◆21◆
相棒として常に傍にいて一緒に戦う事の多いバーナビーが気づいていないのであれば、他人に気づかれる事などまず無いだろう。
必要以上に警戒する事も無いようだ、とひとまず安心する。
この調子でヒーローとして活動を続け、自分のネクスト能力の変化を調べることができそうだ。
とはいえ、唯一無二の信頼できるバディであるバーナビーになら打ち明けても良いような気もした。
が、その事について斎藤に相談してみると、斎藤は首を振った。
「バーナビーには言わない方がいいよ」
「……どうしてっすか?後で知らされた場合にバニーが気分悪くしそうな気もするんすけど」
「そうかも知れないが、でも、もし今の段階でバーナビーが君の能力の変化を知っていたら、確実に戦い方に変化が起こるよ。明らかに」
「……そうっすかねぇ」
「バーナビーの方がそういう意味で隠し事は苦手だと思うし、戦い方が派手だろう?顔出ししてマスコミにもよく知られている分、分かりやすいから、マスコミの方から必ず突っ込まれるよ」
「なるほど…」
「そういうのを勘案したら、君の能力が確実に判明するまでは隠しておいた方がいい。まぁ、君としてはパートナーに隠し事は気が進まないだろうけどね」
「いや、まぁ、大丈夫っす」
パートナーに隠し事――と言えば、自分だって以前、能力減退の事を最後まで隠していた。
ヒーローを辞める、という事も隠していて結局娘との電話を聞かれてしまってバーナビーにばれる、という最悪のバレ方もしている。
それだけに、バーナビーにはこれからは誠実に、隠し事をしないで付き合っていきたいと思っているので、今更に隠し事をしているというのはかなり心苦しい。
しかし、今回は、斎藤やベンという理解者もいて、第三者から隠すようにと言われているのである。
バーナビーも分かってくれるに違いない…。
そう思って虎徹は小さくため息を吐いた。
ヒーロー事業部に就業終了の軽やかなチャイムが流れる。
「よーし、今日の仕事は終わり」
虎徹は弾んだ声を上げた。
その日は一日出動もなく、午前中にトレーニングを、午後に苦手な事務仕事をするという単調な一日だった。
しかし、そのおかげで溜まっていたファイルを片付けることができ、しかも書式の間違いや入力忘れ等も無く、できあがった書類にOKが出てすっきりした所で終業である。
時計を見て、虎徹はソファから立ち上がった。
「虎徹さん、今日はすぐ帰りますか?」
隣のデスクからバーナビーが声を掛けてきた。
「良かったら一緒に夕食でも?」
いつものようにバーナビーが誘ってくる。
普段なら一も二もなくOKする所だったが、今日は予定があった。
「あー悪い、一緒に行きてーんだけど、ちっと用事があってな」
「そうですか。じゃあ、残念ですけど、また今度」
「悪いな、また誘ってくれよな。俺からも誘うし」
折角バーナビーが申し出てくれたのを断るのは心苦しかったが、手を上げて悪い、とジェスチャーをすると虎徹はオフィスを出た。
アポロンメディア社の大きなビルを出て、徒歩でジャスティスタワーに向かう。
夜のゴールドステージはオフィス街という事もあってか人通りは少なかったが、ゆったりとした歩道は綺麗に整備されていて、安全でもある。
10分ほど歩くと、ジャスティスタワーの見上げるようなビルに着いた。
エントランスから入りエレベータに乗って、虎徹は目当ての階に降りた。
ヒーローである虎徹は、PDAをかざせばジャスティスタワーは出入り自由である。
長い廊下を歩いて、ヒーロー管理室、と札の掲げてある一室へ向かう。
コンコン、とドアを叩くと中から『どうぞ』という声がした。
「……失礼します…」
こわごわドアを開けて、中に入る。
重厚な書籍が詰まった本棚が壁一面に並び、中央に広い机のある機能的な部屋だ。
そこに一人の男がいた。
パソコンに向けていた顔を上げて、自分を見てくる視線は、いつもの通り、落ち着いた感情の見えない瞳である。
本当に、レジェンドの息子なのか、と一瞬考えてしまうほど、虎徹の頭の中のレジェンドと、目の前のユーリ・ペトロフ裁判官は似ていない。
いや、髪の色や目の色など似ている部分は多々あるのだが、纏っている雰囲気が違うのだ。
窺うように見て、視線があって慌てて笑い掛けると、ユーリが微かに眉を顰めた。
「連絡いただきましたが、何か……?」
あらかじめ、ユーリに話したい事があると社内メールで送って予定を聞いた時に、日時と場所を指定されたのが、今日の夜にヒーロー管理室で、だった。
ヒーロー管理室自体は入った事はないものの、ジャスティスタワーの中にある事もあって、場所自体はよく知っている。
内部も他の部屋と似たり寄ったりではあったが、それでもユーリの部屋は客人を拒絶するような冷たい感じがあった。
そこが、レジェンドと相容れない気がして、虎徹は内心どうしたものかと考えつつ、しめされたソファに座った。
ユーリが立ち上がると奥の小部屋から、馥郁たる香りの熱い紅茶を出してくる。
歓迎されていない訳ではないようだ、と思って虎徹はほっとした。
「それで、相談とは?」
相変わらず落ち着いた低い声音で、ユーリが問いかけてくる。
「あー、…あ、えーと、その…」
虎徹がユーリの元を訪れたのは、レジェンドとユーリの事を聞きたいが為だった。
前々から、一度個人的に聞いてみたい、と思っていたのだが、誘拐事件や自分の能力変動等もあってなかなか会う機会が作れなかった。
ようやく身辺が少し落ち着いたので、ユーリに会いたいと申し込んでみたのである。
もちろん、最初からレジェンドの事を出して会いたいと言っても断られるに違いないだろうと思い、単に個人的な相談、という事にしてある。
ユーリとレジェンドが親子である、という情報は以前、シュテルンビルト市立大学の教授から聞いた話で信憑性はあるが、どうやらかなり極秘情報らしい。
レジェンドの能力減退や八百長を知っていたベン・ジャクソンでさえ、親子の件については知らなかった。
何故だろうか。
いろいろと考えると疑問が湧く。