◆Mimosa◆ 14
バーナビーに窮屈な体勢を強いてしまって大変だろうとは思ったが、身体を離したくなかった。
繋がったままで、暫く情事の余韻に浸る。
目を閉じて全身を満たす快感にたゆたう。
ふと視線を感じて目を開けると、潤んだエメラルドグリーンの瞳が、間近で自分を見つめていた。
車の窓から夕方の光が差し込んで、バーナビーの金色の髪をきらきらと照らした。
眩しくて美しくて眼を細めながら、虎徹はじっと翠の目を見つめた。
バーナビーがふっと視線を和らげ、微笑んでくる。
「バニー…」
呼びながらふわりと唇を触れさせる。
ちゅっちゅっと啄むように数度口付けて、それから柔らかく唇を押し当て、擽るように舌先でバーナビーの唇をなぞる。
バーナビーがはにかむように笑って、彼の手が自分の後頭部に回り、うなじの髪を指に絡めるようにして愛撫してきた。
「バニー…、今俺すげー幸せ…」
掠れた声でそう言うと、バニーが舌先を軽く触れ合わせてきた。
「僕もです。ありがとうございます、おじさん…」
情事の後の濡れた声に、繋がったままの身体が甘く疼く。
胸の中心からぽわっと暖かな感情が溢れ出てきた。
「ありがとうとか言われると恥ずかしいよ、バニー。……俺の事、信じてくれよな?ずっと一緒に居るから…」
「……えぇ、おじさん、……信じます。あなたは僕を変えてくれました。まだ怖いけれど、でもあなたに僕を預けます。不安もあるけれど、……でも、僕はあなたを、信じます…」
吐息混じりの掠れた声が、耳元に吹き込まれる。
感動がじぃんと全身に広がって、虎徹は泣きそうになった。
腕の中の存在が、愛おしくて愛おしくてたまらない。
こんなに誰かを愛する事ができるなんて。
もう、そんな情熱は無くなっていたと思ったのに。
――でも、そうではなかった。
本当に好きな相手が現れれば、きっと人間はいつでも情熱が蘇るのに違いない。
何歳になっても。
自分は一度その情熱を失って、もう二度と大切で掛け替えのない相手ができるなんて思ってもいなかった。
自分には過去にそういう情熱を傾ける相手が存在し、幸せな結婚生活を送り、娘まで生まれた。
それだけでも自分の人生は十分だ。
これ以上幸せを求めるなんて、そんなの分不相応だ。
そう思っていた。
けれど、こうして今再び、自分の感情全てをぶつけ、自分の身をゆだねる事の出来る相手ができて、その相手から愛されて、こうして心が繋がりあっている。
人生においてこれほど素晴らしい事があるだろうか。
出世したり偉くなったり、人にかしずかれたり、そういうのが人生の一番の目標である、と思う人は多いかも知れない。
けれど結局の所、人の一番の心の中の望みというのは、掛け替えのない相手にお互いに大切に思われ、こうして身も心も一つになって解け合う事なのではないか。
「バニー、ありがとな。……俺、この年になってこんなに感激するなんてさ、思ってもみなかった。今、すげー幸せだよ……」
「……僕の方が幸せですよ、おじさん」
虎徹が言うと、バーナビーが自分の方こそ、という感じで意気込んで言ってきたので、虎徹は思わず噴き出してしまった。
「ははっ、幸せ比べか。……こういうのだったらいくらでもやっていいよなぁ…」
そう言って、もう一度バーナビーの半開きになった唇に、ちゅっと啄むようなキスを落とす。
バーナビーが応えて、照れくさそうに笑った。
「ほんとですね…」
「なぁ、バニー、今日はさ、お前んち、泊まっていい?離れたくねぇし…」
「えぇ、勿論です。このままこの車で帰りますか?……どうせならおじさん、……僕の家に住みますか?」
「……え、いいのかよ?」
突然話が進んだので、虎徹は驚いた。
それと共にまた嬉しくなって、バーナビーの顔中にキスの雨を降らせる。
「それ、すげーいいな。お前んち広いし。……冗談じゃなくて本気にしちまうぜ?」
「はい、いいでよ。僕、元々冗談言いませんから」
「え、いいのかよ?じゃあ、早速引っ越ししちまおうかな?」
「……大歓迎ですよ、おじさん…」
二人で軽口を叩くように言っているが、内心嬉しくてどきどきだった。
嬉しくて嬉しくて夢のようだ。
でも夢ではないことは、この身体の快感やバーナビーを感じる五感が証明している。
―――大丈夫だ、バニー。もうお前の事は絶対に離さない。
お前のそばにずっといる。
約束する。
……誓う。
ありがとな、バニー、俺の事を受け入れてくれて。
お前が自分の傷を乗り越えて俺を受け入れてくれるまで、本当に怖かったと思う。
俺にはそんな経験がないから、お前の傷がどんなに深いのか分からない。
けれど、どうしてもお前が欲しかった。
俺で申し訳ないけれど、俺のものになって欲しかった。
ありがとう、バニー。
―――愛してる……。
オレンジ色の夕日が車の中に差し込んで、車内が一瞬明るい色に染まった。
乱れて酷い有様だった身体を拭いて、お互いに照れ笑いしながら身支度を調える。
それから虎徹はその夕日を背にして、ゴールドステージのバーナビーのマンションへと車を走らせていった。