◆Without Your Love◆ 7
実を言うと僕ももう限界だった。
こんなあられもない痴態を見せられて、いつまでも自制できるわけがない。
この彼の姿を見て自制できる人間がいるとも思えなかった。
彼は本当に可愛くて、同時に妖艶だった。
浅黒い肌は、しっとりと汗で湿っている。
照明に薄く光るその肌は筋肉のうねりが分かるぐらいに滑らかで、愛撫に応えてびくびくと筋肉が動く様は淫靡としか言いようがなかった。
淫靡なのにそれでいて無垢で愛らしく、それが僕の、…男としての征服欲を煽ってくる。
同じ男で年上なのに、不思議だった。
しかし僕は、もう堪えようもなく興奮していた。
指を一気に引き抜く。彼の太腿を掴んで、ぐっと身体を折り曲げる。
腰が浮いた事によって、アナルが眼前に晒け出される。
そこに僕は、自分のペニスの先端を押し当てた。
アナルは熱く、ひくひくと蠢いていた。
ジェルでたっぷりと濡れたそこは、僕のペニスを飲み込もうとして、閉じたり開いたりしている。
彼の顔を見る。
涙で潤んだ金色の瞳が僕を見上げてきた。
―――可愛い。
たまらなくなって僕は息を詰めると、右手を自分のペニスに添えて一気に彼の中へそれをめり込ませていった。
「っん―――っっっっ!!!」
彼が背中をぐん、と反り返らせ、吐息だけで悲鳴を上げた。
痛いのだろう、全身が細かく震え、身体がくねって逃げようとする。
そこを僕は足ごと強く抱き締め、反対に自分の方にぐぐっと引き寄せた。
粘膜と肉の擦れ合う音がして、僕のペニスは深々と根元まで、彼の中に突き刺さった。
彼の身体がふるふると痙攣し、強張っている。
「虎徹さん……?」
名前を呼びながら彼の目尻に口づけて涙を舐める。
挿入した瞬間硬く目を瞑っていた彼が、ゆっくりと目を開いた。
長い黒い睫が涙で濡れて、睫の先に小さな涙の粒がいくつも付いている。
それがぷるぷると震え、目が開くとすっと滴って、その下から涙の膜の張った金色の瞳が現れる。
「…大丈夫ですか?」
「あ、う、ん、大丈夫。そんな、結構、アレだね、思ったより、その、痛くねーな…、君が、上手なのかな?」
声を上げてしまった事を恥じるのか、彼が目線を揺らし頬を染めながら、ぼそぼそと言ってきた。
「すごく、気持いいです」
「そ、そう…?ちょ、っと恥ずかしいね。でも君が気持ちイイんだったら、良かった…嬉しいよ。俺も、そんな、痛くねーから、…動いて、いい、よ?」
そう言うと彼は僕の首の後に手を回して、慈しむように髪の毛を撫でてきた。
そんな彼の仕草にもじぃんとなって、僕はもう我慢ができなかった。
元々我慢に我慢を重ねていたのだ。
「すいません、じゃあ…動きます…」
そう言うともう僕は堰を切ったように、自分の快楽を追い求めて動き始めてしまった。
「あっあっ…あ、――っっ、そ、こっ…っっ!」
先程指を二本挿入した時に彼が感じた部分にあたりをつけて、ペニスの切っ先でそこを抉る。
彼が堪えきれないというように高い声を上げて、僕の腕の中で身悶えた。
彼の方が自分よりずっと体格がいいので、本気で嫌がられたら絶対に勝てないところだった。
が、そこは彼も分かっているのか、必死に逃げようとする身体を我慢して、僕の腕の中に収まってくれている。
それどころか反対にしがみつかれ、首筋に顔を埋められて、僕はぞくぞくとした。
自分よりも体格の良い年上の男性をこういう風によがらせ、自分の手で泣かせ、気持ち良くさせている。
その認識がたとえようもなく男の本能を刺激し、征服欲を満たしてくる。
同時に、それが性の興奮に直結する。
腰を激しく突き入れては引き抜き、引き抜いては突き入れる。
ずぶずぶと淫靡な結合音を部屋に響かせると、聴覚からも刺激されて、堪らなく興奮する。
