White Day 《2》
そういう性具を直に見るのは、跡部にとって生まれて初めてだった。
写真で見たり、クラスメイトのくだらない話の中では聞いていても、跡部自身はそういうものに興味がなかった。
外見が派手なせいでかなりの人間から誤解されているが、実際には跡部はそういう事に関しては、かなり真面目な方だった。
そのため、突然目の前に予想も付かないものが出てきて、跡部は驚いてしまった。
反応できなくて、そのまま忍足を見ていると、忍足が目を眇めて、跡部を観察するように眺めてきた。
「……アンタ、もしかしてびっくりしてるんか?」
反応が意外だったのだろうか、忍足がくすりと笑った。
「なんや、てっきり怒るかと思うてたんやけどなァ。もしかして、こういうの、あまり免疫ないんか?」
忍足が、長い前髪を掻き上げながら、にやにやした。
「はァん、……アンタ、見かけと違って、実はウブなんやな?」
「……な、なんだよ!」
馬鹿にしたような口調で言われて、跡部は頭に血が昇った。
ふざけるにも程がある。
もしかして、自分に好意を持ってお返しをくれたのではなく、最初から揶揄うつもりでこんなものを用意したのではないか。
だとしたら、忍足に申し訳ないと思ってわざわざ忍足の家までやってきた自分は、滑稽千万だ。
かっと頬が赤くなって、跡部は唇を噛んで立ち上がった。
------と。
「…………!!」
急にくらり、と視界が揺れ、それから身体中の力が、空気が抜けた風船のように消えていき、跡部はカーペットの上に倒れ込んだ。
-------ガタン。
手に持っていた箱が落ちて、プラスチックの蓋が外れ、ごろり、と中のバイブレーターが絨毯の上に転がる。
それを拾い上げて、忍足がにやにや笑いながら跡部を見下ろしてきた。
「クスリ、効いてきたようやな?」
(………クスリだと?)
眉を顰めて忍足を睨むと、忍足が唇を歪めて笑いながら、ぐったりとした跡部を乱暴に引きずり上げてきた。
そのまま引きずって動かされ、ベッドに投げ出される。
「軽い睡眠薬や。それもほんのちょっとだから、大したことないで。眠ったりはせえへんけどな、ま、身体の力がちょっと抜けるぐらいやな」
身体の、特に手足に全く力が入らずふわふわとした感じで、跡部はベッドに沈み込んで、弱々しく首を振った。
忍足がこんな事をしてくるなんて。
迂闊だった。
あの、部室で見た忍足の傷付いたような顔に、すっかり騙されたのだ。
忍足があんな表情をするなんて、とあの時は思ったが、あれももしかしたら、自分をこうやっておびき出すための作戦だったに違いない。
忍足は、跡部の服に手をかけ、楽しそうに脱がせてきた。
抵抗しようとしても手足が動かず、忍足のなすがままに、跡部は瞬く間に全裸にされてしまった。
忍足が、跡部の身体を鑑賞するかのようにじぃっと見つめてきた。
「綺麗な身体やな………感触もよさそうや……」
そう言って忍足がすっと手を伸ばして、跡部の胸をまさぐってきた。
「ぅ…………」
頭の中もぼんやりとして理性が麻痺しているのか、忍足の指が殊のほか心地よくて、跡部は思わず甘い吐息を漏らした。
「結構、色白なんやな………」
忍足が目を細めて、跡部の胸から腰にかけて撫で回すように指を動かしてくる。
「それに、こっちも綺麗なもんや………」
忍足の手が、下半身の柔らかな茂みの中に入ってくる。
茂みを掻き回すようにして指を絡めながら、茂みの中から頭を出している性器を、やんわり握り込んでくる。
「ぅ………よ、せ…………」
微妙に強弱を付けて扱かれて、跡部は頭を振りながら呻いた。
今、自分が何をされているのかは分かるのだが、睡眠薬のせいだろうか、頭の中に霞が掛かったようにぼんやりとして、考えがよくまとまらない。
もっと怒らなければという焦燥感とか、忍足なんかにこんな事をされてという屈辱感とか、そういうものよりも先に、甘い戦慄が身体の芯を走り抜けて、その快感の方が跡部の脳を支配した。
「あッ………ッ………………んッ………」
自慰の時とは桁違いに大きな快楽が襲ってきて、跡部は堪えきれずに鼻にかかった甘い声を上げた。
「あ…………や…………ッッッ…………!」
「アンタ、可愛ええ声出すなあ、………たまらんわ」
忍足が笑いを含んだ声で言う。
「想像していたよりも、ずっと色っぽいわ、アンタ。……ちょっとびっくりや。……これ、使うてええよな?……アンタのために、わざわざ買ったんやで?」
忍足の手がすっと離れ、刺激が中断されて、跡部は大きく息を吐いた。
と、身体を俯せにされ、何をと思う間もなく、肛門にとろりと冷たい液体が垂らされた。
跡部はびくり、と身体を震わせた。
「な………!」
「痛くないようにしてるだけや」
動かない頭をようやっと動かして振り返ると、忍足が小さなガラスの瓶から液体を垂らしていた。
「さて、これで準備完了や。……ほな、入れるで?」
言うと、忍足は、つぷ、と器具の先を跡部の桃色の襞の中に挿入した。
「……ぅッッ!」
途端に電撃が走って、跡部は背筋を反り返らせた。
先の細い尻専用のそれは、容易に跡部の体内にめり込んでいく。
「ぅ………うッッッ………!」
冷たい異物がぬるり、と内部に侵入してくる。
