◆茨(いばら)の冠◆ 30
自分が勝手に虎徹は自分のものだ、自分に尽くしてくれて自分を一番に考えてくれて当然だ、というような異常な思い込みがあるからだ。
今の自分は、心の殆どが虎徹によりかかっている。
こんな事では、とても健全な大人としてやっていけない。
自分で考えても異常なのだ。
他人から見たら、狂人と思われても仕方がないだろう。
この状態から抜け出すには。
以前のように、虎徹と大人としての健全な交友関係を結び、彼に迷惑を掛けないようにするには。
―――あきらめるしかない。
仕事帰り、ゴールドステージの老舗のデパート内の宝飾店で、バーナビーはペアリングを購入した。
最高級の純度のプラチナに、やはり最高級の品質の小さなダイヤが星屑のように散りばめて埋め込まれている物だった。
一つをビロードの箱に入れて貰い、上品にラッピングされたそれを持って、バーナビーは虎徹のアパートに向かった。
ゴールドステージからブロンズの虎徹の家までは、車で30分弱だ。
階層を交差する幹線道路を走って、ブロンズの静かな住宅街へと車を進める。
虎徹のアパート前の石畳端に車を停めると、バーナビーは虎徹の家の呼び鈴を押した。
「……バニー?ん、なんだ?飲みにでも来たのか?」
急に訪ねても虎徹はにこにこしていた。
柔らかな素材のスウェットのボトムにTシャツとパーカー。
一人で酒でも飲んでいたのだろうか、食後にゆったりとくつろいでいます、という雰囲気だった。
虎徹の顔を見ただけで、バーナビーは胸の中がきゅっと切なく疼いた。
苦しかった。
この笑顔を間近に見る事ができなくなるのかと思うと、覚悟が挫けるような気がした。
いや、――でも駄目だ。
もうこんな苦しい、辛い思いは終わりにするんだ。
虎徹のためではなくて、……自分のために。
最後まで、自分が苦しいから、という理由なのが、自分の卑怯さを表しているようで、目を伏せる。
玄関の所に立ったまま、バーナビーは手に持っていた箱を虎徹に差し出した。
虎徹の目の前で、自分でラッピングを解き箱の蓋を開け、バネ仕掛けになっているビロードの小箱をぱちんと開ける。
純白の絹のリングピローの上に、銀色に煌めく美しい指輪があった。
それを虎徹に見せる。
虎徹が一瞬、真顔になった。
指輪を見せながら、バーナビーはゆっくり言葉を紡いだ。
「虎徹さん、……僕と一生、一緒にいてくれませんか?僕を、あなたの人生のパートナーにしてください」
「え……?」
何を言われているのか一瞬理解出来なかったのだろう、虎徹が目を丸くして指輪を見、目線を上げてバーナビーを見た。
バーナビーはそのまま指輪の箱を、虎徹の目の前に差し出した。
「お願いします…」
虎徹の驚愕した表情を見ながら、頭を下げる。
「え……あ、ちょ。ちょっと……」
虎徹が慌てた声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってよバニーちゃん、……なんで急に?」
「……お願いします…」
重ねて同じ言葉を言う。
虎徹が琥珀色の虹彩を丸くしたまま眉尻を下げ、困惑しきったように目を左右に彷徨わせた。
「……だ、だってその、そんなのすぐに返事とかできねーって」
それはそうだろう。
勿論虎徹は断るだろうが、それにしてもすぐに返事などできないだろう。
しかしバーナビーは畳みかけた。
「今すぐ返事をお願いします」
「え………」
玄関の照明を受けて、最高級のカットを施された小さなダイヤがきらりと光る。
虎徹の眉尻がこれ以上ないほど下がって、途方に暮れたような表情をした。
「今すぐってさ、いや、その…今すぐ無理だってば。んな事考えらんねぇよ、……だろ?今まで考えたことねーしさ…」
本当に困り果てている様子がうかがえる。
その表情をじっと見つめながら、バーナビーは瞬きをして小さく息を吐いた。
身体がすうっと冷えていくような気がした。
終わり、というのは、結構自分が思っていたよりもなんとかなる物なのかも知れない。
大丈夫。
取り乱したりしない。
このままにっこり笑って彼に相対できる。大丈夫。
「そうですか、分かりました」
バーナビーは穏やかに答えた。
大丈夫。
……大丈夫だ。