◆スクープ☆ヒーロー恋愛事情◆ 11
「虎徹さん…大丈夫ですか…?」
はぁはぁと激しく息を継ぎながら、バーナビーが聞いてくる。
「うん。……すげぇ…良かった…。バニーちゃん、大好き…」
感動で胸いっぱいになって、虎徹はバーナビーの首に手を回して頬を擦り寄せた。
「可愛い、虎徹さん…」
バーナビーが嬉しくて堪らない、というように声音を和らげて、囁いてくる。
「だって、俺。…セックスがさ、こんなに気持ちが良くて幸せになれるなんて、想像もできなかった…」
「僕もです。僕も…あなたが僕に応えてくれて、こうして貴方を抱くことができて、…こんなに幸福だなんて、本当に。……想像よりもずっとずっと幸せで、夢みたいです…。でも夢じゃないですよね」
「うんうん、夢じゃないよな…。俺だってすげぇ幸せ…」
全身がふわふわ、雲の上にふんわりと乗っているような気がする。
気持ち良くてうっとりして、それでいて感動がキュンと胸を刺してきて、涙がまた溢れてきた。
バーナビーが虎徹の目尻に舌を這わせて、舐め取ってくる。
「泣いてばかりで恥ずかしいよな、俺…」
「そんな事無いですよ、虎徹さん。…あなたの涙は、とても嬉しい…」
「そ、そうかぁ?」
「はい、そうです…。愛してます…」
「……うん」
愛してると言われると、また涙が溢れてきてしまう。
ふんわりとした金髪を撫でると、バーナビーが晴れた日の珊瑚礁の海のようなエメラルドグリーンの瞳を細めた。
「僕の方がずっと幸せを感じてますよ、虎徹さん。やっぱりあのインタビューで告白して良かったです。…どうしようって一瞬迷ったんですけどね。あの時言えなかったら、きっと一生僕はあなたに好きだって言えなかったと思います。そうしたら、こうしてあなたを腕の中に抱くなんて事はできなかった…。できないなんて、もう想像もできません」
「俺だって。…俺も、バニーちゃんがああやって告白してくれなかったら、自分の気持ちに気付かなかった…。きっと誤魔化していたと思う。バニー、お前が言ってくれたからだよな…すげぇ嬉しい」
二人で交わす言葉が甘くて耳に心地良くて、聞いているだけでまた幸せが溢れてくる。
「言わせたりしてごめんな?本当は俺がちゃんと自分の気持ちに気付いて言うべきだったのにな…」
「いいんです。それより今はこうしてあなたを僕のものにすることができたんですから。ね、虎徹さん…?」
「ん…」
「虎徹さんは、僕のものですよね?」
「うん、そうだよ。俺はお前のものだ。お前は……、お前も俺のものだよな、バニー」
「えぇ、そうですよ。全部あげます、あなたに何もかも。だから僕にあなたを全部ください」
「うん、やる。全部やる。愛してる…お前の事、最初見た時から、…きっと最初に会った時から好きだったんだよ」
「そうなんですか?最初ってあなたをお姫様抱っこした時ですよね?」
「そうそう、あの時。落ちていく俺を助けてくれた時。あの時本当に出会えて良かった…。バニー、好きだ…」
自分たちの出会いの瞬間を思い出して、虎徹は胸が甘く疼いた。
「はい、僕もです。…愛してます。…もう、絶対離しませんから…」
「うん、俺も。……俺の方が、しつこいからな?」
「そんな事無いですよ、僕、すごいしつこいんですから。僕の心の中はあなただけ…。いいですね?虎徹さん」
「ん、分かった。…俺は全部おまえのものだから、好きにしていいからな?」
「ふふっ、すごい幸せです」
「……うん…」
なんとなく二人で笑い合って、それからちゅっと口付けをした。
とても幸せだった。
なんだこれ?と思うぐらい幸せで、虎徹はやはり涙を止めることができなかった。
本当に夢みたいだった。
こんな幸福を感じて、この世に愛する人が再び出来て、その人と相思相愛で、こうして抱き合っていられるなんて。
夢みたいだけれど、夢じゃない。
現実に体温を感じて、こうして息づかいまで感じるのだから。
バニー、愛してる…心の中で呟きながら、虎徹は愛しい恋人に何度も頬擦りをした。
「おい、虎徹、これからお前のインタビューやるから見るぞ?」
その日も虎徹はトレーニングルームで自分用のトレーニングメニューをこなしていた。
そこに後ろから、トレーングに来たばかりのアントニオが声を掛けて来て、壁掛けテレビのスィッチを入れた。
画面が明るくなって、数日前に録画されたインタビューの番組が始まる。
「最近あまり出なくなったと思ったけど、またインタビューされたの?」
