獲物
「なんや、もうしまいか?」
ぎり、と噛み締めた唇と、固く閉じた目。
しかし、耳は閉じることができない。
聞きたくない声が、容赦なく耳から脳に侵入してくる。
手塚は苦しげに首を振った。
「あんた、もしかして、はじめてか?」
忍足の笑いを含んだ声がする。
それとともに、自分の、大きく開かされた脚の間で、ぐちゅ、と湿った嫌な音がする。
音と同時に、なんとも言えない圧迫感が、開かされた脚の中心の奥まった箇所から、内臓を押し上げて伝わってくる。
自分でさえ見たこと無いような、恥ずかしい、秘められた部分から。
手塚はうっすらと目を開いた。
自分の勃起した肉棒が、浅ましく首を振りながら涙をこぼしている。
その奥に、微妙に振動しながら蠢いている細長い器具が、無造作に突き立てられている。
信じられない。
自分が今まさに蹂躙されているというのに、手塚は信じられなかった。
どうしてこんな事に。
頭を振る。
眩暈がする。
おぞましい快感が、器具の挿入されている部分から、波が押し寄せるように襲ってくる。
いやだ。
どうして、こんな。
「そう我慢せんと……」
忍足の笑い声がして、ぐぐっと内臓が更に押し上げられる。
胃が迫り上がって、喉が詰まる。
脳天まで鋭く電流が走る。
どこか、忌まわしく甘く、ぞくっとするような快感が。
手塚は苦しげに首を振って、熱い吐息を漏らした。
「あれ、青学の手塚やないの?」
数時間前だった。
手塚は九州への旅行手続きのため、一人××駅の構内を歩いていた。
駅のサービスセンターへ行って諸手続を済ませ、帰るところだった。
そこに、聞き慣れない関西弁で声をかけられ、振り返ると、にこやかな笑顔の彼が立っていた。
学校の帰りだろうか。
涼しげな氷帝の夏服を着て、人なつこく笑いかけてくる。
丸い眼鏡や、少し長い黒髪、背中に背負ったテニスバッグ等に見覚えがあった。
氷帝学園の忍足侑士。
先日、自分たちの部の桃城菊丸ペアと戦って負けたダブルスの一員だ。
手塚はすぐに思い出した。
不二と同じ技を使い、かなりの技術を持つ選手。
飄々とした雰囲気が、年寄りも随分と大人びて彼を見せている。
氷帝の誰よりも落ち着いて見える選手だった。
そんな事を思い出しながら、手塚が黙って忍足を凝視していると、忍足は破顔して、馴れ馴れしく近寄ってきた。
「なぁ、どこ行くん? せっかく会うたんや、どや? お茶でもしていかへん?」
まるで、昔から知り合いで仲の良い友人のような物言い。
でも、それは不快ではなかった。
考えてみると、氷帝の3年生と自分たちがもう試合をすることはない。
お互い試合が終わった者同士、できたら仲良く付き合っていきたいものだ。
そう思って、
「ああ」
と頷いて忍足に付き合ったのだが。
手塚はぼんやりとした頭で考えた。
どうして、こんな事になってしまったのだろうか。
あれから。
忍足と会って、忍足が、自分の家がすぐ近くだから寄っていかないかというので、忍足について彼の家----すなわち、自分が今いるところだ----に行った。
高層マンションの最上階で、見晴らしも良く、瀟洒な所だった。
中に入ると、忍足がわざわざ豆から挽いてコーヒーを煎れてきてくれた。
自分としては茶の方が良かったが、煎れてきてくれたのだからとコーヒーを飲んだ。
それはとても香ばしく美味しいもので、忍足のたわいもない話を聞きながら、勧められるままにコーヒーを飲んだのだが。
------カシャ。
ぱっとフラッシュが焚かれて、手塚ははっと我に返った。
忍足が、デジタルカメラを構えていた。
「……忍足っ」
「あんたの可愛い顔を撮っておきたくてなァ……ほんま、かわええな……」
撮った写真を見ているのか、忍足がカメラを操作しながら嬉しげに言う。
「あんたのな……試合を見て………」
カメラの画面を覗き込みながら、忍足が低い声で話し始めた。
「跡部と試合したときや。あの時、痛みに顔を歪めるあんたの表情が色っぽくてなァ…。俺はあの顔にいかれたんや。……ほんま、どうしよ思うたで?……ここにな」
と言って、忍足は薄く笑って、自分の股間を指さした。
「ここに血がどっと集まってしもうてなァ……大きゅうなるし、試合は見たいしで、大変やったんやで? あの日は帰ってから、もう抜きまくりや………」
すっと忍足の冷たい指が、手塚の頬を撫でてきた。
ぎり、と忍足を睨むと、忍足がその手塚の視線を受け流して艶然と微笑んだ。
「ほんま、綺麗や、……手塚……。あんたの目とか、唇とか……眉とか……とにかく全部が色っぽくて……俺はもう我慢できひんかった。すぐにでもあんたを欲しいと思ったんや。押し倒して、足を開かせて、俺のものをぶちこみたい思うて………」
忍足の言葉にびくっと反応すると、忍足が唇の端を上げて満足そうに笑った。
「跡部に取られるんやないかと心配しとったけど、跡部より先にあんたを手に入れることが出来て思い残すこともないわ……。ここ、跡部に使われたか思うてやからな……」
ぐぐっと器具が身体の奥まで挿入され、手塚は背中を仰け反らせ、喉を詰まらせて喘いだ。
コーヒーに何か入っていたのだろう。
感覚はあるものの、身体が動かない。
底なし沼のような快感が全身を浸して、汗が吹き出て、目の前が霞む。
全裸にされた身体を、忍足が身体の線をなぞるように手の平で撫で上げてきた。
ぞくぞくと悪寒にも似た快感が走り抜けて、手塚は思わず押し殺した呻きを上げた。
甘い声が出てしまいそうだった。
気持ちが良かった。
おぞましいほどに、快感で、信じられなかった。
誰かに身体を触られることも勿論、信じられないような箇所に異物を突き立てられることも全く初めてだというのに。
頭を振ると髪が揺れて、そこを忍足に慈しむように撫でられる。
「そう意地はらんと……あんた、快感に弱いやろ……。この間の試合の時、そう思ったんや。敏感やろうってな……。だから、我慢せんと、声だしぃや。俺が気持ちようしてやるから……」
すっと器具が抜かれ、ローションでべたべたに濡れた入り口に、熱い塊が押し付けられたのを手塚は感じた。
はっとして目を開くと、忍足が自分に覆い被さっていた。
「や、やめろ……ッッ」
声が上擦った。
怖いと思った。
信じられなかった。
どうして、こんな事に----------!!
忍足は、蒼白となった手塚の顔を見下ろしていた。
ぎゅっと目を瞑って微かに震えている風情が、たとえようもなく可憐だった。
「行くで………」
低く告げると、はっと一瞬黒い瞳が開かれて、自分を映し出した。
黒曜石の瞳に、自分が映っている。
ぞくぞくと喜びが込み上げてきた。
その喜びのままに、忍足はぐっと身体を押し進めた。
跡部と試合をしていた時の手塚は、なんと美しかっただろうか。
でも、今自分の腕の中で、自分を受け入れている彼は、もっと綺麗だ。
(俺のものや……………)
なんとも言えない喜びが、心を充たす。
忍足は唇に最上の笑みを浮かべながら、手塚を貫いた。
FIN
な、なにか一周年ということで書きたかったので書いたらこんなのになった(汗)