「なぁ、……慰めてくれよ、桃城………オレのこと…今だけで、いいからさ………なぁ、いいだろ?」
冥晦 《3》
甘い囁きと共に、唇に生暖かい柔らかななにかが押し付けられた。
と、すぐに離れ、跡部の目が窺うように桃城を見上げてくる。
至近距離のぼやけた視界に、跡部の薄茶色の瞳が大きく映った。
長い睫毛が微かに震えて、虹彩の縁が鏡のように光る。
もう一度唇が押し付けられて、口腔内に弾力のある肉塊がぬるり、と入りこんで来たのを桃城は感じた。
自分の舌を捉えると、それは嬉しそうに絡みついてきて、粘膜を微妙に擦ってきた。
「う………………!」
ぞくぞくと堪えようのない快感が、全身を震わせる。
桃城の首に手を回したまま、跡部が身体を引き、桃城は跡部の身体を組み敷いた格好でベッドに倒れこんだ。
「な、いいだろ、オレのこと、………抱いてくれよ……」
跡部が桃城の耳を舌で舐め上げながら、そっと囁いてくる。
身体中の血が滾って、かぁっと熱くなって、桃城は上擦った声をあげた。
「じょ、冗談は……」
「冗談なんかじゃねえよ…………。なぁ、オレがこんなに頼んでるんだぜ?」
低く通甘い声が耳元を擽り、桃城は目の前が霞んだ。
「だ、駄目っスよ!」
言いながら、桃城は跡部を突き飛ばした。
「あ、跡部さん、怪我してるじゃないっスか、それにオレは………」
顔を真っ赤にして言いながら跡部を見て、桃城は息を呑んだ。
跡部が細い眉を寄せて、切なそうな表情をしていた。
と、唇が微かに震えて、茶色の綺麗な瞳に透明な雫が溢れる。
「跡部さん………」
絶対に泣いたりなんかしそうにない彼が、泣いている?
桃城は呆然とした。
無意識に手を差し伸べて、跡部の頬の涙を拭うと、跡部が堪えきれないと言うように肩を震わせた。
「桃城………助けてくれよ……」
弱々しい声。
震える肩。
濡れた睫毛。
「おまえ、優しいだろ?……な?」
桃城の手に震える自分の手を添えて、懇願するように撫でさすってくる跡部の様子に、桃城は全身がかっと熱くなった。
脳が沸騰して、理性が吹き飛ぶ。
どうして跡部がこんな事を、とか、どうして自分は今ここにいるのか、などどうでも良くなって、ただ目の前で泣いている人間を何とかして慰めてやりたくなる。
桃城は、ごくり、と唾を飲んだ。
「………分かりました。……オレでいいんですね?」
桃城は、跡部の目を見据えて、思い詰めたような口調で言った。
「ああ………」
跡部が唇の端をほんの少しあげて微笑んだ。
そして、桃城の首に、しなやなか腕をするりと巻き付けてきた。息を詰めて、桃城は跡部をベッドに押し倒すと、覆い被さって、彼を抱き締めた。
心臓の鼓動が、どきんどきんと鳴り響く。
「桃城…………」
甘い吐息と共に、跡部が誘うように呼びかけてきて、桃城はどくん、と血が滾った。
しかし、跡部を抱き締めたのはいいものの、次にどうしたらいいのか分からない。
男同士のセックスについては、やり方ぐらいは分かる。
先程跡部が強姦されている場面を見たばかりでもあるし、自分で跡部の蹂躙された部分を拭きとりまでしたのだから。
しかし、どういう風に跡部に接したらいいのか、それが分からなかった。
自分の身体の中ではどくどくと血が沸騰して、下半身が重く膨れ上がっている。
このまま挿入れてしまえばいいのだろうか。
桃城は困惑した。
桃城が身体を強張らせているのが分かったのか、跡部が巻き付けていた腕を解くと、桃城が着ていた服を脱がせてきた。
「服、脱げよ……」
「あ、ああ……そうっスね」
自分が服を着たままだったのに気付いて、桃城は慌てて服を脱ぎ始めた。
