうん、と頷いた。
ファイヤーエンブレムが手招きをするので彼の元に行くとそっと抱き締められる。
「大丈夫よ、あなたのお父さん、すごい強いんだから。ね?それにしてもあなたもすごいわね。さすがワイルドタイガーの娘さんね…」
「サマンサ殺しの凶悪殺人犯、鏑木・T・虎徹…。僕がお前を逮捕する…!」
バーナビーが父に向かって冷たく言い放つ。
父は一瞬悲しそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げて、不敵に笑った。
「お前に俺が逮捕できるかな、バニー。ほら、かかってこいよ!」
そう言って父がバーナビーに笑い掛ける。
息が止まるようだった。
でもこれは、父にとって一番大切な戦いなのだ。
だから、見守っていなければ…。
(お父さん…絶対負けないよね。負けないし、バーナビーの事、元に戻してくれるんだよね。私、お父さんを信じてる)
空を流れる雲がさっと切れて、太陽が顔を出した。
屋上に日が差し、父とバーナビーを照らし出す。
上空からヘリの爆音が聞こえる。
「大きな口をたたけるのもここまでだ!」
バーナビーの怜悧な声が響く。
きっと、この場面を、どんな事があっても忘れないだろう、と楓は思った。
絶対忘れない。今日という日を。
絶対忘れない。今日の父を、自分を。
自分がこうして父を助けられた事を。
自分の能力で、父を窮地から救った事を。
人の役に立てるって、すごい事なんだ。
父が一緒に暮らしてくれないのが寂しくていつも父の事を怒っていたけれど、でも、その父は人の役に立つ立派な仕事をしていたのだ。
だから、絶対忘れない。
(お父さん、頑張ってね。絶対負けないって信じてるからね!)
父とバーナビーの、息詰まる戦いが始まろうとしていた。