◆茨(いばら)の冠◆ 6
そういう風に戸惑う様子を見るにつけても、彼が今まで所謂真っ当な生活――大多数の人間が経験している平和な暮らし、そういう生活をしてきたのが分かる。
バーナビーは今まで、そういう普通の性嗜好の人物、所謂ノンケを相手にした事はなかった。
同じ同性愛嗜好を持つ相手しか経験がない。
しかも殆どが、こういう先程の店のような所で出会った人間だ。
自分も相手もお互い納得ずくのその場限りの関係、短期間の関係、そういうものしか経験がない。
それだけに、今こうしてほぼ無理矢理というような形で、自分に首を突っ込んできた真っ当そうな男を引きずり込むという事に対して、ほんの少し罪悪感を感じた。
と同時に、その罪悪感によって、より大きな興奮が身の内に湧き起こるのも感じる。
この誠実そうな優しそうな男性を、……自分の身体で翻弄してやる。
実際にはそんなに自分に自信があるわけでもない。
相手がその気にならない可能性だって、大いにあった。
が、そういう退廃的な想像をするだけで昂ぶって、バーナビーはいつになく自分が興奮しているのを感じた。
「では、先にシャワーを浴びてきてください。ちょっとでいいですよ。そのあと僕がシャワーに行きますけど、僕が行っている間にいなくなったりしないでくださいね?」
「―だっ、ンな事すっかよ…。こ、ここまで来たんだからな…っ」
バーナビーの言葉に彼が顔を赤くして異を唱える。
そんな様子も好ましくて、バーナビーは薄く笑った。
彼がシャワーを浴びると、入れ替わりに自分もシャワーに行く。
予めすぐに性行為に至れるように、身体の方は準備してあった。
が、再度アナルを洗い、身体中隈無く洗い流して仕上がりに薄めの香水を付ける。
ホテル備え付けのバスローブを羽織って紐を緩く締め、持っていたバッグの中からローションとコンドームを取り出して、それらを手に部屋に戻る。
同じくバスローブを着て、ぼんやり所在無さげにベッドに腰を掛けていた彼が、はっとしたように振り向いた。
自分を見上げ、どうしたものかと蜂蜜色の目を左右に落ち着き無く彷徨わせ俯き、それからまたおずおずと自分を見上げてくる。
バーナビーはすたすたと歩いて彼の隣に腰を下ろすと、持ってきたローションとコンドームをベッドヘッドに置いた。
自分の動作を目で追っていた彼が、ベッドヘッドに置いたものを見て目をぱちぱちとさせる。
それから頬を赤くして、窺うようにバーナビーを見てきた。
「大丈夫です、僕がしますから。……あなたは何もしなくていいですよ?」
「あ、うん…そ、そう。……慣れてんだな…」
ぼそぼそと彼が言う。
「えぇ、そうですね。慣れてます」
バーナビーは肩を竦めて笑いながら、男がしっかりと結んでいたバスローブの腰紐をゆっくりと解いた。
びく、と身体を震わせたが、彼は抵抗せず動かずに、バーナビーの動作を見守った。
しゅる、と紐を解いてバスローブを左右に広げると、先程スウェットに隠されて見えなかった、彼の逞しい裸体がバーナビーの眼前に晒け出された。
(……すごい)
バーナビーは正直に思った。
素晴らしい肉体だ。
不特定多数の男とのセックスを繰り返してきたバーナビーは、今までに随分と多くの男性の裸を見てきた。
自分と同じぐらいの年齢から壮年まで、さまざまだった。
ひょろひょろした男もいれば、体格の良い男もいた。
その時の気分によって相手を決めるという事と、些か悪食という傾向もあって、いかにも外れな男を誘ってしまう時もあったので、バーナビーが相手にしてきた男は体型も年齢もばらばらだった。
ありとあらゆる体型を見てきた、と言っても過言ではない。
そういう中でも今目の前に居る彼は、最高級の肉体を持っている、と言えた。
筋肉が理想的なバランスで、しかも逞しくついている。
肌は、自分よりは随分と色が濃く浅黒い感じだが、肌理が細かく艶やかで、指で押すとその指を押し返すだろうと想像できる弾力と張りが見てとれた。
逞しいが、だからと言ってやたらと筋肉をつけてそれを誇示するような男とは違う。
機能的で敏捷さの窺えるもので、見世物にするような筋肉ではない。
バーナビーもかなり鍛えていて、体格も良ければ筋肉もついているのは自覚していたが、その自分よりもより理想的に、そして美しく筋肉がついていると思った。
何をしている人物なのか分からないが、もしかしたら自分が知らないだけで、プロのスポーツ選手なのかも知れない。
上半身がかなり逞しく、それに比べて下半身が細くすっきりしている所を見ると、体操選手あたりだろうか。
などとも思ったが、一夜の相手に対してとかく詮索をしても致し方がない。
相手の素性があまり分かってしまうと、情事が面白くなるよりも反対につまらなくなってしまう事が多いので、バーナビーは彼の素性に対しての詮索はそこでやめる事にした。