縁結び
テレビのスピーカーから、ゴーンゴーンと厳かな除夜の鐘が響いてくる。
画面の中では篝火が焚かれ、善男善女が元朝参りに出かける姿が映し出されている。
跡部はぼんやりとその画面を見て、けっと舌打ちした。
こんな時間まで-----跡部が夜中まで起きていることは珍しくなかったが、しかし、こんな風に一人で、しかもNHKの真面目な番組などを見ている事などなかった。
一年に一度もないような光景なのだが。
ごろり、とベッドに仰向けになって、跡部はつまらなそうに頭を振った。なぜ、跡部が新年早々真面目なNHKなどを見て時間をつぶしているかというと。
今日の今頃は-----本当だったら、手塚と一緒に元朝参りに出かけているはずだった。
一緒に行こうぜ、としつこく誘って、漸くOKをもらったのだ。
真面目な手塚は夜遊びなどしない。
だから、付き合い出してからも、夜は跡部はいつも一人だった。
誘っても、或いは、『俺が一人で誰かをナンパしちまうぜ』、と脅しても、微かに眉根を寄せて、跡部を困ったように見つめて、静かに跡部を見つめるばかりである。
跡部は必ず自分が折れていた。
悪い、と言って、手塚の頭をくしゃっと撫でる。
手塚が微笑んで、すまないな、と言うのを聞くと、もう、どうにも手塚が可愛くなって、それだけで心が躍ってしまう。
何しろ、俺がべた惚れなんだもんな……。
自嘲して、しかし、手塚にベタ惚れな自分も可愛いな、などとちょっと思ったりもしていたのだった。
そういう風に寂しい夜を過ごしていた跡部だったが。
夜遅くまで起きていない手塚が、12月31日の夜だけは起きていて、しかも新年になったと同時に元朝参りに行く、という事をふとした事から聞いて、跡部は俄然張り切った。
「よし、じゃあ、俺がついていってやる」
「……お前がか?……行っても面白くないと思うが?」
「いいじゃねえか、別に。……俺が行くと悪いのかよ?」
「……いや、悪くはないが」
「じゃあ、いいだろ?」
渋る手塚を口説き落として、新年早々のデートをとりつけたのだ。………が。
「……くそっ!」
いらいらして、跡部はベッドサイドにおかれていた時計を床になげつけた。
ゴトン。
毛足の長い絨毯に落ちて、時計が鈍い音を立てる。
本当は、今頃。
手塚と一緒に歩いているはずだった。
手塚は恥ずかしがるだろうが、無理矢理腕を組んでやれ、などと思っていた。
心がわくわくしていたのだ。
なのに。数時間前だった。
跡部の携帯に手塚から電話があった。
「跡部か? 明日の元朝参りなのだが、実は不二も同行することになってな」
それを聞いただけで、瞬間、脳が煮えくり返った。
「おいっ、手塚、なんで不二がついてくるんだよ!」
「なんでと言われても………不二とは昨年も一緒に行ったのだ。それで、その時に約束していたんだ。俺は忘れていたのだが……不二から今年も一緒に行くって約束したと言われて俺も思いだして、不二には跡部も一緒だがと言ったら、大歓迎と言っていたぞ? 跡部はいやなのか?」
「……ああ? いやに決まってるだろ、バーカ!」
------プツ。
吐き捨てるように言って携帯を切って、跡部は携帯を乱暴に投げつけた。
「……くそ!」
悪態を吐きながら、部屋の中のものを手当たり次第投げつける。
手塚の奴………!
胸がむかむかした。
……俺より、不二のやつのほうが大事なのかよ!
