◆すれ違いあっちこっち◆ 12
「あ、…ごちそうさま…」
「食べられないですか?」
「んー、ごめん。まだちょっと…」
「分かりました…」
溜息を吐きながらトレイを除けて、暖かい湯につけたタオルを持つ。
「身体、拭きましょう、虎徹さん。シャワー浴びるのはまだやめた方がいいですからね」
「…え、い、いいよ、自分で…」
バーナビーが手にしたタオルを見て、虎徹がぎょっとしたように目を開いた。
バーナビーを見上げ視線を揺らし、俯いて手を振って断ろうとするのを意に介さず、バーナビーは虎徹のパジャマに手を掛けた。
ボタンを外そうとすると、虎徹が明らかに抵抗した。
「いいって、バニー、自分でやるから…」
「…虎徹さん…?」
虎徹の様子がいつになく堅い。
いつもと違う。
風邪を引いて体調が悪いからだろうか。
それとも、自分が出過ぎた真似をしたのだろうか。
バーナビーは手を止めた。
考えてみると、つい気安く振る舞いすぎてしまった。
この間まで虎徹とは身体の関係があったし、彼の身体なら隅から隅まで知っていたから、ついその感覚で振る舞ってしまった。
何の気なしにパジャマを脱がせようとしてしまったが、考えてみると、これはぶしつけすぎるだろう。
今は、自分と虎徹はそういう関係ではないのだから。
虎徹だってそれで嫌がっているのだろう。
そう思ってバーナビーは手を止めてタオルを差し出した。
「そうですね、すいませんでした。つい、その…この間まであなたの裸を見慣れていたものですから、…でも失礼な事ですよね、こういうのは」
「………」
「僕、下に降りてますね。少し経ったら戻ってきます。虎徹さん、申し訳ありませんでした」
そう言って離れようとした所を、
「……っっ!」
不意に虎徹がびっくりするぐらいの力でバーナビーの腕を掴んできた。
「…虎徹、さん?」
立ち上がろうとして腕を引かれて、振り返る。
振り返って虎徹の顔を見て、バーナビーは驚いた。
虎徹が自分を睨むような目つきで見つめていた。
でもその視線は潤んで、今にも泣きそうだった。
「…っ、バニーっ…!」
突然虎徹の琥珀色の瞳から大粒の涙がぽろり、と零れたので、バーナビーは更に驚いた。
「…虎徹さん?」
「……っ、お前っ、…もっ、…なぁ、バニー…」
「…どうしたんですか?」
「どうしたじゃねぇよっ、…違う、なんでもねぇ…」
そう言いながらも一度出た涙は止まらないのか、虎徹の目尻から涙がつつっと頬を伝って流れ落ちる。
そんな風に虎徹が感情を露わにして泣くのを見た事は無かったので、バニーは呆気にとられた。
「虎徹さん、お医者さんとか行きます?気分、悪いんですか?」
「違う!違うよ、だからさぁ、もう…もう、俺、どうしたらいいんだか分かんねぇ!」
虎徹が怒ったように声を上げながら、バーナビーの腕を掴んでぐっと引き寄せてきた。
「………!!」
自分の唇にかさついたそれが重なってきて、バーナビーは目を見開いたまま固まった。
虎徹がバーナビーの唇を塞いできたのだ。
不摂生な生活をしていたからだろうか、その唇はかさかさとしていて、以前自分が味わったそれとは感触が違っていた。
前はふっくらとして暖かく柔らかかった。
でも今は乾いて、少しひんやりとしていた。
虎徹の腕が自分の首の後ろに回る。
しがみついてくる。
その腕もやはり前とは違う。
少し震えて、以前よりも力が弱くなったようにも感じる。
数日でそんな風に変わるわけもないから、きっと錯覚なのだろうが。
それにしてもどうして虎徹がそんな事をしてくるのか。
バーナビーは混乱した。
唇が離れても、動けないでそのまま固まっていると、虎徹が涙でぐしゃぐしゃになった頬をバーナビーに擦りつけてきた。
「バニー、バニー、なぁ…なぁ、バニー、もう、俺のこと、好きじゃねぇんだよなぁ?」
虎徹が切なげに喉を震わせながらそう言ってきた。
「……え?」
「だよなぁ、バニー?だって、ネイサンに催眠かけてもらったんだろう?なぁ、そんなに簡単に催眠ってかかっちゃうのか?俺…その…」
何を言いたいのだろう、彼は。
瞬きもせずに虎徹を見つめる。
間近で見る虎徹の顔は、琥珀色の瞳が潤み白目は赤く充血し、頬は涙で汚れ唇は震えていた。
「ごめん、バニー…俺、お前に酷い事言ったよな。あれで、お前、ネイサンに催眠術かけてもらったんだろう?」
「虎徹さん…?」
「俺さぁ、お前に言ったよなぁ…。遊びだったら、セックスしてもいいとか。お前が俺の事好きって言ってきた時にそんな事言って、それでもってお前の事誘ったりして…。酷い事したと思う…」
「…え?」
「俺、………」
虎徹が目を伏せて、肩を震わせた。
「俺、お前がネイサンに催眠術かけてもらって、そんですっきりしたって聞いて、あっそ、ってその時はそれだけしか思わなかったんだ。でも、その後お前が本当に俺のこと好きでもなんでもなくなった感じで、家にも呼んでくれねぇし、……あ、でも別にセックスが目的ってわけでもねぇんだよ。……そうじゃないんだ、そうじゃなくてさ、お前が前に俺に見せてくれた目とか、表情とか、そういうの……、そういうのが無くなってそんで、うん…良い相棒になっちゃって…」
「……虎徹さん…」
「あぁ、分かってる。俺がそういうのが良いって言ったんだもんな。……でも分かったんだ、バニー。なぁ、…俺さぁ、ホント馬鹿なんだよ。馬鹿だから分からなかったんだ。お前がそういう風に態度を変えて、俺のこと好きでもなんでもない、ってなってから、やっと分かった。………バニー、俺、……お前の事が好きなんだ……」
最後の言葉は絞り出すような感じだった。
声が震え、掠れていた。
「お前の事好き。大好き。…愛してる…」
そう言って顔を上げる。
琥珀色の透明な瞳が、じっと自分を見つめてくる。