背骨をゾクゾクとした戦慄が駆け上がってきて、跡部は全身を震わせた。
それは、痛みではなかった。
何とも表現しようのない、甘い感覚だった。
半分ぐらいまで挿入したところで、忍足が器具のスィッチをオンにした。
「アッ………あぁッッッ!」
軽い動作音と共に、跡部の中に入っている部分が微妙に蠢き始める。
鋭い刺激が走り抜けて、跡部は苦しげに呻いた。
「どうや?……気持ちええか?」
微妙な動きをする器具をぐいぐいと押し込みながら、忍足が跡部に囁いてくる。
「はッ………ぁあッッッッ!!」
腸壁のある一点を刺激された瞬間、激烈な快感が脳天まで突き抜けて、跡部は耐えきれずに掠れた悲鳴を挙げた。
「ココ、感じるんやな?」
忍足が跡部の耳元に囁いてくる。
「う…………ううッッ…………ああッッッ…………ッッッ!」
集中的にそこを擦られて、跡部はびくびくと身体を震わせた。
こんな激しい快感を感じた事は、今まで無かった。
自分の身体がどうにかなってしまいそうで、恐怖さえ感じた。
「や、………だ………ぁッッッ!」
器具が内部のどこかを擦る度に背骨を電撃が走り抜け、目の前が霞んで血が逆流する。
「あ…………あッあッあッッッ!」
その時忍足が、跡部の前を掴んできたので、跡部は堪えきれずに断続的に悲鳴を挙げた。
次の瞬間、目の前が真っ白になって、跡部は忍足の手の中に激しく欲望を迸らせていた。跡部が達したのを見て、忍足は満足げに笑った。
後孔から器具をずるり、と引き抜く。
器具が出ていった後の襞が柔らかく綻んで、ひくひくとピンク色の粘膜を覗かせながら動くのを、目を細めてしばし眺めて、それから忍足は跡部の身体を仰向けにした。
「なかなかええプレゼントやったろ?」
ぐったりとして目を閉じて、肩で大きく息を吐いている跡部の耳にそう囁く。
跡部が重い瞼を開けた。
顔の上の忍足を見ると、跡部は顔を真っ赤にしながら忍足を睨んだ。
「良かったやろ、プレゼント?」
その視線を平然と受け止めて、忍足が笑いながら言った。
跡部は視線をずらして唇を噛んだ。
「テメェ、こんなことして……」
「なんや、怒っとるんか?……ええ気持ちにさせてやったやんか?」
忍足の揶揄うような口調に、跡部は返す言葉もなかった。
忍足の罠にはまって、醜態を晒してしまった。
何より許せないのは、自分が忍足の言う通り快感を感じてしまったと言うことだ。
こんな屈辱的な扱いを受けて、気持ち良くなってしまうなんて。
しかも、自分から罠にはまりにわざわざ忍足の家までやってきたのだ。
そう思うと、情けなく悔しくて、涙が滲んできた。
跡部の大きな瞳から涙がぽろり、とこぼれたのを見て、
「泣くことあらへんやろ?」
忍足が肩を竦めた。
「今日はお返しやからな、アンタに奉仕してやったんやて、俺。俺のムスコなんか、ズボンのなかでパンパンや。ホントはアンタに入れたかったんやけどな、アンタが痛いんは気の毒やと思って、堪えてるんやで、えらいやろ?……当分これで慣らして、アンタの尻の穴が大きくなるまで待つわ」
「……なんだと?」
忍足が今言った言葉を要約すると、忍足は、自分とヤるつもりだと言うことだ。
……言うに事欠いて、俺とヤるだと!
頭にかっと血が昇って、跡部は忍足を乱暴にはね除けた。
薬は即効性ですぐに切れたらしく、さっきと違って、身体が自由に動くようになっていた。
跡部は舌打ちをしてベッドから起きあがった。
「テメェ、死ね!」
言葉が口から出ると、一層頭に血が集まってきた。
ズボンを乱暴に穿きながら、跡部は忍足を睨みつけた。
「なんや、もう帰るんか?……せっかく来たのになァ」
「もう、二度と来ねえよ!」
バタン、と荒々しくドアを開けて、玄関で靴を引っかけて、跡部は外に出た。
「ちょ、ちょっと待ってや」
さすがに忍足が慌てて後を追ってきた。
忍足に追いつかれないように跡部はエレベータの所まで走ったが、残念ながらエレベータが来ていなかった。
立ち止まると、すぐに忍足が追いついてきた。
「……なァ、怒ってるんか?」
「……当たり前だ!」
忍足を睨み付けながら言うと、忍足が困ったように頭をかいた。
「そうか、困ったな………アンタがそんなに怒るとは思ってへんかったのや。なあ、俺、アンタを喜ばせたかったんやで。アンタ、何を上げたら喜ぶか思うて、一生懸命考えたんや」
「考えて、あれかよ!」
「……そうや。ああいうこと、好きそうに見えたんやけどな……」
「……ざけんな!」
エレベータが来た。
シュン、と開いた扉の中に入って、開閉ボタンを思い切り押す。
「……な、また来てや?」
「来ねえよ!」
「俺、待っとるから…………な?」
忍足が最後ににっと笑ったのが見えた。
シュン、とドアが閉まって、エレベータが静かに降下を始める。
(………くそ!)
夜道を歩きながら、跡部は拳を握りしめて、一人悪態を吐いていた。
………何が、『喜ばせる』だ!
考えれば考えるほど、恥ずかしくて情けなくて、顔から火が出そうだった。
「ぜってぇ、許さねえ………」
地上から高層マンションを見上げて、跡部は忍足の家のある辺りを睨んだ。
FIN
跡部君が一方的に気持ちよくなってしまった話でしたv