報酬
都大会で屈辱の敗北を喫してから1ヶ月弱。
今日、オレは先週試合で滝を打ち負かして、正レギュラーに返り咲いた。「先輩、良かったですね!」
部活終了後、部室で鳳が興奮した口調で話しかけてきた。
もっとも、コイツは部活中もずっとオレに話しかけてきていたが。
よほど、オレが正レギュラーに戻ったのが嬉しいらしい。
勿論オレも、鳳が喜んでくれるのは嬉しかった。
何しろ、鳳は-----自分が正レギュラーから落ちてもいい、と監督に公言したくらい、オレのことを慕ってくれている。
オレの練習にもずっと付き合ってくれていた。
夜中遅くまで、オレの無理な注文にも文句一つ言わず、サーブを打ってくれた。
このオレをそんなにまで慕ってくれる後輩なんて今までいなかったから、オレは鳳が可愛くてしかたなかった。
「ね、先輩、今日はオレが奢りますから、どっか寄りませんか?」
鳳が制服に着替えながらにこにこして言ってきた。
鳳の申し出は嬉しかった。
何もなければオレの方から誘っていたくらいだ。
が、オレはどうしても今日中に確認しておかなければならない事があった。
「悪いな、長太郎。今日はまだ用があるんだ。また今度な」
「そうですか………」
鳳が目を何度か瞬かせて、少々寂しげな顔をした。
「わりぃ、今度必ずな!」
そんな鳳が可愛くて、オレは鳳の頭をぐりぐりと撫で回した。
「じゃあ、必ずですよ、宍戸さん!」
鳳がそう言いながら名残惜しそうに部室を出ていくのを、オレはにこにこして見送った。部室に最後までいたのは、オレと鳳の二人だった
鳳が出ていくと、オレ一人が残った。
正確には、まだ部室に戻ってきていない人物がいたが。
オレが用のある人物だ。
わざわざ鳳の誘いを断ってまで待っている人物だ。
バタン。
鳳が出ていって数分後。
ドアが開いて、その一人が入ってきた。
氷帝学園中等部男子テニス部部長の、跡部景吾。
跡部は、監督と打ち合わせをしていたのだ。
「……なんだ、まだいたのか?」
部室に誰もいないと思っていたらしく、入ってきた跡部は、オレを見て僅かに眉を顰めた。
「ああ、おまえに用があってな」
「オレに?」
「そうだ」
「なんの用だよ?」
跡部が胡散くさげにオレを見てくる。
オレはつかつかと跡部の前に歩み寄った。
「なんで今日、オレを庇ったんだよ?」
「……別に、庇ったりしてねえ」
「おまえが監督に助言したから、監督はオレを正レギュラーに戻したんじゃねえか!」
跡部がすうっと瞳を細めた。
「なんだ、自分の実力だと思ってないのか?」
「いや、オレの実力だよ。……でも、おまえの助言がなければ、監督はオレを戻さなかったはずだ」
跡部が肩を竦めた。
「…………で?」
「……おい、どうしてあんな事言ったんだよ?」
「さぁな………」
気のない跡部の返事に、オレはいらいらした。
オレは、跡部が嫌いなんだ。
正レギュラーに戻れたのは嬉しいが、跡部のお陰だと思うと、無性にいらいらした。
「オレはおまえに借りを作りたくねえんだよ。おい、跡部、おめえ、オレに恩を売ったとか思ってるだろ?」
跡部がふんと鼻を鳴らした。
「別に…………。そんなつまんねえ事で、わざわざオレを待ってたのかよ?」
「テメェにはつまんねえ事かもしれねえが、オレにはそうじゃねえんだよ!」
オレは瞬間むっとして、思わず跡部の胸ぐらを掴んだ。
「………おい、何かテメェの言うこと聞いてやるから、貸し借り無しにしろ!」
「……………」
跡部がじいっとオレを見つめてきた。
色素の薄い大きな瞳がオレを映し出す。
「……なんだよ、土下座でもして感謝すればいいか?……おい、どうなんだ?」
跡部なんかに礼を言うのはくそ忌々しかったが、しかし、借りを作ったまま正レギュラーに戻るのだけはイヤだった。
こいつに頭が上がらなくなるなんて、絶対にイヤだった。
今日中になんとかけりをつけたかった。
「………なんでもするのかよ?」
しばらくオレを見つめていた跡部が、小さい声で言ってきた。
「………なにさせてえんだよ?」
なにかろくでもないことを考えていそうだったので、オレは内心びくっとした。
それを悟られないように、わざと平気な振りをして言う。
跡部はオレの真意を確かめるようにじっとオレを見つめた。
オレは平然とした振りで、跡部の視線を睨み返した。
すると、跡部はオレを見据えたまま、突然服を脱ぎ始めた。
(…………?)