跡部がじっと見ているのが分かって、頬が赤らむ。
トランクスを脱ぐときはさすがに恥ずかしく、桃城は跡部の視線からそこを隠すようにして、下着を脱いだ。
全裸になると、緊張がより高まってきた。
こわごわ跡部の方を振り返ると、跡部が桃城の腕を引き寄せてきた。
「わりィな………」
自嘲気味に呟かれる言葉に、瞬時かっと頭が熱くなって、桃城は激しく首を振ると、跡部をもう一度抱き締めた。
ひんやりとした滑らかな素肌の感触がダイレクトに伝わってきて、ぞくぞくと背筋に甘い戦慄が走る。
跡部が桃城の首を引き寄せて、唇を近づけてきた。
求められるままに口を開くと、跡部の熱い舌が嬉しそうに桃城の口腔内に入ってきた。
舌を絡められ、口腔内をまさぐられて、全身が震える。
経験のない桃城にとっては、それだけで、もうイってしまいそうなほどの刺激だった。
桃城に余裕がないのを感じ取ったのか、跡部が桃城の性器を掴むと、自分の秘孔にそれを押し当ててきた。
性器の先端にやわやわとぬめった肉の甘やかな感触が伝わってきて、桃城は我慢できなかった。
そのままぐっと腰を進めて、跡部の体内に性器を挿入する。
「う…………」
跡部が低く呻いて、全身を震わせた。
ずぶずぶと、楔が内部に飲み込まれていく。
激烈な快感が瞬時に桃城の脳天まで駆け昇った。
「あ……とべさん………ッッ!」
あっという間に臨界点を超え、桃城は本能に突き動かされるままに激しく抜き差しを始めた。
「う………く…………ッッ!」
先程蹂躙されてまだ傷付いているであろう箇所に、激しく異物が突き込まれて、よほど痛みを感じているのだろうか。
跡部が白い喉を仰け反らせ、苦しげに首を振った。
跡部が痛みしか感じていないだろうという事は桃城にも分かったが、そうは言っても桃城ももう堪えようがなかった。
欲望のままに腰を何度か動かすと、忽ちのうちに絶頂の階段を駆け上がる。
一際深く打ち込んで、熱く蕩けた肉の中に欲望を迸らせる。
頭の芯が霞んで、全身から汗が吹き出た。はぁはぁと激しく息をしながら、全てを跡部の体内に流し込むと、漸く桃城は身体の下の跡部を見た。
細い眉を苦しげに寄せて、跡部が肩を震わせていた。
「す、すんません………」
痛みをひたすら耐えている様子を見て、狼狽えた桃城が、跡部の体内に納まったものを抜こうとすると、跡部が桃城の腰に足を絡ませて、引き留めてきた。
「跡部さん………?」
「抜くなよ」
「だ、だって………」
「なぁ、おめェ、連続で2回ぐらい、できるだろ?」
跡部が忙しく息をしながら、掠れた声で囁いてきた。
「なぁ、桃城………もっとおまえが欲しいよ………」
するり、と腕が巻き付いてきて、ねっとりとした口付けをされる。
角度を変えて何回も跡部の濡れた唇が押し付けられ、舌が差し入れられる。
絶頂の余韻が引く間もなく、新たな火種が燃え上がってきて、桃城は無我夢中で跡部にむしゃぶりついた。
「あ………あッ………んッ…………ッッ」
跡部が甘い吐息をつく。
その扇情的な声が桃城を更に猛らせた。
達したばかりたというのに、すぐにまた自分が跡部の体内で体積を増す。
熱い肉壁が微妙に蠢きながら、桃城を刺激してくる。
「も、も……しろ………オレも………」
譫言のように跡部が言って、桃城の手を彼の性器へ誘った。
跡部に誘われるままに桃城は彼の性器を握ると、火傷しそうに熱いその肉棒をぎゅっと掴んで扱きあげた。
「あッ…あッ………いいッッ………桃城ッッ………もっと………ッッ」
跡部が鼻にかかった甘い喘ぎを漏らす。
瞳をうっすらと開いて、睫毛を震わせながら快感に浸っているその顔は、桃城を強烈に誘惑してきた。
