Cherry Blossom
部活が終わって、最後にコートを出た跡部が部室に戻ってみると、部室の中に人だかりが出来ていた。
何だろう、と思ってその人の輪を覗き込む。
と、真ん中のソファに忍足が俯せで寝ころんでおり、その忍足の腰を、樺地が揉みほぐしていた。
「樺地、うまいなァ」
忍足が気持ちよさそうに言う。
「……なぁ、樺地、オレにもやってよ!」
忍足の様子を羨ましげに見て、向日が樺地に馴れ馴れしく話しかけている。
跡部はその光景を見て、瞬間むっとなった。
「おい、樺地」
向日の後ろから不機嫌そうに樺地に声をかけると、樺地が跡部を見て、手を止めた。
「……なんや、もうちょっとやってや」
忍足が不満そうな声を上げたが、樺地は忍足からすっと離れて跡部に近付いた。
「……帰るぞ」
「ウス」
樺地の返事を聞きながら、乱暴にジャージを脱ぎ、制服を引っかける。
樺地が慣れた手つきで、跡部のバッグを肩に担いだ。
「ちぇっ、おい跡部、樺地を独り占めすんなよ!」
向日が鼻を鳴らして揶揄するように言ったので、跡部はぎろっと向日を睨み付けた。
「おぉ、こわ……」
忍足がくすっと笑う。
それにつられて周りの人間もくすくすと笑う。
跡部はむすっとしたままで、乱暴に部室のドアを開けた。足早に歩きながら、跡部は後ろから付いてくる樺地をちらちらと盗み見た。
いつもと変わらぬ穏やかな表情で、樺地がついてくる。
跡部が部室に入ったとき、樺地は他の部員たちと仲良さそうにしていた。
もしかして、自分は入っていかない方が良かったのだろうか。
跡部はむすっとしたままで考えた。
自分が行かなければ、あのまま樺地は忍足や向日と楽しそうにしていられたはずだ。
………でも、樺地には命令しているわけでもなんでもない。
樺地は、どうして自分の後をついてくるのか。
別に、無理して自分に従う事など無いのに。
別に、オレは、樺地を独り占めしているつもりなんてない。
樺地が勝手についてくるだけだ。
「おい、樺地」
むしゃくしゃして、跡部は樺地を睨んだ。
「ついてくるなよ、もうここでいい」
そう言って、樺地の手から自分のバッグをひったくると、跡部は駆け出した。
「…………」
樺地が無言で立ち止まる。
その姿がすぐに小さくなる。
息が切れるほど通りを走って、曲がって、突き当たりの小さな広場のベンチに倒れ込むようにして座ると、跡部は何度も深呼吸した。
ようやっと息が落ち着いてくると、跡部は走ってきた後ろを振り返った。
「なんだよ、………樺地のヤツ…」
自分がついてくるなと言ったのだから、後をついてくるはずなどないのだが、樺地の姿が見えないことに、跡部は苛々した。
樺地はどうしているだろうか。
まだあそこに立ったままだろうか。
「…………」
樺地が跡部の命令を違えたことなど無かった。
何をしていても、跡部が一言言うと、その通りに行動し、忠実に跡部に従う。
「樺地…………」
部室でみんなに囲まれていた樺地。
彼は身体に似合わず器用で、跡部もよく身体を解してもらったりしていた。
その姿を見ていた部員達が、自分もやってもらいたいと思っても不思議ではない。
それに、樺地はいつも感情が一定していて誰にでも優しい。
穏やかで寡黙で、殆ど話さない彼を、部員達がみな信頼していることも知っていた。
だから、自分がいなければ、樺地が他の部員と仲良くするのも当然だ。
オレは…………。
跡部は俯いて唇を噛んだ。
と、目の前が翳った。
思わず目を上げると、
「樺地………」
いつの間についてきたのか、樺地が立っていた。
「な、なんだよ、樺地……ついてくんなって言ったろ!」
無意識に声を荒げると、樺地が僅かに困ったように首を傾げ、それから跡部のバッグを手に持った。
「返せよ!」
ついかっとなって跡部は樺地を蹴り上げた。
痛いだろうに、樺地は表情を変えなかった。
ただ、少々悲しげに瞳を細めて、跡部をじっと見つめてくる。
「…………」
樺地を見ていると、胸が苦しくなる。
涙が出そうになって、跡部は視線を反らせた。
「………疲れた」
足で軽く蹴り上げながら、跡部は拗ねるように樺地に言った。
「疲れたから、歩けねぇんだ……樺地、なんとかしろよ」
「……ウス」
不意に抱き上げられて、跡部はぎょっとした。
樺地が太く逞しい腕で、跡部を抱え上げてきたのだ。
「お、おい………」
上体が不安定になって、樺地の首に縋り付くように腕を回すと、樺地の首の筋肉が硬く張っていた。
「樺地………」
いくら樺地が体格が良いとは言え、跡部を抱き上げて歩くことはかなり苦しいだろう。
それなのに、樺地は何も言わない。
ただ、自分の我が儘を聞いてくれる。
「バッカ………冗談だよ。樺地、下ろせったら」
急に胸がどきどきして、跡部は口ごもりながら樺地の腕から身を捩った。
樺地が静かに跡部を降ろしてくる。
「おまえさ、オレの言うこと、そんなに聞かなくていいんだぜ?」
恥ずかしくなって俯きながらそう言うと、樺地が微かに笑って首を振った。
じっと静かに見つめられて、跡部は頬が赤くなるのを感じた。
「か、帰ろうぜ」
「ウス」
樺地に乱暴にバッグを預けると、跡部は内心の狼狽を隠すように大股で歩き始めた。
突発樺跡。ほのぼのしてますな〜(笑)