EMOTION 《3》
別に、手塚をどうこうしようとか、そういう具体的な事を考えていたわけではなかった。
ただ、気が付いてみたら、菊丸は、手塚を仰向けに寝かせて、その上から覆い被さっていた。
「眼鏡……邪魔だね………」
説明するように言って、手塚の眼鏡を取る。
間近で見る手塚は、心臓が破裂してしまいそうなほど可愛いかった。
高い鼻梁。
伏し目がちにしているせいか、ふるふると震えて影を落とす、黒く長い睫毛。
いつも眉間に皺を寄せて、他人を見下ろしているようなきつい視線が、今は溶けてしまいそうなほど柔らかく儚げに揺れていた。
横を向くと、さらり、と細い髪が銀砂のように零れ落ちて、ほんのり桃色に染まった頬にかかる。
形の良い可愛らしい耳が見え隠れし、菊丸はたまらなくなって、その耳をそっと噛んでみた。
「…………!」
途端に、手塚が身体をびくんと揺らす。
「き………くまる………」
困惑気味の、どうしたらいいのか分からないといった感じの、小さな声。
「ねえ…………いや?」
なんとなく意地悪い気持ちが起きてきて、菊丸は手塚の耳をかりっと噛みながら聞いてみた。
「嫌なら、すぐやめるよ?」
手塚がくすぐったそうに首を竦めて、睫毛を震わせる。
身体が強張るのが感じられたが、菊丸を押しのけようというような拒絶の態度は見られなかった。
「いいの?……オレ、……やっちゃうよ?」
耳元で息を吹きかけるように囁くと、手塚がびくっと兎のように反応した。
「オレ、こんなになっちゃったんだ……手塚のせい………」
言いながら、菊丸は、手塚の下半身に自分の下半身をぐいと押し付けてみた。
「……菊丸っ!」
硬い感触が当たったのだろう、手塚が狼狽したような声を上げる。
「……いいよね?」
拒絶しないのをいいことに、菊丸は手塚の学生服のボタンを外すと、シャツをたくしあげて、素肌に直接触れてみた。
ひんやりとした滑らかな肌の感触に、脳が沸騰するような興奮が襲ってくる。
「き……くまるっ……」
本当にどうしたらいいのか分からないのだろう。
手塚が途方に暮れたように、微かに菊丸の名前を呼んだ。
いつもの、何事にも動じない威厳を備えた部長としての手塚ではなくて、今、菊丸の腕の中にいる手塚は、菊丸の一挙手一投足に反応する、可愛い小動物のようだった。
菊丸自身、手塚がこんな表情をするなど思いも寄らなかっただけに驚いていた。
……もしかして、手塚って、全然こういう事に免疫がないんだ。
きっと、女の子と付き合ったこともないんだろうな。
こんなに狼狽えて戸惑ってる手塚なんて、初めて見た。
こんなに手塚が可愛いなんて、思わなかった。
------どうしよう。
オレ、すっげえ手塚が好き。
「手塚………」
身体の芯を興奮が突き上げてくる。
体温が何度か上昇して、そのままもっと上がっていってしまいそうな気がする。
鼓動が全身に響いて、耳を聾するほどだった。
手塚をあやすように、ふっくらとした頬に軽いキスの雨を振らせながら、菊丸は手塚の胸をまさぐった。
胸の突起を指で摘んで、指の腹で転がすように愛撫する。
「………ッッ!」
手塚が、眉を顰めて顔を振った。
「……いや?」
嫌がっていないのは分かったが、また意地の悪い気持ちが湧き起こってきて、菊丸は手塚に囁いた。
「いやなら、やめるよ……?」
「…………」
手塚が、菊丸をじっと睨んできた。
睨むと言っても、部活中の、あの鋭い三白眼ではなくて、潤んだ、少し涙の滲んだ黒目がちの瞳で、困ったように睨んでくる。
菊丸は、ぞくぞくとした喜びがわき上がって来るのを感じた。
「やめないよ………いいよね?」
そう言って、菊丸は胸を愛撫しつつ、手塚の学生ズボンのベルトを外した。
カチャカチャと金属音が部屋に響いて、手塚がびくりと反応する。
菊丸は、息を詰めて、手塚のズボンを下着毎引き下ろした。
「菊丸っ!」
手塚が小さな悲鳴を挙げた。
恥ずかしいのか、抵抗はしないものの、両手で顔を覆って顔を背けている。
筋肉の綺麗に付いた美しい肢体が、菊丸の眼前に現れた。
形の良い臍と、その下のほの淡い茂みが、微妙な陰影を付けて菊丸を誘う。
茂みの中で、手塚自身が頭を擡げていた。
桃色の先端が、既に先走りの液で濡れて光っていた。
どくん、と興奮が突き上げてきて、菊丸はごくり、と喉を鳴らした。
身体中の血が下半身に集まって、そこが重たく膨れ上がるのを感じる。
「手塚………綺麗………」
譫言のように言いながら、菊丸は手塚の性器にそっと顔を近づけた。
ぱくり、とそれを加えると、途端に手塚が兎のように跳ねた。
「き、菊丸っ!」
「動かないでよっ!」
手塚の腰を押さえつけて、菊丸は手塚自身をすっぽりと咥えた。
暖かく弾力のある感触が、脳を直撃してきた。
手塚も興奮してくれているのが嬉しかった。
………オレのこと、好きでいてくれるのかな?
