恋心















跡部景吾は、樺地崇弘の事が好きだ。
どのくらい好きかというと、樺地が側にいないと不安で気がかりで、居ても立ってもいられなくなってしまう程好きだ。
樺地の『ウス』と言う返事を、一日でも聞かないと生きていけないくらい好きだ。
樺地が後ろから付いてこないと、一人では歩けない……かもしれない。
樺地がいないと、部活ができない……事はないが、殆ど身が入らない事は確かだ。
いつのまにそんなに樺地を好きになったのか分からないが、気が付いてみたら跡部は、樺地がいないと寂しくて何もできない人間になっていた。
----------それどころか。
最近では、樺地を見るたび、胸がドキドキする。
樺地に触れられると、その部分が、火でも点いたかのように熱くなる。
胸がズキンとして、全身がカァっとなる。
樺地の着替えなんか見てしまった日には、もう、心臓が破裂しそうになってどうにもならない。(←いつもは、意識して見ないようにしている。)
あの腕に抱かれたら、どんな感じがするだろう、とか。
思い切り、骨が折れるほど抱き締められたい、とか。
ついつい、部活中にもそんな事ばかり考えるようになってしまって、練習も疎かになってしまう。
さすがに跡部も、それには困った。
いくらテニスが上手いと言っても、練習をさぼったら正レギュラーから落ちてしまう可能性はある。
折角部長になれたのに、ここで正レギュラーから落ちてしまったりしたら、格好悪くてテニス部を続けられない。
それは困る。
---------という訳で。
樺地が2年生になったのを機に、跡部は思い切って、二人の関係を一気に進めてしまおうと決心した。
すなわち、樺地と身体の関係を持つことに決めたのだ。
跡部の一大決心だった。




















さて、一方的に身体の関係を持つ、と決めてしまったのはいいが。
当の樺地がどうなのか、という事に関しては、跡部は、樺地だから自分の言うことを聞かないはずがない、と楽観視していた。
それに、樺地だって自分の事を好き(なはず)だから、その点では支障はない。
樺地も中学2年生。大人の経験をしたって構わない年だ。
とかなんとか、いろいろと理屈を付けて、跡部は自分を納得させた。
実のところ、何にも知らないらしい樺地を無理矢理大人にする事に対しては、少々罪悪感を感じてはいたのだ。
でも、自分の身体がもう持たない。
背に腹は代えられない。
(……樺地だって、オレが教えてやった方が、幸せだよな………)
などと自分に都合のいいように考えて、跡部はまず樺地にその手のいかがわしい本を渡してみた。
ホモのセックスの仕方の書いてあるハウツウ本だ。
インターネットで探して、こっそり通販して買った本だ。
タチ役(ホモの男役)のやり方について詳しく書いてあるというロクでもない本だが、樺地に読ませるのにこれほど適した本はない。
(当然の事だが、跡部は自分がタチをやる気はない。あくまで樺地に抱かれたいのである。)
跡部は随所(樺地に覚えてもらいたい重要な箇所)に蛍光マーカーで色を付け、しかも、相手の所に跡部、とわざわざ書き加えて-------例えば、こんな感じ(カッコ内は跡部が書き加えている)→『初めはまず優しく(跡部さんに)口付けをしましょう。(跡部さんの)肩をそっと抱き寄せて、顔は少し斜め向きにして、鼻と鼻がぶつからないようにしましょう。その際、唇の形をなぞるように舐めてあげると(跡部さんが)喜びます。』------で、樺地に渡した。
「いいか、樺地。この本に書いてあることを、オレとおまえでやるんだからな。ちゃんと覚えてくるんだぞ?」
「ウス」
何の疑いも持たない樺地の返事を、跡部は些か心苦しく、しかし期待と不安でドキドキしながら聞いた。




















数日後の金曜日。
部活終了後、跡部は樺地を自分の家に呼んだ。
明日は学校が休みだから、夜遅くまで起きていられるし、何より、樺地を泊まらせることが出来る。
いよいよ決行である。
「今日は泊まりだからな、樺地」
「ウス」
「この間渡した本の内容を、オレとおまえでやるんだからな?」
「ウス」
分かっているのかどうなのか、樺地はいつもと同じように返事をする。
その反応を見る限り、どうも分かっているようには思えない。
(ホントに読んだのかよ………)
勿論、樺地が自分の言うことを聞かないはずがないから、読めと言ったからには、必ず読んでいるはずなのだが。
でも、読んでも意味が分からなかったかもしれない。
どうだろうか?
全然分かってなかったらどうする?
不安と緊張が高まる。
ドキドキする胸を押さえて家に帰って、夕食を食べて風呂に入る。
そして。
いよいよ寝る時間になった。




