ネイサンがストレッチをしながら近寄ってきた。
「あー、うん。まぁ、ヒーローの仕事に支障ねぇ程度にしようってロイズさんが気を使ってくれてさ。ほら、とりあえずもう一通りの番組に出ちゃっただろ、俺。バニーじゃねーんだから、俺なんてそうそう出ても面白くねーしさ」
「ふうん…あんただけでも十分イけると思うけどねぇ?」
ベンチに腰を掛けてネイサンが足を組む。
スポーツドリンクをストローで吸い上げながら画面を見る。
隣にアントニオも座った。
他にトレーニングルームにはキースとカリーナがいる。
二人はそれぞれ器具を使って筋トレをしている。
画面の中では、地味なジャケットを羽織った虎徹が、インタビューに応じていた。
『今日は話題のヒーロー、ワイルドタイガーさんにお越しいただきました。ワイルドタイガーさんは最近露出度が高いですが、うちの番組に来てもらったのは初めてです。タイガーさん、初めまして』
『あー、どうも、初めまして…』
何度テレビに出ても慣れないのか、微妙にカメラから視線を外して画面の中の虎徹が答える。
「お前、いつもそっぽ向いてねー?」
「だってよぅ、正面向くの恥ずかしいんだよっ、慣れねーし」
アントニオと話していると、扉が開いて、バーナビーが入ってきた。
「おはようございます…あ、虎徹さんのテレビですね?」
入るなりテレビ画面を見て、バーナビーが瞳を細める。
そのままアントニオの隣に座ってテレビを眺める。
「おや、みんな揃ってるね、じゃあ私も見てみようかな」
「えっ、じゃ私も見るわよ」
遠くでトレーニングをしていたキースとカリーナも寄ってきた。
「いや、いいよ、見なくて……って.って聞いてねーし…」
アントニオを中心にしてみんながベンチに集まってきた。
虎徹は困った。
実を言うと、このインタビューである発言をしていたのだ。
それをここでみんなに見られるのが恥ずかしい…。
どうしよう、自分は出て行ってしまおうか、とも思ったが、バーナビーを見ると、彼がにこっとした。
「虎徹さん、こっち来ませんか?」
「あ、うん…」
バーナビーが立ち上がって、アントニオの隣から空いているベンチへと移動し、虎徹を手招きする。
おずおずとバーナビーの隣に座って、虎徹は周囲を窺った。
テレビの中ではインタビューが進行していた。
『タイガーさんのグラビア写真がとても好評ですが、バーナビーさんのように写真集を出すご予定はあるんですか?』
『いや、その…、あれ、好評なんすか?…俺のなんか見て、何が楽しいんだか…』
頭をぼりぼり掻いて画面の中の虎徹が照れる。
インタビュアーが営業用のスマイルを振りまいた。
『あら、すごく評判ですよ。30台の男の魅力満載って…』
『はぁ…』
『そうそう、そう言えば、バーナビーさんとは相変わらずなんですか?ってこれ聞いてよろしいかしら?答えにくい事ならばスルーしてくださいね?』
今までならそこでスルーするはずだった。
この話題に関しては答えない、というマスコミとの申し合わせがしてある。
申し合わせがあっても、ふとした時に聞かれる事が多い事は多い。
たいていスルーして別の話題をインタビュアーが振ってくるまで待つのだが。
(………)
どきどきした。顔が赤くなってテレビ画面から視線を外す。
『あ、いや、あー実は、そのー…実言うとっすね、俺もバニーちゃんの事好きだって分かったんですよねー!ははははっ、すっげー愛してるみたいですっ』
『……え?』
インタビュアーが言葉に詰まる。
「あらやだっ、タイガー!な、なに、これどうしたのー!!」
ネイサンが素っ頓狂な声を上げた。
「…おい、虎徹っ、なんだ一体これっ!」
「えっ、ちょっとタイガー!!何言っちゃってんの!アンタもバーナビーと同じアホになっちゃったのっ!!」
カリーナが絶句する。
このパターン、前も見たよなあぁ、なとど他人事のように思いつつ、虎徹は傍らのバーナビーを見た。
バーナビーがくすっと笑って虎徹の頭を撫でるl
「あーちょっと、ちょっとやめてったら!ナチュラルにホモらないでー!」
カリーナが青ざめて後退る。
アントニオもネイサンも呆気に取られて自分たちを見ている。
「虎徹さん、なんか驚かれてますよ…?」
「別にいいんじゃねー?だって、隠すことでもねーよな?」
ぼそぼそとバーナビーの耳元に囁くと、バーナビーが嬉しそうに破顔した。
画面の中ではやはりインタビュアーが絶句している。
