狼疾-rou-shitu- 《2》
二人は全裸だった。
桃城の目からは、彼らの全てが余すところ無く見て取れた。
忍足が腰を引き、また勢いよく腰を跡部に打ちつける。
そのたびに湿った水音が桃城の耳まで届いた。
跡部が忙しく頭を振り、背筋を反り返らせて甘い声を上げる。
「なんや、今日はえらい乗ってるんやないの?」
のんびりとした、からかうような忍足の声がする。
「…ふん、言ってろ」
切れ切れに喘ぎながら、跡部が答える。
「ん………」
にやにやしながら忍足が手を回して、跡部の中心を愛撫する。
そのたびに身体を震わせ、跡部が喘ぐ。
「お、したりっ………」
甘えるような語尾の長い呼び声。
桃城はかっと身体が熱くなった。
がんがんと鼓動が全身を揺るがせてくる。
目の前がくらくらして、息ができない。
頭の中にわんわんと何千匹もの蜂が騒いでいるようだ。
そんな感じで吐き気までしてくる。
「あ………ん………ッッ!」
絶頂が近いのか、跡部が切羽詰まったような喘ぎを漏らした。
「なんや、早いな?」
くすくす笑いながら、忍足が腰の動きと跡部に添えた手の動きを早める。
ほどなくして、激しく動いていた二人が動きを止め、満足そうに息を吐いて、忍足が跡部から身体を離した。
ぐったりとソファに突っ伏して、快楽の余韻に浸る跡部を横目に、忍足が鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で衣服を着け始める。
呆然としたまま見ていた桃城は動けなかった。
「……ほな、お先に」
全裸の跡部をその場に残したまま、忍足が片手を上げスポーツバッグを担いで自分の方に近付いてくる。
-----隠れないと。
脳裏を微かにそんな言葉がよぎったが、身体が全く動かなかった。
ふんふんと歩いてきた忍足がガチャ、とドアを開けようとして、その外にいる桃城に気が付いて、一瞬目を丸くする。
「なんや、青学の桃城君やないの?」
表情を凍り付かせている桃城と目が合って、忍足は丸くした目を細めて苦笑した。
「……なるほど。燃えてたわけが分かったわ」
背後の跡部をちょっと振り返って苦笑混じりにそう言う。
それから少々肩を竦めて、肩に担いだスポーツバッグを掛け直し、ドアで桃城と擦れ違いざま、
「…まぁ、気張れや……」
とぽんと、桃城の肩を叩いて、部長室を出ていった。
カツカツ…………。
リノリウムの床を靴音が響いて、だんだん小さくなる。
音がしなくなってもぼんやりした桃城はまだ、忍足が消えていった廊下の先を見ていた。
すると背後で物音がした。
振り返ると、気怠そうに跡部がソファの上で半身を起こし、乱れた前髪を掻き上げながら、灰青色の瞳を眇めて、じっと桃城を見つめていた。
動けなくて桃城は立ちすくんだ。
「ふん………入ってこいよ」
唇の端を少しだけつりあげて、跡部が艶然と笑う。
動かない体を漸くぎくしゃくと動かして、桃城は跡部の前まで歩み寄った。
スポーツバッグから、やはりぎくしゃくとしたまま、頼まれていた書類を出して跡部につきつける。
跡部の全裸が、桃城の目に飛び込んできた。
乱れた薄茶色の髪。
額に張り付いた、髪の筋。
ほんのりと上気した頬。
濡れた桃色の唇。
日に焼けていない身体は白く、そこに花が咲いたように薄紫色の跡が転々と残っている。
色素の薄い跡部は、乳首の色も薄かった。
視線を逸らしても目に入ってきてしまう、筋肉の過不足無くついた美しい肢体。
しっとりと濡れそぼった陰毛。
その中で半分頭を擡げている、跡部自身。
薄桃色にひくひくと動きながら、先端に透明な液を滲ませ、その液が部屋の照明に当たって、きらりと光る。
思わずごくり、と唾を呑み込んで、桃城は顔を背けた。
胸が痛い。
鋭い矢がぶすり、と突き刺さったように鋭く痛む。
身体が熱い。
下半身が今にも爆発しそうに、鼓動と共にびくびくと脈打ってくる。
桃城は唇を噛み締めた。
「んじゃ、失礼するっス」
跡部が気怠げに手を出して書類を受け取ったのを確認し、捨て台詞のようにそう言うと、ばっと身を翻して逃げようとする。
が、書類を出した手をそのまま跡部が掴んできた。
「……ヤんねえのかよ?」
濡れた、よく響く低い声。
全身が粟立ち、総毛だった。
我慢できずに桃城は、スポーツバッグを乱暴に床に投げ捨て、むしゃぶりつくようにソファの上の全裸の跡部に圧し掛かっていった。
「ふふふ……桃城……」
まるで初めての経験とでもいうようにぎこちなく余裕のない桃城に、跡部がゆったりと微笑む。
噛み付くようなキスを受けて、自分からも桃城の首に腕を回し、桃城の短い髪を撫でながら、唇を深く合わせてくる。
