◆オジサンのバレンタイン☆デー◆  7





「虎徹さん、気が付きましたか…?
「……………」
ぼやけた視界に金色の光が映る。
香ばしい、いい匂いがしている。
「珈琲、淹れましたよ。一緒にチョコレート食べましょうか?」
「………」
気怠い腕をあげて、目をごしごしと擦る。
金色が間近に迫ってきて、頬に柔らかく暖かなものがふんわりと押し当てられる。
背中にバニーの腕が回って、上体を起こされる。
「はい、どうぞ…?」
なんか、すげぇバニーが優しい。
目の前に差し出されたマグカップを受け取ると、暖かな湯気が俺の鼻孔を擽った。
珈琲を一口飲む。
「はい、チョコレートも。虎徹さんが作ってくれたのは、僕の部屋に暫く飾っておいてもいいですか?代わりに僕が今日もらったチョコの一つですけど…。…はい、どうぞ?」
むちゅ、とバニーの唇が俺の唇に押しつけられた。
あ、チョコを口移しで、なのか…
小さなチョコの粒が口の中に差し入れられて、俺は舌を出してそれを受け取った。
舐めると、中はとろりと甘いウィスキーだった。
すげぇ美味い。
俺はまだ頭が半ばぼんやりしたまま、バニーを見上げた。
間近でバニーが緑の綺麗な瞳を細めて、にっこりと笑いかけてくる。
……やっぱり、すげぇハンサムだよなぁ…。
しかもなんかすげぇ優しいんだけど。
…夢、じゃねぇよな、これ。
どうしよ、こんなに優しくされるとか、こっぱずかしいんだけど、俺…
「虎徹さん、身体、痛くないですか…?」
バニーが俺の隣に腰を掛けてきた。
腰に手が回って引き寄せられて、バニーの肩に頭を預けるような格好になる。
バニーの手が腰から俺を包み込むように優しく、背中、それに肩を撫でてきた。
なんつうか、すげぇ、これ、……アレだね。その……、セックスの後にすげぇ優しく抱き締められる女の子っつう感じじゃねぇ、俺。
格好良い彼氏にこんな事をされてぽーっとなって夢見心地になっちまうっていう、いわゆるお姫様のような話だよな。
あー、恥ずかしい…。
でも実際にそれをやられてる。
ちろっとバニーを見ると、間近でバニーが俺を見つめて、と端正な微笑を返してきた。
こいつ、ほんと、格好よくて王子様っぽくて、こんな風に優しくされたらどんな女だってメロメロになっちまうよな。
……っつうか、俺がそうか。メロメロだよな。
元々バニーのことが好きで好きでたまらなくて恋い焦がれていて、そのバニーとこんな風に相思相愛になってなんかお姫様みたいに扱われるとか。
―――うーん、お姫様かよ。
バニーよりも10歳以上も上の髭面の中年の俺がかよ。
考えるとマジ、気持ち悪いよな。
でもバニーは本当に嬉しそうだった。
いや、俺だって勿論嬉しくて嬉しくてたまらないんだが。
でも、こんなごつごつした身体の中年の男を抱き締めて、本当に嬉しそうに笑うハンサムなバニーの顔を見ていると、なんか俺は脱力しちまった。
今までの構えていた気持ちとか、どうせこんな事したって気持ち悪がられて軽蔑されるだろうな、とか、でも、好きなんだからしょうがねぇ、玉砕だとか、冗談で笑い合っちまえばさっぱりしてあきらめもつくだろう、とかいろいろ思っていた気持ちがなんかちょっと懐かしくなるぐらい、幸せだ。
今まで俺は自分が告白することばかり考えていて、実際バニーが俺の事をどう思っているか考えた事がなかった。
まぁバディとして好意を持っていてくれたのは分かっていたけれど、それ以上はどうなんだろうとか、バニーが俺の事を好きとかそういう可能性については、想像した事がなかった。
けれど、こうやって俺を抱き締めてくるバニーを見れば、バニーが俺を好きだってのは本当で、本心からそう思っているのが分かる。
俺とまぁこうやって、その、他人じゃなくなったつうか……んな事言うとこっぱずかしいが……とりあえずセックスして嬉しくてたまらないんだってのが伝わってくる。
……なんか俺ぐらい、いや俺以上なんだろうか、バニーが嬉しがっているのが分かって、俺はほっとしちまったってわけだ。
お互い、同じぐらい好きだったって事なんだろう。
だったら別にいいよな。
傍目にどう見えようと――格好いい若者とうらぶれた中年の俺の組み合わせで、しかも俺が女役とか、まぁアレだ、どう考えてもちょっと気持ち悪い気がするけど、でもバニーがそれですげぇ幸せっぽくて、俺だってすげぇ幸せ。
ここにはバニーしかいない。
別に他の誰にも見られるわけじゃねぇし。
いーっぱい甘えちまっても、いいよな。
だって今までさ、一人で煮詰まっていろいろ悩んだりなんだりして、俺らしくもなく考えこんだりしちまっていたもんな。