オレの目の前で、跡部はジャージの上下を脱ぎ、さらに下着まで脱いでしまった。
それから跡部は、壁に沿って置いてあるソファにゆっくり腰掛けた。
薄淡い夕方の光の中で、跡部の白い裸身が浮かんで見えた。
跡部は、性格はひねまがっているが、顔はいい。
それに身体も綺麗だった。
白くて、バランスの良い体格で、足なんかモデル並みに綺麗だ。
微妙に陰影のついた下半身に目がいきそうになって、オレは慌てて目を逸らした。
しかし、なんで裸になるんだ?
オレがびっくりしてぼぉっと見ていると、跡部が薄く笑った。
「なんでも言うこと聞くんだよな、宍戸?」
「……………」
かなり嫌な予感がして、オレは顔をひきつらせた。
跡部はそんなオレを見て、優雅に笑った。
「ハハハ、大丈夫だって。別にてめえをヤろうとか思ってねえよ。そうじゃなくて、なぁ、宍戸、言うこと聞いてくれるんなら、オレのこと抱いてくれねえか?……抱いてくれたら貸し借り無しにしてやるぜ」
「………え?」
「ほら、宍戸、こっち来いよ………」
跡部が手を振ってオレを手招きする。
オレはなんとなくついふらふらと跡部の手に誘われて、跡部の前に行ってしまった。
跡部がすうっと腕を伸ばして、オレの顔に触れてきた。
「……ししど……」
甘い声。
ぞくっとした。
跡部がこんな色気のある声を出すとは知らなかった。
思わず跡部に引き寄せられるままに、オレは跡部の唇に口づけていた。
濡れた感触に、背筋がぞくぞくとする。
そのまま誘われるように跡部の身体を抱き締めると、跡部がゆるく息を吐いて、オレのズボンを引き下ろしてきた。
おいおい待てよ、一体どうしてこうなってるんだ?
跡部って、こういうヤツだったのか?
知らなかったぞ、オレは。
跡部が男とヤる趣味があったなんて。
しかもオレだぞ。いいのか跡部。
そしてオレは------跡部が嫌いなくせに、なぜか臨戦態勢になっていた。
それを知った跡部がくすっと笑った。
「元気いいじゃねえか、宍戸………」
言いながら跡部が、オレのペニスをぎゅっと握ってきた。
「……ちょっ、ちょっと待てッッ!」
急にずきん、と快感が頭まで突き抜けて、オレは情けなく声を漏らした。
「結構可愛い声出すのな、宍戸……」
跡部がオレの耳元で甘く囁いてきた。
その声だけでオレはイっちまいそうになって焦った。
なんで跡部で興奮できるんだ?
自分が信じられなかったが、跡部で興奮しているのは事実だ。
跡部がくすっと笑いながら、足を広げて俺を誘ってきた。
跡部のペニスも、天を向いて突っ立って、先端から涙をこぼしていた。
-------クラクラした。
オレは、女とだって、まだしたことないのに。
なのに、男相手にヤっちまうのか。
それも、跡部相手に。
-----と頭の片隅で思ったが、目の前の欲望には勝てなかった。
跡部がオレのペニスを握りながら、入るべき場所に導いてくる。
こいつ、こういう事慣れてんのか?