『あ。そ、……そ、そうですかぁっ…。……えっと、じゃあ、バーナビーさんの告白をお受けしたって……ええっと、そういう事ですか?』
『まぁそうっすね。なんで俺たち恋人同士って事でよろしくっす』
『…………え。……ちょ、ちょっと待ってくださいねっ!……あ、あの、それ本当なんですね?』
虎徹のあっけらかんとした物言いに、インタビュターが口籠もって呆然となる。
トレーニングルームでも仲間達が阿鼻叫喚だった。
「ワイルド君、バーナビー君と恋人同士になったのかい!?それは素晴らしいね、うん素晴らしいっ!」
「おい虎徹っ、そりゃなんの冗談だよお前っ、って、その、ほ……本気なのか…?」
「まぁーっ、そんな美味しいニュース、なんであたしに教えてくれなかったよぅっ、…もうっ、もう、あなたたちったらっ、……ね、ねぇねぇっ、ってもう、どうしましょうっ」
ネイサンがくねくね悶える傍で、アントニオが腰が抜けたようにベンチに頽れる。
「タイガーまでおかしくなっちゃってーっ!もうっ、私っ知らないからっ!」
「なんか反響でかいな…どうする、バニー」
「いいんじゃないですか?みんななんだかんだ言って喜んでくれてるみたいですよ」
バーナビーが肩を竦めて笑いながら、虎徹の腰をぐっと引き寄せた。
そのまま顎に手を掛けられくいっと上向かせられたかと思うと、そこにバーナビーの柔らかな唇がふんわりと降りてくる。
小さい水音を立てて口づけられて、思わず目を瞑る。
「きゃー!!」
両手で顔を覆って、しかし指の隙間からカリーナが覗いている。
興味津々のネイサン、呆然としたアントニオの視線も感じる。
「いやー!!!もうっ、知らないー!!!」
目を開けると、顔を真っ赤にして走り去っていくカリーナの後ろ姿が見えた。
「まぁこういうわけなんで、先輩方よろしくお願いします」
バーナビーが艶然と微笑んだ。
「虎徹さん、愛してますよ…」
もう一度キスされそうになる。
「あー分かった分かった!!!分かったって、その…刺激強いから二人きりになった時にやってくれねぇ?キースが固まってるし…」
アントニオが顔を赤らめながら大声を出してきた。
「そうですね、…虎徹さん、トレーニング終わったら一緒に帰りましょうね。今日は僕の家に泊まってくださいね?」
「えぇっ、あんたたちっ、もうお泊まりとかしてんのっ?」
うっとりとしていたネイサンが、目をぎらぎら輝かせてきた。
バーナビーがふっと笑う。ハンサムな顔が小憎らしいほどに整った笑顔になる。
「当然じゃないですか、恋人同士なんですから…。ね、虎徹さん?」
「だからっ、そういう話ももうなしっ。虎徹っ、バーナビー引き取って帰れって」
「お、おう…悪い…」
アントニオが顔だけじゃなくて鼻息まで荒くしている。
「もう、あんた達ったら、いっそ結婚しちゃいなさいよっ!」
走り去ったはずのカリーナが戻ってきて、何か冊子のようなものを投げつけながら怒鳴ってきた。
「いってぇ、なんだよ…」
身体にぶつかったそれを拾ってみると、それは結婚式場のカタログだった。
「おいおい…」
さすがに呆れていると、覗き込んだバーナビーが、
「いいですね、虎徹さん。シュテルンビルトは同性婚認めてますし、……結婚しますか?」
と言ってきた。
「アホ抜かせっ!!!!」
「あー、結婚しちまえしちまえっ。お前らいい夫婦になるんじゃねぇ?」
「じゃ、私がお祝いのスピーチをしてあげよう!」
「いらねぇって!」
「あらぁ、じゃああたしはお嫁さんの衣装担当になろうかしら、って…どっちがお嫁さん…?」
「あ、それは虎徹さんです」
「まあー!!!」
「よーし、じゃあ、みんなで歌おう、そして歌おうっ」
「え、何なにをよっ?」
「もちろん、ウェディングマーチさっ」
「何よそれ、私いやよー!!……って、スカイハイ、あんた歌下手すぎっ!もう、しょうがないわね、プロの私が歌ってあげるわよ、ありがたく思いなさいよ、タイガー!」
「い、いいってばっ…。もう、いいだろっ、早く帰ろうぜ!!バニー、行くぞっ?」
バーナビーを引き摺るようにして、トレーニングルームを出る。
背後から下手な男性の声複数と美しい女性の声で、仲間達が奏でるウェディングマーチの歌が聞こえてきた。
不協和音なのに、何故か美しい音色だった。
幸せいっぱいになる歌だった。
それはいつまでもいつまでも、祝福するかのように二人を後からそっと包みこんだ。
そして、二人が歩く道の先までずっとずっと、ほんわりとピンク色に空気を染めながら流れていったのだった。