◆茨(いばら)の冠◆ 36









そのうちに意識がすっと重くなり、無理矢理引き込まれるような眠りが訪れる。
夢も何も見ずに深く深く眠って、ぼんやりした頭や身体を振り絞るようにして起き、シャワーを浴び朝食を食べて出勤する。
出勤をすれば自然と心も体もなんとかなった。
勿論、出動もそつなくこなせる。
虎徹とも当たり障り無くにこにこと話す事ができた。
彼の行動をいちいち詮索して、不安になったり激高したりしなくてすむようにもなった。
あとどのぐらいこうして過ごせば、もっと大丈夫になるだろう。
自分の方から気軽に『飲みに行きませんか』、と誘えるようになるだろう。
気負わず、自然体で接する事ができるようになるだろう。
――分からない。
でも、今ここで崩れるわけにはいかない……。










そういうふうに過ごして一ヶ月ほど経った頃。
「バニー、ちょっと」
定時終了時刻になってパソコンをたたみ、帰ろうと立ち上がったバーナビーに、虎徹が隣のデスクから声を掛けてきた。
「なんですか、虎徹さん」
……なんだろう。
いや、でも、いつもと変わりなく、普通に返事をするだけだ。
そう思って、できるだけ落ち着いた声を出す。
「…ちょっと、こっち来てくれる?」
やや思案げな声を出して、虎徹がバーナビーに手招きをした。
声の調子に落ち着かない心持ちになるが、努めて平静にして、椅子から立ち上がる。
虎徹の後に続いて、ヒーロー事業部の部屋の片隅に行く。
「じゃあ、お先に」
経理の女性同僚が挨拶をしてくるのに軽く挨拶を返して、彼女が部屋を出て行くのを見送ると、ヒーロー事業部の中はバーナビーと虎徹だけになった。
二人だけとなると、バーナビーは我知らず緊張するのを覚えた。
………大丈夫だ。
ここは職場だし。
職場なら、あくまで仕事上と言う事で、対応できるはず。
感情を見せずにこやかに、良き相棒として虎徹に接すればいいのだ。
「……なんですか?」
できるだけ感情の籠もらない、落ち着いた声を出す。
――大丈夫。
これなら二人きりでも、きちんと会話ができる。
自分にそう言い聞かせて、表情も変わらないようにする。
虎徹が予め持っていたのだろう、掌に収まるほどの小さな正方形の箱を、バーナビーの前に差し出した。
「これ、お前に…」
差し出された箱を見る。
虎徹が箱の蓋を開ける。
更に、中に二重に入っていた小さな木箱の蓋も開けた。
純白の布の土台のリングピローに指輪が一つ、置かれていた。
室内の照明を受けて銀色にきらきらと輝く上品なリング。
その中央に、落ち着いたこれまた上品なカットのされたエメラルドが埋め込まれたものだ。
(え………?)
指輪。
……と言えば、先日自分が虎徹にプレゼントしようとした。
あの時は最初から、虎徹がこんなものを受け取るわけがない、断るだろうと予想して差し出した。
案の定虎徹は困惑し、自分は指輪を引っ込めた。
虎徹に、これからはいい仕事上の相棒として付き合ってください、と言って、それまでの関係を断ち切ったのだった。
そんな事が一気に頭の中に思い出されて、バーナビーは暫しぼんやりと虎徹が差し出した指輪を見つめた。
「これ、この間の返事。今頃でごめんな」
「…………」



この間の……返事?





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