「バーナビーさんのお好きなタイプって、どんな方ですか?」
眼をきらきらとさせて、インタビューしている女性がバニーに問い掛ける。
ここは、アポロンメディア社からほど近い所にある、洒落た有名なカフェだ。
そこの一角を貸しきりにして、バーナビー・ブルックスJr.の取材が行われていた。
俺は貸し切り部分の隅っこのテーブルに座ってアイス珈琲を飲みながら、ぼんやり、テーブルに肘を突き頬杖を突いてバニーを眺めていた。
取材はバニーだけで俺は必要ねぇんだが、一応コンビという事で同行している。
けれどまぁオマケなんで、俺は隅っこで大人しく珈琲を飲んでるってワケだ。
対するバニーは、って言うと、相変わらず端正なきらきらした笑顔で優雅に椅子に腰を掛けて足を組み、上品な仕草で珈琲を飲みながら、にっこりとインタビュアーに微笑んでいる。
そんな顔を見たらどんな女性だってぽーっとなっちまうのは当然で、そのインタビュアーもバニーの顔を見てすっかりうっとりしきっていた。
…………だよなぁ。分かる。
俺はその様子をこっそり眺めて、心中密かに溜息を吐いた。
◆オジサンのバレンタイン☆デー◆ 1
ジェイク・マルチネスを倒して一躍マスコミに躍り出たバーナビーは、今や人気うなぎ昇り。
シュテルンビルト一格好いい男として、もて囃される存在だ。
元々ヒーローとして登場した時から女性の人気は高かったが、ここに来て一気に一般市民にも人気が出るようになった。
雑誌にも載るし、テレビなんかでも騒がれるようになった。
取材の依頼も引きも切らない。
たいていどんな雑誌にも、バニーの写真やインタビューが載っている。
バニーの取材には、自分が暇な時には同行するようにロイズさんにも言われているから、俺はたいてい付き合う。
だから知ってるんだが、インタビュアーが女性だったり、インタビューが終わった後に殆どの女性がバニーの虜になっている。
……そりゃそうだな。
すらりとしてスタイルの良い体格。
美しいとしか形容のできない容姿。
きらきら輝くプラチナブロンド。
エメラルドグリーンの宝石のような美しい翠の瞳。
まぁ、こんなに容姿が整っていて、スタイルも良い上に頭も良くてヒーローだ、と来たら、理想の王子様ってとこだよなぁ…。
……ったくなぁ、その通りだな。
俺はアイス珈琲に突っ込んだストローをがしがしと噛みながら、横目でちらちらとバニーとインタビュアーのやりとりを眺めた。
あのインタビュアーがバニーと話すのは初めてのようだが、彼女もすっかりバニーの虜になっちまったみたいだ。
見上げる目がうるうるして恋する少女って感じだ。
目を見れば分かる。
もう、うっとりとして、目の色が違ってくる。
(…………)
もしかして俺も、バニーを見るときあんな目をしているんだろうか。
―――まさか。
(気をつけねぇとな…)
インタビュアーの様子を見ながら俺はこっそり眉を顰めた。
今話しているような綺麗な女性だったり、あるいはバニーのファンだって言ってよくプレゼントを手渡ししてきたり、出待ちしたりしている女の子みたいな存在だったら、どんなに人前で目をきらきら輝かせていようが、バニーを見てきゃーとか騒ごうが、全然おかしくない。
バニーみたいな格好良いやつを見たら当然だし、微笑ましい。
けどなぁ…。
―――俺はどうだよ……。
はぁ………。いや、俺とか考えてる時点で既にもう問題外なんじゃねぇか?
