sweet kiss 《3》
痛くはなかった。
それよりも、背中から頭の先まで銃で撃ち抜かれたような快感が走り抜け、跡部は喉を詰まらせて呻いた。
前をきつく握られたままなので、その快感は地獄の責め苦のようだった。
「あっうっあッッ………もうッッ!」
苦しくて、何とかして欲しかった。
どうしようもなかった。
「や……だッ………手ッ、手をッッ!」
途切れ途切れに忍足に懇願すると、忍足が、
「侑士って呼んでくれたら、離したるわ」
ぐい、と、腰を突き上げながらそう言ってきた。
「景吾、……呼んでや?」
「うッ………ゆう………」
「……そうや、名前や……」
「ゆ……うし…………ゆうし、ゆうしッッ!」
一度名前が口から出てしまうと、後は止めどもなく流れ出た。
「ゆうしッ……ゆうしッ、手…………ッッ離せッ!」
「……そうや、エエ子やな、景吾………」
忍足が満足げに笑うと、ぎゅっと握りしめていた左手を離し、跡部の両脚をぐっと抱え上げ、堰を切ったように激しく抽送を開始した。
「あぁっ、あっあッッ! ゆうしッッッ………!!」
途端に血液が逆流し、あっという間に、跡部は全身を震わせながら、自分の腹の上に白く濁った粘液を勢いよく放出していた。
「景吾、先にイったんか?……まぁ、しょうがないわな………随分じらしたからなァ」
跡部が射精したのを見て、忍足がくすくす笑いながら、
「ほな、俺もイかせてもらうで……」
と言って、更に動きを速めた。
跡部の中から肉棒が抜け落ちてしまうほど、勢いよく抜いたかと思うと、体重をかけて、激しく楔を打ち込む。
その度に跡部の固く閉じた瞼の裏に、ぱっぱっと極彩色の光が明滅し、全身が震えた。
「…あッッ……あぁッッッ!」
忍足に媚薬を盛られたことや、名前を呼べと強制された事。
その忍足に、自分が従ってしまったこと。
そんな屈辱感などどこかに吹き飛んでしまって、ただ忍足の与えてくれる快感の大きさに、跡部は飲み込まれていた。
「景吾、好きや……………」
嘘か本当か分からない、そんな忍足のリップサービスさえ、ぞくぞくと全身を震わすような快感となる。
「侑士………ゆうし………ッッ!」
知らない内に、跡部は泣きながら忍足の名前を連呼していた。
先程達したばかりだと言うのに、跡部の性器は既に硬度を取り戻して重く脹れ、二度目の絶頂を迎えようとしていた。
「うっ…………あッッ……ああぁッッッッ!」
忍足が抽送を速め、一際強く跡部の体内に凶器を打ち込む。
体内奥深くで、忍足のソレが弾けたのを微かに感じながら、跡部も二度目の精を迸らせていた。激しいセックスは跡部の体力を消耗させたらしく、忍足が身体を離すと、跡部はぐったりとベッドに沈み込んだ。
上から下まで、汗と、腹や胸は自分の、足や尻は忍足の放った体液に塗れて、はぁはぁと忙しく息を吐く跡部の姿は、ぞっとするほど扇情的だった。
忍足は、瞳を細めて、満足げに跡部の様子を眺めた。
「大丈夫か、景吾?」
跡部の部屋には、跡部専用のバスルームが設置してある。
そのドアを開けてタオルを濡らして持ってくると、忍足はぐったりとなった跡部の顔から足の先まで、丁寧にぬぐってやった。
べたべたになったシーツも取り替えてやる。
そこまでした所で、ようやく跡部が瞳を開いた。
「……どや、痛くないか?」
重い瞼を上げて、跡部が気怠げに忍足を見上げてきた。
泣きはらした目が赤く腫れて、綺麗な二重が少々はれぼったく震え、長い睫毛の間から忍足を見上げてくる風情が、まるで狙っているかのように色っぽかった。
自分ではそんなつもりは毛頭ないのだろうが、そんな目で見られたら、すぐにでもまた抱きたくなってしまう。
「今日は気持ち良かったやろ?」
跡部の頬にそっと手を伸ばして、泣きボクロをなでるようにしながら呟くと、跡部がほんの少し頬を染めて視線を逸らした。
………反論する気はないようやな。
つまり、気持ち良かったという事を認めたわけだ。