熱い舌が桃城の口腔内に入り込んでねっとりと絡め合わされ、それだけで桃城は眩暈がしそうだった。
ベルトを弛めるのももどかしく、自分のものを引き出すと、そのまま跡部の両足を肩に担ぎ上げ、奥まった箇所に自分のものを押し当てる。
「……がっつくなよ?」
いささか呆れたような声に、ますます頭に血が上り、桃城は次の瞬間一気に跡部の中に押し入っていた。
「う…………ッッ」
さすがに衝撃が来たのか、跡部が白い喉を仰け反らせて喘ぐ。
その喉の動きが淫らで、桃城は更に唾を呑み込むと、激しく抜き差しを始めた。
「う……く………くそッ…てめッ、乱暴なんだよッッ」
きれぎれに呻きつつも、気持ちがいいのか、跡部が満足げに息を吐きつつゆるやかに顔を振る。
熱く火傷しそうな跡部の内部が桃城自身を締め上げ、蠕動して、絶頂に導いていく。
桃城はあっという間に弾けた。
ぐっと腰を突き出し、跡部の最奥に自分の欲望を迸らせる。
はぁはぁと荒い息づかいだけが部屋の中に響いた。
「ん………ッ」
桃城がイった瞬間に跡部が上げた甘やかな喘ぎが、いつまでも桃城の頭の中で反響していた。
しかし。
激情が去るとなんとも言えず苦い後悔が込み上げてきた。
胸がきりきりと痛み、自己嫌悪が全身を苛んでくる。
そんな桃城の様子に気が付いたのか、まだ桃城を内部に収めたままの跡部がうっすらと目を開き、灰青色の美しい瞳で桃城を見上げてきた。
「……俺は誰とでも寝るんだぜ?」
語尾を甘く伸ばして桃城に囁くと、気怠い腕を上げて桃城の首を抱き込み、唇にねっとりと吸い付いてくる。
不意に鼻の奥がつんとなってきて、桃城は顔を顰めた。
涙がどっと溢れて、跡部に口づけられたまま、それが頬を伝う。
嗚咽が堪えきれなくなり、桃城は自分からも跡部の身体をかき抱くと、貪るように口づけた。
何度も何度も角度を変えて口付け、跡部の身体を骨が折れるほど抱き締めて嗚咽する。
「……バーカ」
しばらく桃城のするがままにさせていた跡部だったが、やがてゆるやかに首を振ると、力を込めて桃城の身体を押しやってきた。
虹彩をすっと狭めて、桃城をじっと見上げて、口角をつりあげて笑う。
「…テメェなんざ嫌いだぜ。分かってんだろ?」
前髪を掻き上げ、優雅な動作でソファから立ち上がる跡部を、桃城は動けずにただ眺めていた。
テーブルの上に放り投げられていたタオルを取って跡部が身体を拭き、制服を身に着け始める。
「跡部さん……」
「もう用は終わりだ。出てけよ」
シャツのボタンを止めながら、跡部が桃城にもう興味はない、というように背中を向けたので、桃城は瞬時かっとなった。
立ち上がって強引に跡部を抱き寄せ自分の方を向かせると、彼の顎を固定し、噛み付くように口づける。
唇を吸い、歯列をこじ開けて舌を差し入れ、跡部の舌を捉えると、絡ませて強く吸う。
「……なにしてんだよ!」
「う……っっ!」
突然鳩尾に拳を入れられて、桃城は思わず呻いた。
怯んだ所を思い切り蹴飛ばされ、後ずさる。
跡部が秀麗な眉を寄せて、桃城を睨んできた。
唇をぐい、と手の甲でぬぐい、いまいましげにけっと唾を吐く。
「………すいませんでした」
何とも言えない気持ちがこみ上げ、桃城はいたたまれなくなった。
床に転がっていたスポーツバッグを拾い上げ、衣服の乱れもそのままに、くるりと踵を返す。
「バーカ、二度と来んじゃねえ」
ドアを走って出ようとする桃城に、跡部が追い打ちをかけた。
ぐ、と胸がつまり、息が出来ず、桃城は唇を血が出るほど噛み締めて、廊下に飛び出た。
そのままかつかつと派手な音を立てて廊下を走り、だだだだっと階段を転がり落ちるかのように駆け下りる。
外に出て、暗い校庭を一目散に逃げるように走り、校門を出ても、桃城は息を限りに走った。
息をする間もなく走り、肺が酸素を求めて悲鳴を上げるのにも構わず、足が縺れるのも構わず走る。
さすがの桃城にも限界が来た。
桃城は、走っていた道路の突き当たりの小さな公園の入り口で、崩れるように座り込んだ。
突っ伏してはぁはぁと全身で息をしながら暗い地面を眺める。
視界がぼやけ、あっという間に涙が後から後へと溢れ出てきた。
ぽたぽたと地面に落ち、黒く濡れていく。
「ぅ……っうう……っっ」
声を押さえる事が出来なかった。
しゃくりあげながら、地面に突っ伏して激しくなく。
道行く人々が桃城の方を見ながら、歩いていく。
それでも桃城はやめられなかった。
胸が真っ二つに裂けたような気がした。
裂けてそこから溢れ出た血が、地面に広がっていくようだった。
拳を地面に叩き付け、全身を震わせて泣く桃城を、夜の帳だけがそっと包んでいった。
てなわけで相変わらず可哀想な桃城(汗)