オレは跡部がますます分からなくなった。
なんとなく乱れてそうなヤツだとは思ってたが、相手は女だろうと思っていた。
まさか男相手にこういう事やっていたとは思わなかったからだ。
一体、今までどんなヤツとやってきたんだろうか?
こういう風に部室でやったりしてたんだろうか?
例えば、…………忍足とか。
或いは、向日とか、ジローとか………。
もしかして、…………鳳とも?
と思った瞬間、オレは頭がかっとなって、勢いよく跡部のアナルに自分のペニスを突き立てていた。
「く…………ッッ!」
さすがに衝撃が堪えたのか、跡部が苦しげに眉を寄せて低く呻いた。
その声にまたぞくっとして、オレは夢中で腰を突き入れた。
「……あ…………く………ッッ!」
跡部の中は信じられないほど熱くて、襞が微妙に蠢きながらオレに絡みついてきた。
忽ち脳が沸騰して、オレは我慢できなくなった。
「……くそッッ!」
舌打ちして、オレは跡部の腰を掴むと、乱暴に揺さぶり始めた。
ぎしぎしとソファが音を立て、跡部の薄茶色の髪が揺れる。
「あ………あッ………ししど……………ッッ」
跡部の濡れた声が扇情的で、オレは目の前が霞んだ。
一瞬脳の中が真っ白になって、次の瞬間、オレは跡部の内部に勢い良く白濁の欲望を噴出させていた。「なぁ、跡部………」
オレの身体の下で、顎を仰け反らせてあえかに息を吐いている跡部に、オレは尋ねてみた。
「どうしてオレなんか誘ったんだ?」
「……ああ?」
跡部がうっすらと瞳を開けてオレを見上げてきた。
濡れた茶色の瞳が、ぞくりとするほど色っぽかった。
オレはごくり、と唾を呑み込んだ。
「別に…………テメェ、借りを作りたくなかったんだろ?」
「まぁ、そうだけどよ……」
「じゃあ、いいじゃねえか?」
「でもよ、これじゃオレがなんか更に借り作ったような気になっちまってよ……」
「なんだよ、………じゃあ、抱いて欲しかったのか?」
「ち、違うよ!」
跡部が薄く笑った。
「じゃあ、いいだろ?」
「でもよ………おまえ、こう言うこと、良くしてるのか?」
「……テメェにゃ関係ねえだろ」
「…………」
冷たい返事にオレはぐっと詰まった。
「ほら、どけよ………」
気怠そうに跡部が言ってきたので、オレは慌てて身体を離した。
ソファに半身を起こした跡部は、手慣れた様子でオレの吐き出した精液をティッシュで拭った。
それは生々しく淫猥な光景で、オレは思わず目を逸らした。
「さて、と帰るか」
身体を拭った跡部は、すっきりしたような声でオレに言ってきた。
「鍵閉めるから。宍戸、テメェもはやく支度しろよ」
「あ、ああ……」
「明日から、正レギュラー用メニューに入ってもらうからな。あ、テメェは鳳とペアだ」
「そ、そうか……」
なんとなく跡部を正視できなかった。
オレが目を逸らしたまま口ごもって言うと、跡部がくすっと笑った。
「何恥ずかしがってんだよ、宍戸」
「べ、別に、恥ずかしがってなんかねえよ!」
「ははーん、テメェ、初めてだったんだろ?……だよなぁ、えらく早かったもんな……」
「なんだと!」
頭に来て怒鳴ると、跡部がおかしそうに笑った。
跡部の笑顔に、オレはなんとなくほっとした。
いつもの、オレの知ってる跡部に戻ってくれたような気がした。「ほら、行くぞ」
跡部に促されて、オレは夕暮れの部室を出た。
FIN
宍戸は受けだと思うけど跡部相手だと攻めなんでした。