「バニーちゃん……」
なんとなく嬉しくなって、俺はちょっと甘えた声を出してバニーの肩に頬ずりをした。
「……虎徹さん」
バニーが一瞬息を飲んで、それから俺をぎゅっと抱き締めてきた。
「おっと、珈琲、こぼれちまうって…」
持っていた珈琲がこぼれそうになって、俺は慌ててカップをベッドヘッドに置いた。
「虎徹さん、本当にありがとうございます」
バニーが改めてという雰囲気で真面目な口調で言ってきた。
「え……?なに?」
「あなたが僕にチョコをくれなかったら、こんな風にあなたを抱き締めること、できなかった。あなたが告白してくれて、本当に良かった。僕は勇気が出ないから、きっと言えなかったと思うんです。このチョコを見た時、びっくりしてそのままあなたの家まで来てしまったんですけど、良かった…。ありがとう、虎徹さん…」
「いや、そ、そんな…、いいんだっての。その……、改めて言われると恥ずかしいって…」
まぁ確かに告白するには俺もいろいろ悩んだりした。
でもバニーがそんな風に言ってくれると、それまでの悩みとか懊悩もすっかり雲散霧消しちまう。
つうか、悩んだからこそこんな風に今、バニーの言葉を聞いたりバニーにこうやって抱き締められたりしているわけだ。
だから、それだけ嬉しい。
「ンな事いいって。でも俺、バニーがさ、俺の気持ちに応えてくれるとか、思ってなかった。あのチョコ、バニーが何か言ってきたら冗談で済ませようと思ったんだ。だって、俺、もしバニーにマジに嫌われたりしたら、うん、…生きていけねぇかも…」
「虎徹さん…」
これは本当だ。
もし拒絶されていたら、と思ったら、あらためて身体が震えた。
「ごめんなさい、虎徹さん。そんな風にいろいろと悩ませてしまって。でも虎徹さんが勇気を出してくれたのが本当に嬉しいです。ありがとうございます」
バニーが俺を宥めるように何度も背中を撫でてくる。
優しく撫でられ、抱き締められ、目尻や頬に何度もキスをされる。
くすぐってぇ。
こんなに優しくされるとか、なんかこう、…経験がねぇから、こそばゆくて嬉しくてくすぐったくて、どうしようもなくなってきた。
「虎徹さん、好き…」
バニーがしっとりとした声で言って、そして俺の唇にふんわりと唇を押し当ててきた。
柔らかくて、でも弾力があってふわっとしていて、むにむにと唇を挟まれて夢見心地になる。
舌がぬるっと口の中に入り込んできて、俺の舌の裏側をぬめぬめと擦ってくる。
くすぐったくて身を震わせると、ぎゅっと抱き締められる。
舌同士が擦れ合う濡れた暖かな感触に、ぞくぞくっと背筋が震え、なんとも言えない甘く暖かな気持ちが溢れ出してくる。
―――バニーが、……好きだ。
すげぇ、好きだ。
こういう風に触れ合っているだけで、こんなに幸せになれる。
なんか夢みたいだ。
「んっ…んん……ッッ」
思わず俺は身体を押しつけて、バニーの舌に無我夢中で自分のそれを絡み合わせていた。
ちゅっと水音を立てて唇が離れる。
バニーのエメラルドグリーンの澄んだ目が、俺をじっと見つめてくる。
「虎徹さん、愛してます…」
バニーが低く甘い声で囁いてきた。
「あなたがくれたチョコレート、品質が痛まないように加工して、ずっと飾っていていいですか?」
「え?……いや、その、……そうなの?」
「はい。だって、あなたの愛情の証ですものね。僕の宝物です」
改めて言われると恥ずかしい。
俺は頬を染めながら、バニーの頬に自分の頬を擦りつけた。
「これからだって、愛情の証ならいっぱいやるよ、な?でも、あのチョコは俺もちょっと頑張って作ったから、飾ってくれるのは嬉しいかもな。ありがと、バニー」
チョコレートを買った時には、こんな風になるなんて思ってもみなかった。
なんか胸が詰まって嬉しくて、やっぱり目頭が熱くなってきた。
ちっ、恥ずかしい。
泣きたくねぇ。
でも視界が潤んできちまった。
しょうがねぇ。
どうせもうバニーには情けない姿とかいっぱい見せちまってるんだから、開き直りだ。
だって、バニーの事、好きなんだもんな。
バニーだって、こんな俺の事好きだって言ってくれたんだからな。
だから、いいんだ。
バニー、ありがとな。
……俺も、愛してる……。








俺は濡れてきた頬をバニーに頬に擦りつけながら、目をぎゅっと瞑った。
バニーが包み込むように抱き締めてくれる、その暖かさを噛み締めながら。


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