「こちらへどうぞ」
看護士に促されて俺は母親と一緒にナースセンターに入った。
くるり、と丸椅子を回して医者が俺の方を向いてくる。
30代半ばぐらいの、闊達な感じの医者が、今日は沈鬱な表情をしている。
勧められた椅子に座って、母親が顔を強張らせる。
「誠に残念ですが、幸村君の病状は回復は難しいと思われます」
医者がゆっくりと、俺や母親の顔を眺めて言う。
「難しいって、先生…」
母親がそこまで言って黙り込む。
「…テニス、できますか?」
母親に代わって俺が口を開いた。
医者が俺の方を向いてきた。
「…レクリエーションとしてなら、大丈夫だよ、精市君」
「…そうじゃなくて」
「……選手として、というのは、……無理だね」
-----無理だね
無理……。
その単語が頭の中にエンドレスで響き渡る。
ガンガン、と頭が割れるように痛む。
-----テニスは、無理。
じゃぁ、俺は……俺はこれからどうしたら……!














「…むら、幸村……」
はっと目を開くと、深い焦げ茶の瞳が俺を覗き込んでいた。
「…………」
息をひゅっと吸って、俺は忙しく息を繰り返した。
「…大丈夫か、幸村?」
手を握られている。
真田の熱い大きな骨太の手が、俺の手をしっかりと握っている。
夢か………。
そうだ、夢だ。
俺は、テニスをできないなどという宣告はされていない。ちゃんと治ると医者に言われたはずだ。
だから、……さっきのは、夢だったんだ。
ほっとして、全身から力が抜ける。
………良かった。
冷や汗だろうか、汗をびっしょりとかいているのに、気づく。
そうだ、夢だったんだ。
何も、心配する事はないはずだ。
そう自分に言い聞かせる。
しかし、ほっとすると、今度は猛烈な怒りが湧いてきた。
……なんで、こいつが俺の病室にいるんだ?
しかも俺に断りもなく、手まで握っている。
更に許せない事に、心配そうな顔をして、俺のことを覗き込んでいる。
なんだ、この体勢は。
まるで俺が真田に慰められているようじゃないか。
真田なんかに、心配されているなんて。
………こんなやつに。
夢の中で感じた絶望と、真田の健康な身体への嫉妬と、同情されている、という憤慨と、いろいろな感情が一緒になって噴火した。
--------バシッ!
怒りで俺は信じられないぐらい元気が出た。
乱暴に手をはね除けると、驚く真田の髪を掴んでぐっと引きずり倒した。
真田はベッドの脇の椅子に腰掛けていたが、その椅子がガタガタと甲高いうるさい音を立てて床に転がる。
「ゆっ、きむらっっ!」
狼狽した声を上げる真田を、俺は床まで引きずり降ろした。
入院してこっちそんな荒々しい動作をしたことがなかったから、忽ち息があがる。
「よ、よせっ!」
「…うるさい!」
真田が声を上げるのに被せるようにして言い捨てると、真田がはっと身体を硬くして抵抗をやめた。
俺はベッドから脚を出すと、真田の頭を裸足の足の裏で踏みつけた。
床に顔がつくまで、体重をかけて足の裏で頭を踏む。
「……く……」
真田が苦しげな声を上げた。
ぐいぐいと足の裏で真田のさらりとした黒髪を踏みつけ、真田が床に顔を突っ伏し、無様に四つん這いになるのを上から眺める。
いつもならそんなふうに真田に構う事自体面倒だったが、今日は別だった。
怒りの方が勝っていた。
真田などに同情されたのが、悔しくて口惜しくて、俺は苛立ちと立腹が抑えきれなかった。
自分が、夢の中で絶望していた時、真田はきっとうなされている俺の頭なんか撫でていたかもしれない。
優しげな瞳などをして、俺を見下ろして、慈しむように。
そう思うと我慢できなかった。
そんな権利を真田に与えたつもりはない。
思い上がりも甚だしい。
勝手に部屋に入って、俺の手を握っているなど。
「動くな、真田」
鋭い口調で吐き捨てるように言うと、真田がびくっと身体を震わせ、息を飲んだ。
ぴた、と動きが止まるのを、俺は上から瞳を眇めて見下ろした。
真田は頭を床に着け、ちょうど敬虔な宗教家が祈りを捧げるような格好で、いわば土下座して頭を垂れている格好になっていた。
ちょっと違うのは、下半身が膝をついて四つん這いになっている所で、まぁ、無理矢理土下座するような格好にさせたんだから、しょうがない。
その格好のままでぐいぐいと裸足の脚で真田の頭を踏みつけていれば気分が収まるかと思ったが、駄目だった。
こんなことをされているのに、真田が、俺を窺って気遣っている様子なのが、しゃくに障った。
少しは怒れよ、この唐変木。
「お前、バカじゃないの、こんなことされて平気なのかよ?」
いらいらした声で吐き捨てるように言うと、真田が微かに身体を震わせた。
「なんとか言えよ」
「………すまん…」
どうしてそこで謝る言葉なんか出てくるんだよ、こいつはっ!
