◆HONESTY◆ 18
虎徹の指が二本に増え、腸壁を押し広げるように入ってくる。
身体の中心を貫くような甘い戦慄が走り、バーナビーはシーツに金髪を散り乱して顔を振った。
「おじさん、早く…っ」
「早くって、まだ指入れただけだぞ…?」
「いいんです。すぐに欲しいんですっ…おじさん…っ」
バーナビーが切羽詰まった声で言うと、虎徹も限界なのだろう、
「すまねぇ、痛いかもしれねーけど」
と、上擦った声で答えた。
「大丈夫です、痛くてもいいから…早くっ」
早く欲しかった。
虎徹が欲しくて欲しくてたまらなかった。
確かに身体の方は指を入れただけで潤滑剤になるものが何も無く、スムーズに挿入できるとは思えなかった。
が、それでも、悠長に準備をしているような心の余裕も身体の余裕もなかった。
虎徹がバーナビーの太腿を掴んで、身体を折り曲げてきた。
腰が浮いた事で露わになったアナルに、ペニスをぴたりと押しつけてくる。
少しでも潤滑剤代わりにするつもりか、先走りを襞に塗り込めるようにして、ペニスの切っ先をずぶ、と埋め込んでくる。
さすがに一気にと言う訳にはいかなかった。
虎徹が少しずつ、バーナビーの体内に身を進めてくる。
久し振りのセックス、しかもろくな準備も行わないままの強引なそれに入り口が引き攣れて、バーナビーの脳に鋭い痛みを送ってくる。
虎徹の方でも痛みを感じるのか、低く呻きながら少しずつ少しずつ挿入を進めてくる。
そんな焦れったいような動きもまた愛おしくて、痛いのにその痛みが嬉しくて、バーナビーは虎徹の首を抱きかかえるようにしてしがみついた。
虎徹の首筋に顔を埋めれば、彼の艶やかな直毛が頬を擽る。
虎徹の匂いがした。
鼻一杯に吸い込めば、ぞくぞくと嗅覚からも快感を刺激されて、全身が甘く痺れる。
虎徹が入ってきている部分からの痛みが、痛いのに同時になんとも言えない甘い衝撃となって全身を駆け巡る。
「あ、…あ、あ―っ…んっ、お、じさんっ…あ、す、ごいっ…っ!」
セックスなんて、今までに幾度となくやってきたし、虎徹とする前はそれこそ、一夜限りの相手は何人としたか分からない。
その時限りの快楽が得られればそれで良かったし、身体が気持ち良ければいいのであって、相手に対する気持など欠片もなかった。
そんなセックスで十分気持ち良く、嫌な事も何もかも忘れられたものだった。
しかし、今こうして自分が心から愛していて相手からも愛されたい、そう願う相手と繋がっている、それがどれだけ幸せでかけがえのないものであるか…。
バーナビーはそのことをしみじみと痛感していた。
身体が気持ち良ければそれで十分だと思っていたけれど、そんなのは全くの錯覚だった。
身体よりも心、……心が満たされ、幸せを感じる事こそが重要で、そういうセックスがこんなにも素晴らしく、身も心も満たされるものだとは……。
「悪い…動いていいか?」
虎徹が苦しげな声で囁いてきた。
よほど我慢しているのだろう、切羽詰まった情欲の滲む声に、自分の身体もぞくりと震え、全身が総毛立つ。
声を出す代わりに、虎徹に強くしがみついて、小さく頷く。
虎徹がバーナビーの身体をきつく折り曲げ首裏に手を回して強く抱き締めると、一度腰を突き入れて限界まで結合を深くした。
それから上体を起こして一気に腰を退き、激しく律動を始める。
「あっ!……い、いいっっ…、あぁ…おじ、さんっ……うぅ…っっ!」
ベッドがぎしぎしと軋む。
激しく揺さぶられ、息が上がる。
内部を深く抉られたかと思うと、すっぽり抜け落ちるほどに抜かれ、内部に空洞が出来たかと思うと、そこをすぐにまた硬い肉棒で塞がれる。
そうして擦られると、そこから堪えきれない快感の波が絶え間なく押し寄せてきて、バーナビーは溺れかけた人間のように闇雲に顔を振って、喘いだ。
こんなに気持ちが良くて、大丈夫なのだろうか。
快感に飲み込まれて、自分がどうにかなってしまいそうだった。
虎徹の首にしがみついて彼の動きに連動して結合をより深くすれば、ズシン、と尾てい骨から脳天まで快感という名の灼熱の棒で貫かれる。
――もう、何も考えられない。
ただ、身体全てが性器になったようで、虎徹から与えられる快感を貪っては身悶え、声を嗄らして叫ぶ。
自分が何を言っているのかも、もう分からなかった。
