テストの日 
《5》












「駄目、やめない………だから、手塚、我慢して………」





一言一言、宣言されるように言われて、手塚は目を見開いた。
「ぅ……………!」
不意に、指が挿入されていた箇所に、何か冷たいものが塗り込められる。
首を起こして下を見ると、不二が薬のチューブのようなものを持っていた。
「……なにを……?」
「痛くないようにしてるんだよ、手塚。大丈夫だから、抵抗しないで……」
ぐぐっと指がまた体内に入ってきた。
「ふ………じッ!!」
薬が潤滑剤になったのか、指が奥までスムーズに挿入される感覚がして、手塚は掠れた悲鳴を挙げた。
痛みではなくて、内部から耐え難い甘い疼きが伝わってきた。
「う………くッ…………!」
「大丈夫だから………」
内部の肉壁を指の腹で擦りあげながら、不二が指を微妙に回してくる。
じぃん、と頭の芯が痺れ、身体の奥からえもいわれぬ快感が湧き起こってきた。
「だ………めだ………ッ」
瞳を固く閉じて、手塚は必死にその感覚に耐えた。
今まで感じたことのない感覚だった。
先程の、射精の時の快感とは明らかに違う、もっと奥深い所から波のように押し寄せてくる悦楽。
自分の身体が自分のものでなくなったようで、制御できない。
ぬるり、と滑った感覚がして指が引き抜かれ、ひた、と熱い塊が其処に押し当てられたのを感じて手塚は青ざめた。
「だ、だめだッ………不二ッ………よせッッ!」
ここで不二を受け入れてしまったら、もう今までの自分たちの関係には戻れない。
肉体的な痛みよりも、その事への恐怖が、手塚を襲った。
「やめない………」
言い聞かせるように不二が言って、そのまま手塚の身体をベッドに押し付けるようにしながら、身体を進めてきた。










「…………ッッ!!」
次の瞬間、身体が二つに裂けてしまうような痛みが、電光石火の如く手塚の全身を駆けめぐった。
「ふ………じッッッ!!」
不二が僅かに眉を寄せて、手塚の身体をぐいと引き寄せるようにしながら、彼自身を埋め込んでくる。
無理な体勢を強いられて、手塚は息も吐けなかった。
ギシ………。
ベッドが軋み、自分の苦しげな息づかいと、不二の抑えた息が聞こえる。
燦々と陽光の射す戸外と、カーテンを閉め切った暗い部屋内。
カーテンの隙間から、僅かに漏れる光が眩しかった。
痛みで目の前に火花が散り、息苦しさから、手塚は溺れかけた人間のように喉を仰け反らせて喘いだ。
不二が身体を動かす度に、目の裏に閃光が光り、痛みが脳まで突き刺さる。
無意識に少しでも痛みから逃れようと、不二の身体に縋るようにして、彼の動きに自分を合わせる。
不二がうっすらと笑った。
「ごめん……無理させて………」
耳元で囁かれて、手塚は固く目を瞑った。
自分の顔を見られたくなかった。
不二が、自分を見つめている所を見たくなかった。
こんな自分、自分じゃない。
今日だけだ。
きっと疲れているんだ。
つい、気が弱くなって、それで不二に縋ってしまったんだ。
だから、本当の自分じゃないんだ。
「手塚ッ……!」
不二が、瞬時身体を強張らせて、息を詰める。
瞬間、身体の奥に熱い飛沫が迸ったのを、手塚は感じた。
と、同時に、手塚の固く閉じた目から、涙がつつっと流れて、頬を伝った。










はぁはぁ、と浅く忙しい息をしながら、不二が手塚からそっと身体を離した。
不二が離れても、手塚は動けなかった。
不二が挿入っていた体勢のまま、大きく足を開いたままで、顔を背けて涙を流していた。
どうして、涙が出てしまうのか分からなかった。
人前で泣くなんて。
以前、他人の前で泣いたのは、いつだったろう。
覚えていないほど、泣いていない。
それなのに、どうしてこんなに涙が出てしまうのだろう。
不二が、そっと手塚の汗や体液で汚れた身体の後始末をしてきた。
「大丈夫………?」
労るように話しかけられて、手塚は唇を噛んだ。
「帰る……」
不二と何を話していいか、分からない。
顔も見ることが出来ない。
不二を見たら、不二と話したら、何を言ってしまうか分からない。
「えっ?」
不二のいぶかしげな声に顔を背けて、手塚は立ち上がった。
「……………!」
身体の芯がずきんと鋭く痛んだ。
無理な使い方をした筋肉や関節も痛む。
思わず顔を顰めて、手塚はそれでも平静を装って、身なりを整えた。
驚いたように見ていた不二が、困ったように微笑んで、自分も服を身に着ける。
身体の痛みを無理矢理押さえて服を着て、手塚はバッグを肩に掛けると、階段を下りた。
不二が、後から付いてきた。
引き留めるでもなく、ただ手塚の行動を見守るように。
何か声を出すと、際限なく泣いてしまいそうな気がして、手塚は唇を固く結んで玄関に降りた。










「手塚………」
そのまま玄関の扉を開けようとすると、不二が声をかけてきた。
びくり、として動作を止める。
「手塚、こっちを見て……」
不二が低く言ってきた。
「僕を、見て………」
ぎくしゃくとした動作で振り返ると、不二がじっと茶色の瞳で自分を見据えてきた。
と、次の瞬間、不二が花が開くように笑った。
「また、明日ね………」
柔らかな声。
優しい声音。
目頭が一気に熱くなって、手塚は唇を噛んだ。
「テスト、頑張ろう?」
「ああ………」
漸くのことで短く返答すると、手塚はドアを乱暴に開けた。
-----バタン。
ドアが派手な音をたてて閉まる。
眩しい陽光が目に飛び込んできて、手塚は眉を顰めて目を閉じた。
眼鏡を取って、何度も目を擦る。
すると、堰を切ったように、涙が溢れてきた。
「…………………」
…………分からない。
不二が。
自分の気持ちが。
胸が痛かった。
身体の痛みよりも、ずっと心が痛かった。
痛くて、…………切なかった。
-------もう、戻れない。
昨日までの自分には。
昨日までの不二。
友人としての、不二。





もう、そういう不二はいないのだ。





涙がまた溢れてきた。
眼鏡を胸ポケットに差して、涙が落ちるのもそのままで、手塚は俯いて歩いていった。













FIN

手塚の処○喪失物語ってな感じになってしまいました………