◆茨(いばら)の冠◆ 4
彼が『え?』という顔をする。
虚を突かれたような表情をする。
それを見ていると、善良な相手を傷つけてしまったという罪悪感が湧いてきて、バーナビーはわけもなく苛立った。
自分にそんな罪悪感を抱かせた事に対する理不尽な怒りも湧き起こって、苛立ちに拍車を掛ける。
「僕たち、これからあのホテルに入ってセックスする所だったんです。邪魔してくれましたね?」
「え……そ、そうなの…?…でもさ、君、その…、殴られそうだったじゃないか…?」
彼が一瞬きょとんとした目をしてホテルを見上げ、それから目線を落としてバーナビーを見、更に下で伸びている男達を見て、眉を寄せどうしよう、という表情になる。
「まぁ、ちょっとした行き違いがありましたけど。……でも、こんなやつらぐらい僕一人で十分やっつけられるんですよ」
「あ、そ、そうなんだ……。ごめん、それはその、俺、ついつい見てらんなくてさ…。……うん、そういや君、強そうだよね…」
彼がへこへことしながらバーナビーに謝ってきた。
そういう風に下手に出られると、どうしていいか分からなくてバーナビーは更に苛立った。
「今日の僕の楽しみがなくなってしまいました」
「え?……う、うん、……でも、あのさ、あのー…。4人、いたけど…。……ああいうのが、いいの…?」
彼がバーナビーを見つめ、それから道路に倒れている4人の男達を見下ろした。
困ったように後頭部に手をやってぼりぼりと髪を掻き、バーナビーを窺うように見つめてくる。
茶色の深い色の瞳にじっと見つめられるとなぜか落ち着かなくなり、その上更に苛立ちが募ってバーナビーは眉をぐっと寄せた。
確かに4人対1人というのは勿論自分だって断るつもりでいた。
が、それを反対に目の前の男に言われると腹が立つ。
なぜ腹が立つのかは分からない。
しかし、この突然自分の目の前に現れた男性の、人懐っこそうな茶色の目や親しげな態度が訳もなくムカつく。
「とにかく僕の楽しみが無くなってしまったのは確かです。…………あなた、今のヤツラの代わり、……してくれます?」
ふと思いついて何気なく口にした言葉だった。
言ってしまってからはっとして、何と言うことを言ってしまったんだと我ながら驚く。
「…へ…?代わり?」
すぐに変なことを言いました、と否定しようと思った。
が、目の前の彼がきょとんとした目つきでやや唇を尖らせ、素っ頓狂な声を出してきたので、言おうとしていた言葉はぱっと頭から引っ込んでしまった。
「……えぇ、代わりです。こいつらの代わりに、僕を抱いてくださいよ…?」
「え…?」
「ちょうどホテルも目の前にありますし、いいじゃないですか」
「いや、えっとー…え…?そのー…え………」
バーナビーの言っている言葉は耳に入っているのだろうが、それが頭の中で理解できないのだろう。
彼が痴呆のように何度も『え』、という言葉を繰り返してぱちぱちと瞬きをして、バーナビーを見てきた。
バーナビーは更に苛立って自分でも訳の分からない衝動に突き動かされ、彼の腕を掴むと引き摺るようにしてホテルに入った。
勝手知ったるこの手のホテルだけに、慣れた手つきで部屋を選び、有無を言わさず彼を部屋に引きずり込む。
「……いや、あのー、その……」
「…なんですか?それともすぐに家に帰らないと奥さんでも心配します?」
部屋に入った所で、振り向いて嘲笑めいた笑みを口に浮かべながら彼を見る。
バーナビーの視線が、左手の薬指に向いているのを知って、彼が困ったなというように首を傾げた。
「……あ、いや、俺、一人暮らしだからその…。うん、その、誰も心配しちゃいねぇんだけど…。……奥さんねえ、あの…、あー、この指輪…、あのね、…奥さん、死んじゃったから……」
「え……。そうですか…」
触れてはいけない面を聞き出してしまったようで、胸の中にちくりと罪悪感が湧いた。
が、今度は別の意味で彼に興味が湧いてきた。
随分と誠実そうな男性だ。
初対面の、しかも殆ど強請のような自分に対して怒りもせず、彼の個人的な事情まで明かしてくる。
先程、電光石火の早業で4人を倒した腕前と言い、かなりのスポーツマン、もしくは何かそういう身体能力を使う危険度の高い仕事に就いているような印象だ。
そうすると、きっと身体も素晴らしいに違いない。
思わずそういう事に考えが行って、彼を頭の先から爪先まで睨め付けるように見る。
見つめられているのが分かったのか、彼がおどおどと目を逸らして俯いた。
そういう風な目で見てみると、彼は相手としてとても好ましいタイプに見えた。
すらりとした体躯。
日系人と思われるが、それにしてはスタイルがとても良い。
上半身が逞しく、下半身はきゅっと引き締まった理想的なスタイルだ。
背も高い。
この手のタイプはゲイにもかなりモテる。
きっと先程バーナビーがいた店に行けば、何人もからたちまち誘いがかかるタイプだ。
思わずごくりと喉を鳴らしながら、バーナビーは彼に近寄った。