目は涙で潤み、視界はぼやけ、意識がふっと宙に浮いては目の前がちかちかと光る。
「あっあっ、んっあーっ…も、もう、無理っ!」
どう我慢しても我慢しきれない快感がぶわっと迫り上がってきて、バーナビーを飲み込んだ。
目の前が一瞬真っ白に光り、全身の血が股間に集まってすっと意識が遠くなる。
そのままバーナビーは意識を手放した。
「おじさん、おじさん…」
目の前に虎徹の背中がある。
いつもの白と黒のベストを着ている。
自分より少しだけ背が低い、いつもの後ろ姿だ。
帽子を被っている。
帽子の下からはみ出ている髪の毛はつんつんしていて、好き勝手な方向を向いている。
「…おじさん」
声を掛けてバーナビーは背後から、虎徹の腹に手を回して抱き締めた。
「ん、なんだバニー?」
虎徹が顔だけ振り向く。
振り向いた所に軽く唇を合わせる。
「おじさん、好きです…」
囁くと虎徹が間近で琥珀色の瞳を細めた。
虹彩がすっと広がって、その中心の黒曜石のような瞳孔が自分を見つめてくる。
「いつから俺の事、好きだったんだ?」
虎徹が聞いて来た。
「ずっと前から。もしかしたら一目惚れかも知れません」
「そりゃバニーちゃん、おじさんびっくりだよ。それならそうと分かってればなぁ。こんなにいろいろ悩まなくてすんだのにな?」
虎徹がバーナビーの髪に指を絡めてくる。
「俺も好きだよ、バニー、お前が好きだ。俺たちきっとずっと前から相思相愛だったんだよ」
低く響く甘い声。
言葉が耳から頭の中へ入ってくる。
それから神経細胞を伝わって、涙腺が刺激される。
「おじさん………」
虎徹の背中に手を回し身体を擦り寄せれば、彼もまた自分を包み込むように抱き締め返してきた。
唇が再度重なってくる。
柔らかくふんわりとした感触に、胸がいっぱいになる。
「そうですよね、おじさん。僕たち、相思相愛だったんですよね…」
唇が少し離れた時にそう言うと、虎徹が至近距離で深い琥珀色の瞳を瞬かせた。
「お互い気付かなかったんだよな。ずっと前から愛し合ってたのにな?」
「えぇ。…でも、なんかそれって、僕たちらしいですよね」
「全くだな。俺もお前もそういう所、不器用なんだろうな。でもかえってその方が、こうやって本当に気持ちが分かった時の嬉しさが違うよ、バニー。……俺の事、好きになってくれてありがとうな?」
「僕の方こそ、おじさん、ありがとうございます」
「バニー……」
「バニー、大丈夫か…?」
ぼんやりと目を開けると、視界いっぱいに虎徹の顔が間近にあって、自分を覗き込んでいた。
「……………」
目だけあげて、虎徹を見ると、彼がほっとしたように微笑む。
さっきのビジョンは夢だったのだろうか。
どうやら自分は少しの間意識を失っていたようだった。
「バニー…」
虎徹が身を屈めて、自分の頬に柔らかく頬擦りをしてくる。
「体調悪いのに無理させてごめんな。でも嬉しかった…」
頬擦りをして、それからその頬にキスをしてきて、虎徹が囁く。
気怠い腕を上げて虎徹の頭に回すと、応えて虎徹もバーナビーの髪を愛おしげに撫でてきた。
「今、夢見てたみたいです。おじさんと僕が、本当はずっと前から相思相愛だったんだよなって笑いあっている夢です」
「……そっか」
虎徹が瞳を細めた。
ふんわりと羽根が触れるようなキスをされる。
「それ、夢じゃねーよ。だって俺たち、本当にずっと前から相思相愛だっただろ?凄い回り道しちゃったけど、でもその分、お前とこうしているのがどんなに幸せか分かったから、これで良かったんだと思う。……な、バニー?」
「おじさん………」
「バニー、愛してる…」
虎徹が真剣な表情をして囁いてきた。
甘く響くテノールに、胸がずきん、と疼く。
「僕も。…僕も愛してます」
「ん、相思相愛だもんな?」
「はい…」
そう囁きながら何度も繰り返される口付けに、バーナビーはゆっくり瞳を閉じて虎徹を抱き締めた。
身体も心も、ふわふわとまるで雲の上を歩いているみたいで、……今だけはそれに浸ってしまおうと思った。
いや、今だけではない。
これからずっと、虎徹が傍に居てくれる。
愛してくれる。
―――幸福で、また涙が溢れてきて、バーナビーは涙をそのままに自分から唇を合わせた。
『おじさん、…虎徹さん、愛してます』、と心の中で何度も呟きながら。