そう思うと胸がきゅっと痛くなって、俺は思わず俯いて目を閉じた。
―――そう。
情けない事に、つうか、信じられない事に。
俺はあの金髪の相棒、バーナビー・ブルックスJr.を好きになっちまったんだ。
自覚したのはいつごろだろうか。
ジェイク・マルチネスとの戦いの時に、バニーに『俺のことを信じていたのに』となじられた。
あの時かも知れない。
あの時、胸の奥がすげぇ痛くなって、バニーの事が心配で愛おしくて、どうしようもなかった。
ジェイクとの戦いに自分が負けて、病院で手当を受けていた時だって、バニーの事ばっかり考えていた。
ハンドレッドパワーで傷を無理矢理塞いでバニーの所に駆けつけたのだって、そりゃ無茶だったけれど、バニーの事を考えたら居ても立ってもいられなかったからだ。
あの時はまだ好きだとは分からなかったけれど、とにかくバニーのために何かしないと息も出来ないぐらい切羽詰まっていた。
その後バニーが俺を『虎徹さん』って名前で呼んでくれるようになって。
そう、あの頃からもうすっかり俺は、バニーの事が好きになっていたんだ。
バニーに対して、愛おしいという気持ちが心の中からどんどん、溢れてくる。
…………好きだ。
バニーを見ると、胸がきゅんとなる。
痛くて、甘酸っぱい。
バニーの声を聞くと嬉しくて、話すとどきどきする。
こんな気持ちになるのは20年ぶりぐらい、初恋をした時以来だ。
もうあんな風に胸をときめかせたり、相手の言葉で一喜一憂したり、、そういう気持ちになる事なんて二度と無いと思っていたのに。
……この年になって。
しかも相手は10歳以上年下の男だ。
どう考えても、―――おかしい。
俺も最初に自分の気持ちを自覚した時には、我ながら呆然とした。
バニーの事が……好きだと?
―――好き。
そうだ。
この気持ちは確かに恋だ。
そう思って、愕然とした。
が、恋だと自覚すると、ますます自分が抑えきれなくなる。
バニーがにっこりと笑いかけてくれると、わけもなく嬉しくなっちまう。
もっと話したい。
……それだけじゃない。――触れたい。
バニーの滑らかな頬に触れたい。
唇を触ってみたい。
抱き締めたい。
さわられたい。
バニーの手で頬を撫でられたら、どんなに気持ちが良いだろうか。
抱き締められたらそれだけで身体が蕩けてしまいそうだ。
キスしたい。あの唇に触れてみたい。
キスされたい。
唇を合わせて、抱き締められて、囁かれたい。
肌に触れたい。身体を繋げたい。
―――セックス、したい……。
そこまで考えて、俺はぞっとした。
気持ち悪すぎる。いくらなんでも、正気の沙汰じゃねぇ。
俺は30代後半で中年で、髭面の子持ちのおっさんだ。
バニーは20代半ばで誰から見ても容姿端麗、眉目秀麗、非の打ち所のないヒーローだ。
バニーがその気になれば、世の女性の中で落とせない女性なんていないだろうと思うぐらいだ。
雑誌にだって『恋人になって欲しい男ナンバー1』とか、『抱かれたい男性ナンバー1』とかそういう風に書かれている。
バニーがその気になれば、シュテルンビルト一の美人女優だって、きっとオーケーするに違いない。
例えば、俺がファンをしているあの巨乳でむっちりした映画女優だって、バニーと雑誌の中で対談をして以来すっかりバニーにお熱だ。
そんな並み居る美人が皆バニーにお熱な中で、……俺だ。
いや絶対、どう考えても、気持ち悪い。
でも、バニーが好きだ。
気持ち悪いからと言っても、好きになっちまったのはしょうがない。
好きっていう気持ちは理性でどうにかなるもんじゃねぇ、ってのはいくら俺だって分かる。
でも、好きだからって、……どうしようもない。
高校の時は奥さんも俺のことを好きになってくれてたから、こんな悩みを持たなくてすんだけど、今回はどう考えても駄目だ。
好きになっちまって、……好きになるのはしかたがないが、だからといって、表だって告白できるような相手じゃねぇ。
あくまで俺とバニーは仕事上の相棒、バディだ。
そこにもし、俺が今抱いているような恋愛感情なんかを差し挟んだらどうなるか。
結果は目に見えて分かっている。
その瞬間にバニーから心底軽蔑されるような目で見られ、話もしてもらえなくなるだろう。