少なくとも、嫌がってはいない。
他人の性器を舐めるなんて、兄のビデオを見たときは、汚らわしい行為と思った。
なのに、今手塚のそれを舐めることに、なんの嫌悪も感じなかった。
手塚が喜んでくれればいい。
少しでも、手塚に気持ちよくなってもらいたい。
「ねえ、出しちゃってよ……?」
咥えて、手も添えて扱きながら、菊丸は手塚に言った。
「だ………だめだっ、菊丸………っ!」
手塚が弱々しく頭を振る。
「大丈夫だよ、オレしかいないんだからさ?……ね、いいでしょ?」
きゅっきゅっと扱きながら、菊丸は指をすっと滑らせた。
奥まった箇所の、ひっそりと息づいている入り口を探し当てると、そこにつぷり、と指を挿入する。
唾液で濡れた指は、抵抗無くぬるり、と内部に入っていった。
「………!!」
手塚が、呻きを噛み殺して身体を震わせた。
「ねえ、気持ち、いい?」
右手で前を、左手で後ろを弄りながら、顔を上げて手塚を窺うと、手塚が両手で顔を覆ったまま、身体を細かく震わせた。
はだけた胸の桃色の突起が、ぷっくりと勃ち上がっていて、白いYシャツと黒い学生服との対比に、どきっとする。
「あ………だめだ………菊丸、離しっ………ッッ!!」
握り込むように数回扱くと、手塚がせっぱ詰まったような声を出してきた。
「いいじゃん、イっちゃってよ?」
自分の方が余裕があるのに、菊丸は気をよくした。
そのまま指に力を入れて肉茎を扱くと、手塚が身体を痙攣させて、絶頂に達した。
白い粘液が、数回勢いよく放出されて、手の中にたまっていく。
それを見ると、ぞくぞくとした喜びがわき上がってきた。
手塚が、自分の手で射精した。
絶対、そんな事しそうにない手塚が。
一体、手塚は今、どんな顔をしているんだろう?
興味が出て、菊丸は、手塚の両手を引き剥がしてみた。
「手塚…………?」
目尻に涙をいっぱい溜めた、途方に暮れたような瞳が、菊丸を見上げてきた。
-------ズキン。
睫毛の先に涙の粒が付いて、それが震えているのを見て、菊丸は胸が痛くなった。
可愛い。
手塚が愛おしくて、たまらなくなる。
「……見るな……」
ふい、と視線を逸らして、恥ずかしげに俯く風情に、またぞくりとする。
下半身が痛いほど滾って、爆発寸前だった。
カチャ…………。
菊丸は黙って自分のズボンのベルトを外した。
菊丸の意図を察したのか、手塚がぎくっと身体を強張らせた。
「………いい?」
嫌がっても、もうここまで来たらするつもりだったが、菊丸は一応聞いてみた。
手塚が、頬を紅く染めて、視線を逸らした。
「……いいよね?」
「………………」
ほんのの少し頷いたのを見て取って、菊丸は笑顔を作った。
「じゃあさ、協力して?」
「………?」
「脚上げて、広げてくれる?」
「……………」
真っ赤になりながらも、手塚がゆっくりと脚を広げた。
うわあ…………。
なんだか、夢みたいだ。
手塚が、オレの言うとおりに脚を広げてくれるなんて…………!