床に投げつけた携帯をちらちらと見る。
携帯は沈黙したままだった。
すぐに折り返し電話がかかってきて、
『悪かった。不二には断ったから。跡部、一緒に行ってくれ』
と謝ってくると思っていたのに。
電話はそのまま、結局、かかってこなかった。そういうわけで、跡部は今、最低の気分で、ベッドの上でテレビを見ているのだった。
こんな時に、くだらないバラエティなどは見たくなかった。
いつになく真面目な局を選んだのは、そういう気持ちからだった。
除夜の鐘の音を聞いていると、跡部はだんだんと胸が詰まってきた。
胸がきゅっとなって、苦しい。
後悔が胸に広がってきて………らしくなく、溜め息を吐いた。
「くそっ、俺もバカだぜ………」
独りごちてみる。
なんだかんだ言って、自分が手塚にべた惚れなのだ。
手塚と一緒にいたくて、手塚と話をしていたくて………手塚を自分の腕の中に閉じ込めておきたくて…………苦悶する。
全く、自分らしくない。
こんなに、誰か一人に心を占領されて、自分が自分じゃないみたいに取り乱すなど。
「……くそ!」
もう一度、言ってみる。
でも、勢いがなかった。
力無くベッドに突っ伏して、跡部はまた溜め息を吐いた。そうしてベッドの上でぼおっとして、どのくらい経ったろうか。
がた、と部屋のドアが開く音がして、跡部ははっと我に返った。
どうやらぼんやりと物思いに耽っていたようだった。
お手伝いさんでもあるのか、と思ってドアの方を向いて、
(て、手塚………)
ドアの所に立っていたのが手塚だったので、跡部は驚愕した。
手塚は寒いのだろうか、青ざめたような肌に、紫色の唇をしていた。
「……入っていいか?」
静かな、落ち着いた声。
どっと胸に何かが溢れてきて、跡部は思わず顔を背けて頷いた。
手塚が入ってきて、ソファに座る。
コートとマフラーを取って、それから手塚は、下げていたバッグの中から小さなものを取り出した。
「……跡部……」
「……な、なんだよ……」
自分をうかがうように話しかけてくるので、跡部は無視できなかった。
眉を顰めたまま振り向くと、
「…………」
目の前にお守りが差し出された。
「………なんだよ?」
「……買ってきた。……こういうのを持つのは、跡部の性に合わないかもしれないが………良かったら、持っていてほしい」
「………」
手塚の手の平に乗ったお守りは、濃緑色の上品な模様の布に包まれていた。
「……縁結びのお守りなんだ」
手塚が小さな声で呟いた。
「恋人が揃いで持つと、ご利益があるというので……買ってきた。……持ってもらえると、嬉しい」
「て、手塚……」
思わず手塚の顔を覗き込むと、手塚は少し頬を赤らめ、困ったように視線をゆらめかした。
「お前が怒ったのは当然だ。すまない。……俺も、お前と二人で行きたかった。……俺のこと、許してくれるか?」
「………べ、別に、俺は怒ってねえぜ……」
面と向かって謝られて、跡部も頬が赤くなった。
「な、なんだよっ、そんなに改まることねえだろ?」
慌ててお守りを受け取ろうとして、手塚の手の平を触って
「……冷てえぜ?」
手塚の手があまりにも冷たいので、跡部はぎょっとした。
「……手塚?」
ぐい、と手を引いて抱き込むと、髪も身体も、氷のようだった。
「どうしたよ、なんでこんなに冷えてんだ?」
「……お前に逢いたくて、ここまで来たんだが、なかなか、入れなくて………少々外にいたから……」
「バカだなっ!すぐに入ってこいよ!」
突然、心の中に暖かい愛情が溢れ出してきて、跡部は力一杯手塚を抱き締めた。
「風邪ひいたらどうするんだ? アア?」
「すまない……」
「謝らなくていいって!」
「ああ………」
手塚が安心したように息を吐く。
たまらなく手塚が愛おしくなって、跡部は手塚の唇に噛み付くように口づけた。
「バーカ……」
一度深く口付け、少し離してそう言うと、手塚が含羞かんで笑った。
「良かった………お前に嫌われたかと思った……」
「嫌うわけねえだろ! バーカ!」
もう一度言って、それからまた噛み付くように唇を合わせる。
手塚が目を閉じて、そっと跡部の背中に手を回してきた。
「そうだな……」
「そうに決まってんだろ!」
勢い余って手塚をソファに押し倒し、上から押さえつけて唇を奪う。
「…………」
冷たく、柔らかな感触が広がる。
心が温かくなって、全身に幸福感が溢れてくる。「なぁ、手塚…………初エッチと行こうぜ?」
「…………」
手塚の頬が染まって、切れ長の目がほんのり潤み閉じられる。
それを上から満足そうに眺めて、跡部は手塚の眼鏡を取った。しんしんと夜が更けて、外には新年の月が明るく輝いていた。
FIN
跡部とですね、手塚はこんな感じのバカップル推奨だったり(笑)