◆お父さんはヒーロー?◆  6






「……へ? 」

という父の声を聞きながら楓は立ち上がると、ばっと帽子を脱いで虎徹の前に進み出た。
父を睨みながら間近まで行くと、眼鏡とマスクを取って、父の顔を覗き込みながら更に至近距離で睨む。
「……あれぇ!!!!」
父が素っ頓狂な声を上げた。
「あれ、あれ……楓……??な、なんで?」
呆気にとられた父の顔を、楓は間近でぎりっと射抜くように鋭く見つめた。
よほど驚いたのか、父は固まったままで動けないらしい。
大きく丸く見開いた琥珀色の目をぱちぱちと瞬きさせて、えっえっ?という表情で周囲を見回し、シゲポンを見、男子達を眺め、それからまた楓の顔を見上げてくる。
楓は大きく息を吸い込むと、一気に父を怒鳴りつけた。
「何、勝手な事言ってんのよ!!!寂しいとか、自分で隠しておきながら酷いじゃない!だからお父さんって勝手なのよ!私の気持ちなんて、考えた事ある?いっつも置いてきぼりじゃん、私の事。怪我して入院した時だって、本当はジェイクにやられたんでしょ!!それなのにテロに巻き込まれたとか嘘吐いて!結局お父さんたら私のこと信じてないんでしょ?信じてないのに、寂しいとか言われても、私だって寂しいのにっ!!」
怒鳴りつけられた父がぱくぱくと、まるで金魚が餌でも食べるかのように口を開いたり閉じたりしてから漸く声を出した。
「……ってか、なんで楓がここに?……えっ??」
「えっ、じゃないわよっ。友達に、お父さんがワイルドタイガーなんじゃないかって言われたから確かめに来たの!なんでさ、お父さんからじゃなくて、他の人からそういう事言われて確かめなくちゃならないのかって情けなくって!!しかもホントにお父さんじゃないっ!全然気がつかなかった私ってなんなのよ…」
すごい剣幕で言うと、父が目を見開いたまま後退った。
目線を彷徨わせてどうしようかと途方に暮れている感じが、ますます頭に来る。
鼻の奥がツンと痛んで、涙が出てきた。
父はひたすらおろおろしている。
涙目でぎろっと睨むとさっと目を逸らし、どうしたらいいのか全く分からない様子で助けを求めるように周囲を見回す。
最初驚いていたバーナビーが、瞳を細めて楓に近寄ってきた。
軽く頭を撫でられて、楓は睨んだ鋭い目つきのままバーナビーを見上げてしまった
バーナビーが柔らかな視線を下ろしてきた。
「そっか、君、虎徹さんの娘さんなんだ…。隠されてたら、怒るよね…?全く虎徹さんって、そういう風に勝手な所あるからな…?でしょ、虎徹さん?」
「えっ…、そ、そう……かな?」
おどおどした物言いに、更に涙が滲む。
「ほら、こっちに来て、ちゃんと娘さんに自分の気持ち言わないとダメですよ。貴方、僕には言ってくれたでしょ?あの時ドームの上で、僕にはきちんと」
バーナビーが父に諭すように言った。
父が近寄ってきた。
おどおどとしつつ、楓の前に膝を突いて顔を覗き込んでくる。
「あの、……ごめんな、楓。…パパ、本当はもう隠してないで言おうと思ってたんだ、けど、楓がどう思うか心配で…」
「………」
「パパさ、楓に格好いいパパって思われたいんだ。他の誰でもない、楓が思ってくれたらそれだけでいいんだけど。…楓の前ではいつも笑っていて余裕のある格好いいパパでいたかったんだ。…そうじゃない部分は隠したかったんだ、ごめんな…。テレビ中継なんかでさ、もしパパのこと見て楓ががっかりしたらどうしよう、とかそんなつまんない事ばっかり考えてた…。パパはいろいろ物壊したりするから、楓がパパの子供だってばれたら迷惑掛かるかな、とかも思ったし…。あんまりさ、ワイルドタイガーの評判良くないだろ、あんまりじゃなくて相当か…」
「えっ、そんなこと無いっすよっ!」
突然そこに光太が割って入ってきた。
「オレ、ワイルドタイガーが一番好きだもん。格好いいもん!」
「え、そうかな?バニーちゃんのがどうみても格好いいでしょ?」
虎徹があれあれっという感じで狼狽してバーナビーを見る。
「そりゃそうだけどっ!ってそういう意味じゃなくてですっ」
一端頷いて光太が慌てて訂正する。
「現場で一番見てて楽しいのタイガーだもん。はらはらするしわくわくするし、なんか次どうなるのか分かんないし!」
「…って、それはちょっと格好いいとは違うんじゃねーかな?」
