◆茨(いばら)の冠◆ 11
確かに今の今まで、半年前にセックスをした彼の事を忘れていたというのはある。
バーナビーの場合、常に相手は一期一会、一度関係したらそれっきりだから相手をそうそう覚えていられないというのもある。
けれど、半年前の虎徹の事は、そういう数多い相手の中でも特に、――いや、一番覚えていた相手とも言えるかも知れない。
彼が施してくれた優しいセックスを思い出して、バーナビーは頭を振ってその考えを振り払った。
……何を考えているんだ。
自分の頭の中に浮かんだその考えを打ち消そうと、着替えに神経を集中する。
そんなバーナビーをちらっと見て、気まずそうな感じで虎徹も着替えを始めた。
着替えをする虎徹を、彼に気付かれぬようにバーナビーはそっと横目で見た。
しなやかに筋肉の付いた、浅黒い身体。
その身体が自分を抱き締めて、そして丁寧な愛撫を施してきたのだ。
それから、……体内に押し入ってきた時の、熱。
それらをまざまざと思い出してしまって、バーナビーは瞬時赤面した。
着替えが殆ど終わっていて良かった。
股間が微妙に反応したのを虎徹に見られたくなかった。
「…じゃ、お先に失礼します」
かける言葉が見つからず、通り一遍の挨拶をして着替え室を出る。
「あ、うん…」
呆気にとられたような感じの虎徹の声を背後に聞きながら、バーナビーは思いも掛けない再会に動揺する自分を感じていた。
半年前の接触が判明してから後、虎徹は気まずそうだった。
しかしその反面、完璧に仕事は仕事と割り切っているようでもあった。
あくまで仕事上の相棒、パートナーとして接してくる。
自分のヒーローとしての信念を愚直なまでに守り、意見の対立も辞さない。
また、仕事においては世話焼きで、少しうざったく感じるぐらいにいろいろと話してきたり接してきたりする。
バーナビーはといえば、身体の関係を持った相手とこういう風に仕事で恒常的に顔を合わせるという経験が今まで無かっただけに、自分でもその辺がうまく割り切れなくて戸惑った。
虎徹ほど大人ではない、ということなのだろうか。
仕事上、虎徹が半年前のことをまるっきり忘れたように接してきてくれるのは、正直言って助かった。
仕事上の関係ではあるが、勿論バディ、相棒としては親密に接してくれる。
親切が過ぎることがあるぐらいだ。
おかげで自分が変に気を遣わないでも済む。
喧嘩をする時には喧嘩もできたし、喧嘩をしたとしても、たいてい向こうから折れてきてくれるから楽だ。
だから、文句の吐けようが無いはずなのだが、……しかしバーナビーとしては、そんな風に半年前の事をおくびにも出さない虎徹の態度が反対に気に入らなかった。
確かに自分も虎徹の顔を見て思い出すまでは忘れていた。
でも今までに関係を持った数多くの男性の中で、虎徹は一番印象が深い、と言ってもいいぐらいの相手だったのだ。
他の殆どの相手は顔も覚えていない。
きっとその辺で会ったとしても、自分はまず覚えていないだろう。
けれど虎徹の事はよく覚えていた。
彼の声。息づかい。優しい愛撫。
汗。……ペニス。
そういうものをまざまざと思い出して、バーナビーは密かに顔を赤らめた。
身体の芯が熱くなって、股間に血が集まるのを感じる。
考えてみると、ヒーローとして就職してから、前のようにその手のスポットに行って一夜のパートナーを見つけるという事ができなくなっていた。
しようと思えばできない事はないだろうが、マスコミの前で本名と顔を明かしてしまったからには、今までのように無責任にそういう所に行くというわけにも行かない。
市民の命を守る正義の味方とであると同時に、ヒーローは人気商売でいわば芸能人のような立場である。
マスコミを利用して名前を売るわけであるから、そのマスコミに嗅ぎつけられるようなスキャンダルはまずい。
もっとも、性嗜好が特殊だからといって、それを隠すような必要もないと言えばない。
ここシュテルンビルトはさまざまな性嗜好の人たちが存在するし、自由な街だ。
ゲイも当然市民権を得ており、同性同士で結婚も出来る。
芸能人や市内の有名人が集うような、ゲイスポットもある。
そういう所は会員制で高い会費を払うが、プライバシーは厳守されている。
その手の所に入会すれば一夜の相手も見つかるだろうとは思ったが、そこまで踏み込む勇気はバーナビーには無かった。
性的欲求が高まれば、独りでそれを処理する。
ヒーローになったばかりでいろいろと忙しく精神的にも余裕がないという事もあり、独りで処理するだけでもなんとかなっていたというのもあった。
それでもバーナビーは何となく不満だった。
うまく表現できないが、言葉にできないもやもやが胸の中に日々積み重なっていくような気がする。
その原因の一つに自分の相棒である虎徹が関係しているという事も、バーナビーには分かっていた。