感動で泣きそうになったが、それよりも、暴発寸前の自分自身をなんとかしたかった。
「じゃ、じゃあ、……入れるよ?」
手塚の中心に、手に溜まった手塚の精液を慣らすように塗りつけて解すと、ズボンからひきだした自分自身を押し付ける。
手塚が、ぎゅっと目を瞑った。
その表情がまた可愛いくて、菊丸は抑制が利かなくなった。
息を詰めて、一気に手塚の体内に自分を突き入れる。
「…………………!」
途端に、手塚が苦しげに呻いた。
身体が硬直して逃げかけるところを、菊丸はぐっと手塚の腰を掴んで、反対に自分の方に引き寄せた。
熱く柔らかな肉壁が、絡みつきながら菊丸を迎え入れてきた。
「きく………まるッッ!!」
手塚が喉を詰まらせて掠れた声で自分を呼んできた。
「………痛い?」
手塚をしっかりと抱き締めて耳元に囁くと、首を何度も縦に振って、堪えきれないように身体を震わせる。
「ごめんね………でも、ちょっと我慢してよ……」
痛い思いをさせるのは辛かったが、でも、自分だってもう限界だ。
一応謝ると、菊丸は思い切って腰を動かし始めた。
「あッ…………つッッ……………くッッ!!」
手塚が、耐えられないかのように激しく頭を振る。
ぱさぱさと絹糸のような髪が宙に舞って、それがまたえもいわれぬ風情だった。
「………てづかッ!!」
快感が津波のように押し寄せてきて、もはや菊丸も我慢できなかった。
手塚の最奥まで深く突き入れて、そこで菊丸は欲望を解放した。激しい興奮が治まってくると、周りを見る余裕が生まれた。
放心状態の手塚がカーペットの上に横たわっているのに気付いて、菊丸は慌てた。
手塚は、下半身は脚を広げたまま、上半身は学生服とYシャツを腕にからませたままの、とんでもない格好だった。
すげえ……………!
なんだか、とっても卑猥な情景だ。
ビデオなんか眼じゃない。
さっきイったばかりだと言うのに、また身体がどくん、と興奮してしまって、菊丸は慌てて自分を叱咤した。
こっそり部屋を出て、タオルを水で濡らしてくる。
ぐったりしている手塚の身体を綺麗に拭いて後始末をし、服もちゃんと着せてやる。
手塚は、ぼんやりと、菊丸にされるがままになっていた。
「手塚………大丈夫?」
いつまでたっても手塚がぼんやりしているので、心配になって、菊丸は手塚の顔を覗き込んだ。
「ねえ、手塚…………ッ!」
突然、手塚の綺麗な瞳から大粒の涙が溢れてきたので、菊丸は慌てた。
「て、手塚っ、どうしたの?」
「………………」
ぽろぽろと、涙が手塚の頬を滴り落ちる。
せっかくかけてやった眼鏡が涙で曇ってしまい、菊丸は眼鏡をもう一度取って、手塚の顔をタオルで拭いた。
「ねえ………いやだった?」
もしかして、すごく酷いことをしてしまったのだろうか?
手塚が、嫌がらないのといいことに、オレは。
本当は、いやだったのだろうか?
オレが無理矢理やっちゃったんだろうか?
胸がきゅん、と痛んだ。
手塚に、嫌われたかも知れない。
どうしよう。
「てづかぁ……」
菊丸も鼻の奥がつんとしてきた。
涙がこみ上げてきて、我慢できなくなる。
「ごめん、手塚……オレ、………」
いったん涙が出てくると、止まらなくなった。
しゃくりあげながら何度も謝ると、手塚が涙で赤くなった目で、菊丸をじっと見つめてきた。
「菊丸……」
掠れた声で呼ばれて、手塚を見る。
「泣くな……」
「だって、手塚だって………ねえ、嫌だった? オレのこと、嫌いになった?」
涙声で言うと、手塚がそっと菊丸の頬に手を伸ばしてきた。
「違う……嫌じゃ、なかった………嫌じゃなくて、嬉しかった……」
「………ほんと?」
「ああ……嬉しくて、なんだか、夢かなって思って、そうしたら涙が出た……」
「ほんとに?」
「本当だ。……俺、菊丸のこと、好きなんだなって思ったら、なんだか感動したんだ……」
「手塚……」
心がじぃんと暖かくなる。
幸福感がこみ上げてきて、菊丸は一層涙が出てきてしまった。
「泣くなよ……」
「だって、オレも嬉しくてっ……うぇっっんん!!」
今度は、泣き声まで出てしまった。
堪えきれなくて、手塚の胸に顔を押し付けて泣くと、手塚が優しく菊丸の背中をさすってきた。
「どうしたんだ、子どもみたいだぞ?」
「だって、オレ子どもだもんっ!!」
手塚の手が嬉しくて、そのまま拗ねるように言うと、手塚がくすり、と笑った。
「さっきは、すごく大人だったのに?」
「さっきって………やだなっ、手塚っっ!!」
手塚にからかわれたのが分かって、菊丸は恥ずかしくなった。
「なんだよ、元気じゃんかっ、心配して損したっ!!」
顔を上げて手塚を睨むと、手塚が瞳を細めた。
表情が柔らかく変化して、とろけそうな笑顔になる。
うわぁ……………。
手塚のそんな顔、初めて見た。
「手塚………好き………」
甘えるように言うと、手塚がそっと顔を近づけてきた。
唇に、ふっくらとした感触を感じて、菊丸は感激で胸が一杯になった。
手塚の方から、キスしてくれた。(手塚、好き………)
もう一度心の中で言いながら、菊丸は、自分からも唇を寄せた。
FIN
砂吐くような甘甘バカップル誕生でした。