父が、ほっとしたように苦笑して言う。
「え、でも…その…」
「あはは、ありがとなっ。君は楓の友達かい?俺の事そう言ってくれる友達いるってすげぇ心強いよ?」
そう言って、父が男子の頭を撫でる。
「まぁまぁ…」
そこにシゲポンが割って入ってきた。
「鏑木もちょっと落ち着かないと。でも、ワイルドタイガーがお父さんて分かって良かったね?」
「……でも、先生…私まだ納得いかない…」
「あ、先生でしたかっ!」
虎徹が帽子をとって慌てて頭を下げた。
「いつもうちの娘がお世話になってますっ。あはは、その、楓、学校でどうですか?なんか迷惑掛けてませんか…?」
おどおどしながら窺っている父に、溜息が出る。
「もう、そういうのしなくていいから、お父さん、ホント恥ずかしいんだからっ!」
シゲポンがにっこりした。
「楓さんはうちのクラスの委員長やってもらてます。とても頼りになりますよ?お父さんも、楓さんの事信用してあげてください。ね、鏑木?」
「……だって。先生も言ってるんだから、分かった、お父さん?」
「ハイ……」
しょげた父になんか肩の力が抜けてしまった。
バーナビーを見ると苦笑しながら楓に目を合わせて笑い掛けてきた。
(………別に、もう、…いいかな…)
なんか、すっきりした。
いろいろ心にわだかまっていたのが融けて、すうっと消えていったみたい。
「もういいよ、お父さん。お父さんはお父さんだもんね。元々お父さんにあんまり期待してないし。でもさ、私のこといつまでも子供扱いしないこと、それだけはいい?お父さんが思うほどもう子供じゃないんだよ。だからお父さんも一人でがんばってないで、ちゃんと私のこと頼ってよ?……いい?」
「……はい、気をつけます…」
みんながどっと笑った。
和やかな雰囲気が部屋に満ちる。
「あ、じゃあ、折角だから、スーツ着た所でも見ていかないか?」
バーナビーが晴れやかな笑顔で言ってきた。
「えー!!いいんですか?」
「うん、これからね、開発室でスーツの調整する所だったんだ。ちょっとだけになっちゃうけど、どう?」
男子と担任が歓声を上げる
「見たい見たい!」
善は急げで、みんなで事業部から開発室に移動し、シュミレーションルームで、ヒーロースーツを着たタイガー&バーナビーを実際に見る事になった。
「うわぁ格好いい!」
「すっげー!」
男子達が次々と歓声を上げる。
シゲポンまでが教員という立場を忘れて、目を輝かせてすっかりヒーローオタクになっている。
楓も、スーツを着た父を初めて直に見た。
スーツ着るとまるっきり父とは分からなくなるけど、でもやはり父だと思える。
なんとなく動き方とか、仕草が父だ。
「こここうすると時計出るんだよな!」
父が、スーツに搭載されている機能をいろいろと見せてくれる。
「すっげー!」
男子がバカみたいに喜んでるのを見て、楓は肩を竦めた。
(お父さん、楽しそう…もう、いいか)
父の嬉しそうな顔や、みんなの笑顔と見ていたら、心の中のもやもやがすうっと砂糖が水に融けるみたいに融けていった。
「じゃあ、そろそろ帰らないと。鏑木もいいかい?」
開発室ではしゃいでいる男子や、嬉しそうに技を実地で見せている父を見て脱力していたら、シゲポンが声を掛けてきた。
「はい」
「え、もう帰るの…?」
フェイスマスクを上げた父が、寂しそうな表情をした。
「今の時間で帰らないと夜になっちゃうでしょ、うちに着くの」
「…。うん、そうだけど…」
「ほらお父さんったら、もう…びしっとしてよびしっと。ワイルドタイガーなんでしょ!」
「はい…」
でも、…楓は思った。
(まぁいいか……)
ちょっと情けない感じの父の方が、いつもの父らしい。
でもでも、今日はすごい格好良い父も見た。
――ちょっとお父さんらしくなくてびっくりしてどきどきして…っていうか、ホント格好良かったよ、お父さん。
私、お父さんがヒーローで良かった…!!
――なんて、お父さんには言ってあげないけどね!
恥ずかしいもん。
最後にロイズさんから、みんなプレゼントを貰った。
アポロンメディア社製ペンセットと、タイガー&バーナビー携帯ストラップにミニフィギュアだ。
一番嬉しそうなのがシゲポンだった。
ちょっと意外だったけれど、シゲポンにはお世話になったから嬉しそうにしてるのを見るのは自分も嬉しかった。