もしかしたらコンビだって解消されるかもしれない。
………それは、絶対嫌だ。
仕事が無くなるのは致命的な問題だし、それ以上にバニーに会えなくなる……。
そう思うとそれだけで、俺は恐怖に震え上がっちまった。
どう考えても俺がバニーに対して、お前の事が好きだとか言うのは無理だと思った。
たから、俺はひたすら自分の心の中だけで思っている事にしたのだ、……が。
しかし、昼間は理性で制御できたとしても、夜、夢の中でバニーが出てきたりするから始末に負えない。
―――そう、夢だ。
夢は自分の深層心理が反映されるっつうからな。
俺の場合、あまりにもそれが明らかで、我ながら呆れたりもする。
つまり、……こんな夢だ。
バニーが俺に熱烈に告白してくるんだ。
『虎徹さん、好きです』とか、『愛してます』とか、まぁ絶対に現実じゃ言わないような台詞で。
あの甘く響く美声で『虎徹さん』なんて俺の名前を呼んで、熱っぽく『愛してます』なんて言われたら、……まぁどんな女だってころっといっちまうだろうが、俺だって勿論当然だ。
そう言いながら、バニーが俺を抱き締めてくる。
抱き締められて唇が重なってきて、その感触がやけにリアルだ。
柔らかで厚みがあって、ちょっとかさついた唇の感触。
うっとりとしているとそのままベッドに押し倒される。
バニーの身体の重みにやはり呆けていると、バニーの手が俺のペニスを握ってくる、
指を棹に絡めて、絶妙に扱いてくる。
すげぇ、気持ちがいい。
それから、バニーのペニスが、俺の尻の穴に挿入される。
勿論、俺はアナルセックスなんて現実には経験がないから、どんな感覚だか分からない。
だからこれは夢の中でも都合の良い想像なんだろう。
いつの間にか俺もバニーも全裸だ。
バニーのひんやりとした肌の感触が気持ち良い。
大きく開かされた脚の間にかかるバニーの重みにもうっとりとする。
そして、俺の中に入ってくる硬いペニスの衝撃―――これがまた夢だから都合良くできてるんだろうが、勿論、痛みなんかねぇ。
尻の穴なんか使った事ねぇから、どう考えたってバニーのペニスなんざ簡単に入るわけねぇんだが、まぁそこは夢。
痛みも何も無く、しかも気持ち良くて身体中が蕩けちまうぐらい、すごい。
俺は脚を大きく広げて、仰向けに転がった蛙みたいな格好をしてアンアン言いながら、バニーのペニスを深く咥え込む。
腰を振ってどうしようもなくてよがって、バニーに『好き好き』とか言いながら、バニーからも『虎徹さん好きです』とか言われて、幸せで涙とか鼻水とか涎とかなんでも出ちまってぐちゃぐちゃになって。
……だいたいそんなあたりで目覚まし時計が鳴ったりして、目が覚める。
すると情けない事に、たいてい俺のパンツはじっとり湿ってるってワケだ。
格好悪いから寝る前にオナニーして抜くようにはしているんだが、でも朝になると夢精している。
この年になってこう性欲が盛んになるなんて、思わなかった。
寝る前に抜いてもやっぱり朝にも出てるってどういう事なんだ。
これも恋のフェロモンの為せる業なのか。
我ながらすげぇと思う。
しょうがないからパンツを脱いで洗濯機に放り込んで、別のヤツを穿いて出勤するってワケだ。
出勤すれば、夢の中のバニーとは全く違う、普通のバニーがいる。
(さっきまでこいつと………)
とか思いながら仕事をする。
そのギャップに、たまに途方に暮れちまうこともある。
夢を見るのはいいことなのか悪い事なのか、……分からない。
けれど取り敢えず、俺のどうしようもない性欲の捌け口にはなっているかもしれねぇ。
――にしても、やっぱり虚しい。
そういう夢を何回も繰り返して見るようになると、さすがに俺もへこんできた。
夢の中では幸せでも、実際のバニーは全くそんなそぶりも何も無いわけだし。
勿論、俺の事を好いてくれているとは思うが、それは仕事上のバディとしてであって、絶対恋愛対象ではない。
つうか、恋愛対象とか……自分だって気持ち悪いと思うんだから、バニーの頭の片隅にもあるわけがねぇ。
虚しいだけではなくて、だんだん俺は辛くなってきた。
事務仕事でパソコンに向かっている間も、ちらっと隣のバニーの横顔なんかを見ながらこっそり溜息を吐いちまう。