頭の中は理性も何も消え去って、今身体が感じている快感を追い求める事だけで、精一杯になる。
身体中が肉欲の固まりになったようで、そのめくるめくような快感は今までに経験した事が無い凄い物だった。
無我夢中で彼の身体を貪る。
ペニスを彼の中へ挿入しては抜く。
繰り返していれば、あっという間に、目の前が眩むような絶頂が押し寄せてくる。
一際深く突き入れて、ぐりぐりと腰を回して、腸の奥深くに僕は思いの丈を一気に吐き出した。
彼の身体を強く抱き締め、唇を噛んで射精の快感に耐える。
「んっ―――っっ!」
彼もびくびくと身体を震わせる。僕の腹に当たっていた彼のペニスが、どくんと爆ぜる。
僕たちはそのまま、射精の余韻に暫く浸っていた。
こんな快感がこの世にあるなんて、知らなかった。
湿った汗。精液の匂い。
全身を浸す忘我感。
痺れたように動くことも出来ず、僕は彼の中にとどまったまま、快感に浸っていた。
「今日の実験はここで終わりにしようか」
卒論の担当教授が僕の実験室を訪れた。
僕はちょうど卒業論文に向けての実験のうち、その日の部分を終わらせた所だった。
「はい先生。ちょうど今日の分は終わりました」
「そうか。良かったよ。順調に実験が進んでいるようだね」
「先生のおかげです」
僕は担当教授に向かって頭を下げた。
僕が大学に行かなかった期間は3ヶ月だった。
その間に同じ研究室の友人達は皆就職を決め、卒業に向けて着々と卒業研究を進めていた。
僕が大学に戻った時、友人達は僕のずっと先を進んでいた。
僕と来たら、卒論のテーマを決めて、担当教授と話し合いをして、実験の段取りを決めた所で、不登校になってしまっていたのだ。
だから、3ヶ月後に大学に戻っても、今更僕が研究を続けられるとは思わなかったし、教授にも見放されたと思い込んでいた。
けれど、みんなはそうじゃなかった。
恐る恐る研究室に顔を出した僕をみんなが歓迎してくれた。
僕が実験を行おうとしていた部屋は僕専用に空けてあった。
「君がいつ戻ってきてもいいように、空けておいたんだよ」
教授にそう言われて、僕は感激で思わず泣きそうになった。
何のことはない。
自分が作った高いハードルを越えてみれば、そこには僕の事を暖かく迎え入れてくれる人たちが待っていて、僕を裏表無く歓迎してくれているのだった。
僕は自分で自分を閉じ込める檻を作って、自分でその中に閉じこもっていた。
そして、他の人は助けてくれない、自分は見捨てられた、と思っていただけだったのだ。
それから一ヶ月。
研究も佳境に入って、実験も試行錯誤ながら、既に殆ど終わっている友人達に助けられたり、担当教授の懇切丁寧な指導を受けたりして、僕は以前と同じ、いや以前よりずっと順調な大学生活を送っていた。
就職についてはまだ決まっていなかったが、担当教授とも話し合って、就職せずに大学院に進もうかと考えていた。
今やっている研究には元々興味があった。
以前は、早く就職しないとという焦りがあって、研究自体も楽しめなかったが、今は違う。
実験も楽しかったし、過去の科学者の業績をなぞって、自分がもしかしたら新しい原理を発見できるかも知れない、という、学問への純粋な興味も湧いていた。
お金のことは…奨学金でなんとかなるだろう。
もしかしたら学資ローンなども借りなくてはならないかもしれないが、僕はそういう事について心配しない事にした。
考えてもどうしようもない事に拘泥して悪戯に神経を消耗するよりも、今自分ができることを精一杯やって、それで自然と結果が出るのを待てばいい。
(そうですよね、虎徹さん…?)
僕は、研究室の窓の外、夕暮れに輝く金色の雲を見つめた。
その雲は、彼の瞳のようだった。