豪華な跡部の部屋。
その壁際に沿って置かれている大きなベッドの上に樺地を座らせて、その隣に恐る恐る座り、跡部は樺地をうかがった。
「この間の本、ちゃんと読んだろうな、樺地?」
そう聞くと、
「ウス」
とすぐさま返事が帰ってきた。
(ほ、ホントに読んだのか………?)
普段通りの飄々とした樺地の様子に、跡部は挫けてきた。
「じゃ、じゃぁ、ちょっとやってみろ……」
とりあえず、口ごもりながらそう誘ってみる。
「ウス」
すると、すぐに返事をして、樺地がおもむろに跡部を抱き締めてきた。
(う………うわ………!)
樺地の体温を感じて、跡部は驚いた。
(おいおいホントかよ………樺地がオレを抱き締めてるぜ……!)
今まで、どんなに樺地に抱き締められたかったか。
樺地の腕とか胸とか見る度に身体が疼いていただけに、跡部は感激で目頭が熱くなった。
「樺地………」
樺地の胸に顔を擦り付けて、大きな背中に腕を回す。
樺地が跡部を強く抱き締め返してきた。
身体が一気に熱くなる。
「樺地ぃ………」
思わず甘えた声が出た。
と、樺地のごつごつした大きな手が跡部の首に回された。
ぐっと力を込めて、跡部の首を掴んでくる。
その勢いで上向いた所を、すっぽりと樺地の唇で覆われ、跡部は予想していたにも関わらずぎょっとした。
(樺地がオレにキスしてる………!)
この手順は、樺地に渡した本に書いてあった通りだった。
しかし、まさか樺地がそれを衒いもなくやるとは思っていなかっただけに、跡部は狼狽えた。
もっと、こう、たどたどしく、不慣れな感じで…………自分がリードしてやらなければ駄目だろうとか、勝手に思っていたからだ。
--------なのに。
歯列を割って、樺地の舌が跡部の口腔内に入ってきた。
ぬるりと入ってきて、跡部の舌を探り当てると、情熱的に絡みついてくる。
「ん………ん………ッ」
熱く弾力のある唇の感触に、脳が蕩ける。
背筋を甘い戦慄が走り抜け、身体の力がカクン、と抜ける。
「や………あ……ん…」
思わず鼻にかかった吐息を漏らすと、樺地が更に行動を起こしてきた。
跡部が着ていたパジャマ代わりのTシャツをたくし上げて、直に跡部の肌をまさぐってきたのだ。
「…………ッッ!」
節くれ立った大きな手が跡部の腹を這い、それからすっと上にあがってきた。
胸の突起を太い指で摘まれ、跡部はビクン、と大仰に身体を揺らした。
本に書いてあった通りに、樺地が絶妙に指を蠢かして、跡部の乳首を愛撫してくる。
「かば……じ………ッ!」
乳首がジィン、と疼いて、跡部は眩暈がした。
身体の奥から熾火のような熱が広がって、下半身に熱い血流が集中する。
「あ……は………くッッ!」
と、その下半身を樺地がぎゅっと掴んできたので、跡部は溜まらず悲鳴を挙げた。
樺地は、跡部のズボンの中に手を入れて、直にそれを握り込んできたのだ。
「あ………あ、あ………ッッ」
樺地が跡部の首筋に顔を埋めてきた。
熱い吐息と濡れた舌の感触を首筋に感じ、跡部は総毛だった。
「あ………だ、めだ………」
樺地がこんなに手慣れているなんて………!
跡部はかつて経験したことのないほど、狼狽した。
………どうしてこんなに?
まさか、あんな本を読んだだけで、こんなにできちまうもんなのか?
樺地がこんなに上手いなんて、予想してなかった。
どうしよう、オレ…………。
このまま…………オレは樺地とやってしまうのか?
オレは、オレは…………。
跡部は混乱した。
(…………ど、どうするんだ……!)
樺地の指が、自分の性器を扱いてくる。
ズキン、と鋭い快感が脳天まで突き刺さり、目の前が霞む。
性器の先端から滲み出た液体の水音が響いて、跡部は羞恥で目が眩んだ。
「……だッ………だめだッッ!!」
無意識に跡部はそう叫んで、次の瞬間、樺地を勢い良く押しのけていた。




















「……跡部さん?」
樺地が首を傾げて困惑したように跡部を覗き込んできた。
「……良くなかったですか?」
「い、いや、違う………けど………」
「悪い所があったら言って下さい。直しますから……」
「ち、違うんだ………」
樺地は悪くない。
悪く無いどころか、すごく上手かった。
上手くて、気持ちよくて………。
だから、怖かった。
樺地がなんだか別人になってしまったようで。
……オレは………樺地とセックスしたかったはずなのに。
なのに、なんで怖がったりしてるんだろう?
樺地は嫌がってなくて、しかも上手で、このまますぐにでもできそうだったのに。
-------でも。
「……樺地……」
「ウス」
「今日は、もういいから……」
跡部は俯いてそう言うと、樺地の背中に腕を回した。
「…………?」
「今日はさ、ただ抱いてくれればいいよ」
「跡部さん?」
跡部はふうっと息を吐いて、樺地にもたれ掛かった。
心臓がドキドキしていて、息が苦しい。
下半身はまだ熱く滾っていたけれど、でもそれを解放させたいとは思わなかった。
それより、こうやって樺地にもたれ掛かっているだけの方が、ずっと良かった。
「……樺地、おまえ、すっごく上手かったよ。……でも今日はいいや。……なぁ樺地、このまま一緒に寝ようぜ?」
「……ウス」
樺地が返事をして、跡部をそっと抱き締めてきた。
樺地の厚い胸に顔を押しつけて目を閉じると、トクントクン、と、樺地の規則正しい鼓動が耳に響いてくる。
それを聞いていると、すごく安心した。
オレってバカだよな………。
何を焦っていたんだろう。
樺地にこうやって抱いていてもらえるだけで、良かったのに。
「樺地………」
「ウス」
「なぁ、オレのこと、…………好きか?」
「ウス」
「ウスじゃなくて、ちゃんと言えよ。……オレのこと、好きか?」
「……好きです……」
樺地の低い優しい声を聞いていると、胸の中の焦りとか、不安とか、苛々がすうっと治まっていくような気がした。
そして、自分がすごく恥ずかしくなった。
樺地と無理に関係しなくたって、こんなに幸せになれてるのに。
オレって………。
「……バーカ………」
恥ずかしさがこみ上げてきて、跡部は口ごもりながらそう言って、それから樺地の胸に顔を埋めた。





















樺地はやっぱり聖域かな?