帰り道、自動車に乗ってぼんやり車窓の景色を見ているとシゲポンが話しかけてきた。
「良かったな、鏑木、お父さんの事ちゃんと分かってさ」
「ホントだよね」
男子達も頷く。
「でも本当に驚いたな。鏑木さんのお父さんがさ、やっぱりワイルドタイガーだったなんてさ」
「いいなー。すっげー羨ましい。あんな格好良くてヒーローの父ちゃんいるなんて」
「…そうかな?」
「俺んちの父ちゃんなんて、すっげデブってて、格好悪いし…」
その言葉を聞いて、楓はくすっと笑って肩を竦めた。
「でもさ、パオロはそういうお父さんが一番好きなんでしょ?」
「…あ、う、うん…」
パオロがちょっと口籠もって頬を赤らめる。
「私も分かった。お父さんって、どんなお父さんでもやっぱりさ、好きなんだってこと。好きだから、隠されたりすると腹が立つんだよね。別に私、お父さんがどんな仕事に就いてても好きだって思うけど、でも今日はちょっとだけ、お父さんがヒーローで良かったって思ったかも」
「え、ちょっとなのか?オレだったらすっげー嬉しいけどっ!もう、みんなに自慢しまくりだけど!」
「…私はさ、お父さんと一緒に暮らせた方がいいな…」
楓の呟きに思わずみんな黙りこむ。
楓は慌てて続けた。
「なんてね、うちのお父さん、休みもないし滅多に会えないから。…でも、ヒーローとして頑張ってるのが分かったから、その辺は私が理解してあげないとね。それに、会えない時はテレビ見るよ」
「そうだね」
シゲポンが会話に加わってきた。
「みんな、自分のお父さんが世界で一番好きだろ?太ってようが格好悪かろうが、滅多に会えなかろうが…。自分のお父さんって世界に一人しか居ない大切な人だもんねぇ。…でも本当今日は良かったな、鏑木」







――そうだ。
お父さんだから、世界で一番好き。
どんなお父さんでも、私のお父さんだから。
今度お父さんに会ったら、もっとよく話を聞こう。
どうしてヒーローになったのか。
ヒーローしてて、楽しい事ってなんなのか。
今まで話してもらえなかった分、絶対いっぱい聞き出すから!
あ、それから、バーナビーさんのサインもらってもらおう!
あー、そういえば、バーナビーさんにお父さんの事よろしくって言うの忘れちゃった。
うちのお父さん、いつも迷惑掛けてそうだもんなあ…。
今度あったら言おうっと。
会えるかな…うん、会える。
バーナビーさんにも、ヒーローとしてのお父さんにも。
これからもずっとお父さんはヒーローだもんね!
世界一格好よくて、でも情けなくて、そういう所が最高のヒーローだもんね。







車窓の風景が都会から田舎に変わる。
夕暮れで地平線上に夕日がかかる。
車の中に日が差してくる。
赤々と照らされながら、楓は幸福な気持ちでその夕日を見つめた。





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