かっと身体が燃え上がって、桃城は跡部の性器を擦りながら、荒々しく律動を始めた。
「あ………あッあッ……いッッ……!」
今度は紛れもなく快感を感じているようで、跡部はシーツを千切れる程強く掴んで、耐え切れぬと言うように上半身をよじらせながら喘いだ。
「も……もしろ…………も、もう………うッッ……」
跡部の絶頂が近いのを見て取ると、桃城は跡部の腰を抱えなおして、ぶつけるように腰を打ちつけた。
「う………あッッ…………あぁッッッ……」
背中を反り返らせて、跡部が激しく首を振る。
シーツの上に柔らかな髪がふんわりと舞い、びくびくと身体が痙攣する。
「も、もう…あ………ッッ………ああッッッ!!」
跡部が腕を伸ばして、桃城の首にきつく巻き付けてきた。
身体を密着させて息を詰めて、桃城は激しく腰を突き入れた。
--------ドクン。
跡部の体内深く二度目の精を激しく叩き付けたとほぼ同時に、跡部も桃城と自分の腹の間に、暖かな粘液を迸らせていた。激しいセックスが終わると、緊張もあってか、桃城は、眩暈を伴う疲労を感じた。
ぐったりとしている跡部から身体を離し、重い腕を動かして、後始末をする。
「跡部さん………」
呼びかけても、跡部は目を閉じてはぁはぁと息をしてベッドに沈み込んだままで、反応しなかった。
脚の間からは、やはり傷付いたのだろう、血の混じった自分の精液が流れ落ちている。
それを見て、桃城は表現しようのない気持ちに襲われた。
オレは…………。
オレはどうして…………!
跡部のそこをタオルで丁寧に吹き、それからブランケットをかけてやる。
時計を見ると、既に夜の11時を回っていた。
(早く帰んねえと………)
のろのろとした動作で服を身に着け、桃城はもう一度跡部を振り返った。
疲労の濃い陰を落とした跡部の顔は、どこか寂しげだった。
(跡部さん………)
桃城は、跡部の事を何も知らない。
知っているのは、彼のほんの一部分だけだ。
氷帝のテニス部の部長で、やたら態度がでかくて、プライドが高そうで…………。
でも、そんなのは、跡部のほんの一部分に過ぎない。
彼が何を考え、何を思ってこんな事をするのか。
桃城には理解できなかった。
跡部の頬に手を伸ばしてそっと撫でると、ひんやりと冷たかった。
整った綺麗な容姿。
他を寄せ付けないテニスの才能。
裕福な家庭。
何が不満なのだろう。
何があるのだろう。
-------彼をあんな行動に駆り立てるだけの、何が。
唇をそっと触るとと、瞬時跡部の眉が少し動いた。
「跡部さん、分かんねえっスよ………」
独り言のように呟くと、桃城はその跡部の唇にそっと唇を寄せた。
触れた唇も冷たくて、少しかさついていた。
「オレ、……………」
何か言いたかったが、言葉が出なかった。
唇を噛んで立ち上がると、桃城は跡部に背を向けた。
鍵を締められないが、仕方がない。
取りあえず電気だけ消して、跡部の家を出る。
出ると、夜中の住宅街はしんと静まり返っていた。
地上のイルミネーションを反映した明るい夜空に、家々が黒く影のように聳え立っていた。
ひんやりとした風が吹いてきて、桃城は思わず深く溜め息を吐いた。
胸が苦しく、鉛でも詰まっているように重かった。
携帯を取り出して、自宅に電話を掛ける。
「全く、どこまで行ったの? 早く帰ってきなさい!」
息子を心配していたのだろう、母親の叱る声を聞くと、桃城はなぜか涙が滲んできた。
「うん、ごめん、すぐ帰る……」短く言って携帯を切って、ごしごしと涙を擦ると、桃城は俯いたまま走り出した。
FIN
桃城がちょっと純情君……