跡部は、言い訳がましい人間ではないから、こういう時は潔い。
「俺のことも、侑士って呼んでくれたしな、景吾?」
そちらのほうは認めたくないのか、忍足がそう言うと、跡部が嫌そうに忍足を睨んできた。
「……おまえ、どういうつもりなんだよ?」
睨んだ視線にも怯まず、忍足が平然として笑っているのを見て、跡部があきらめたように溜め息を吐いた。
「どうして、こんな事したんだ?」
「どうしてって、そりゃ言うたやろ、アンタのこと、好きなんやって」
「……嘘吐け」
跡部が怠そうに頭を振る。
「おまえ、オレのこと、好きでも何でもないくせに」
「そう思われてるなんて、心外やなァ。そんな風に見えるんか?」
「………だってよ………」
うまく言葉が出ないのか、跡部が困ったように瞬きをした。
「俺なァ、好きでも何でもないヤツと、こんな事平気でするほど、大人やないで?」
「嘘吐くな」
「ほんまや。アンタはどうかしらんけどな。俺はこれで結構純情なんやで。セックスは好きな人とだけ、そう決めとるんや」
「……ほんとかよ……」
「だから、ほんま言うてるやん。アンタの事は前々から好きやったんや」
「前って、何時だよ?」
「そうやな。アンタのビデオ見たときからかいな?」
「……ビデオ?」
「そうや、俺がまだ大阪にいるときや。監督はんがな、氷帝に来んか言うて、試合のビデオを見せてくれたんや。そんときアンタ見て一目惚れしたんや。こいつのおるとこ、行こ、思うた。他にもいろいろ誘われてたんやけどな、俺はアンタと一緒にテニスやりたかったんや」
「……嘘だろ?」
跡部が胡散くさげに忍足を見上げてきた。
「ほんまや。でもアンタ高嶺の花やから、とても言えんかったのや。ほんまにアンタの事、好きなんやで、景吾………。なかなか手に入らんから、ちょっと強引にやらせてもろうたけどな」
跡部が困惑したように視線を揺らす。
「好きや………」
忍足はそう言いながら、跡部の頬にそっと唇を押し付けた。
跡部はびくん、と身体を強張らせたが、忍足を押し退けようとはしなかった。
「な、俺のこと、ちいとは好いてくれんか?」
「……………」
「少なくとも、身体の相性はええ思うんやけどな?」
耳元に吹き込むようにして言うと、跡部の頬がほんのり赤くなった。
跡部は意外と正攻法に弱い。
こんな風に忍足が真剣に告白してくるとは、思っていなかったのだろう。
困惑しつつも忍足を拒絶しなかった。
「……な、ええやろ?……うん、て言うてや。……これからも俺とこういう風に付きおうてくれるやろ? 俺の事、好きやなくてもええんやで。俺はアンタのこと好きや……」
「……わかんねえよ……」
返答に困って、俯いて跡部がそう言うと、忍足が跡部の頬に軽く口付けをして、身体を離した。
「ええんや、アンタは分からんでも、とりあえず俺の気持ちは言うたわ。アンタ、ゆっくり考えたらええ。……な? じゃァ、俺はそろそろおいとまするわ。もう身体、大丈夫やろ? 明日は、部活、アンタも出られるやろ? 俺も出るわ」
「忍足………」
「じゃあな、また明日……」
服装を整えた忍足が、跡部に軽く手を挙げて部屋を出ていく。
ぼんやりしたままそれを見送って、跡部は俯いて溜め息を漏らした。
自分の気持ちが分からなかった。
忍足のような油断のならない人間と、あんな事をしてしまった。
しかも、忍足の言うがままに快感に溺れた。
忍足にいいようにされてしまったのに、身体が悦んでいた。
全身が充足していた。
「ゆうし…………」
名前を呼ぶと、甘やかな余韻が広がって、跡部は慌てて首を振った。
忍足は危険だ。
ああいう人間には近寄らない方がいい。
腹の底で何考えてるか、分かったもんじゃねえ。
その時、部屋の内線が鳴って、そこから家政婦の村山の声が聞こえてきた。
『ぼっちゃま、夕食は何時が宜しいですか? あと1時間ぐらい後でよろしいですか?』
はっとして跡部は、「うん」、と答えた。
そして、頭を振って立ち上がった。
FIN
というわけで相思相愛