瞬間、俺はかっと全身の体温が2、3度上がったような気がした。
怒りで目の前が赤くなる。
-----------ドスッ!
怒りに任せて真田の腹を蹴り上げ、真田が呻いて床に転がる所を、更に上から腹を踏みつけてやる。
ドスドスと何回か蹴りあげてやるが、真田はじっとしたまま抵抗しなかった。
どうせ、俺の蹴りなんか、そんなに効いていないんだろう。
真田の腹筋と、病人の脚力じゃ、真田の腹筋の方が勝っている。
(…くそっ!)
イライラが更に高じて、俺は作戦を変更し、蹴りをやめて、身体を屈めた。
真田のズボンを下着事乱暴に膝まで引きずり下ろし、尻を剥き出しにさせる。
日に焼けていない白い尻の肉が、病室内に浮かび上がると、意外にいやらしい。
自分の指を2本、ぺろり、と舐めると、尻肉を左右に割り広げて、そのままずぼっと音を立てるぐらいの勢いで、俺は真田の肛門に指を突っ込んでやった。
堅くて、なかなか入らない。
が、ぐいぐいと指を堅い肛門に埋め込み、入り口を突破した所で一気に指を突っ込むと、中は驚くほど柔らかく、俺の指を迎え入れ、熱くぬめった内壁が絡みついてきた。
「うっっっ!」
真田が驚愕した呻きを上げる。
が、呻くだけで、抵抗も逃げようともせず、俺に尻を高々と上げた無様な格好のままでじっと耐えている。
幅広い肩が細かく震えて、床につけた頭まで小刻みに震えているのが、見ていて気持ちよかった。
埋め込んだ指で熱い腸壁をひっかきながら、前後に出し入れしてみる。
最初は引き連れたような感じで抵抗のあった入り口も、何度も指を出し入れしているうちに、いい具合に解れて、綺麗に揃った襞が開いて内部の鮮紅色の粘膜まで俺の目に入ってきた。
綺麗な、色だ。
健康で、濡れ光っていて、思わずしゃぶりつきたいぐらいだ。
後ろに指を入れたせいだろうか、真田のペニスがいつの間にか勃起しており、太い肉棒が屹立して、その根元の陰嚢が堅く張り詰めてきている。
それにしても、どうして、こいつは嫌がらないのだろうか。
嫌がらないどころか、性器を勃起させて悦んでいるようだ。
もしかして、こういう風にされるのが、好きなやつなのか。
…………変態だな。
そう思ったら、俺はなんだか萎えてきた。
体温も下がって、しらけた気持ちになってくる。
しらけると共に、激昂もおさまって、気持ちが落ち着いてきた。
ぐちゅ、と湿った音をさせて指を引き抜くと、指が粘膜で濡れていた。
湯気でも立ってきそうで、気持ちが悪くなった。
洗いに行くのもかったるい。
「真田」
名前を呼ぶと、真田がおずおずと顔を上げてきた。
俺を窺っているその頬が微妙に紅潮しているようで、更に俺はしらけた。
「指が汚れた。舐めろよ」
真田の前に指を突きつける。
「……………」
真田が太い眉をぐっと顰めた。
「ほら……」
再度促すと、そろり、と身体を起こして俺の方に向き直り、下半身を露わにしてペニスを勃起させたままの格好で、俺を見上げてきた。
「ゆきむら……」
真田の赤く熱い舌と、厚い唇が、俺の指をそっと咥えてきた。
丁寧に、壊れ物を扱うように舐めるその仕草が、この男には似つかわしくなく繊細で、意外な心持ちがする。
いや、元々真田はこういう男だったか。
喉の奥まで指を突っ込んでやると、
「うぐ……」
喉を詰まらせて苦しげに真田が呻く。
それが面白くて、今度は喉に指を出し入れしてみる。
「ん…く……」
微かに眉を寄せて、俺の指を一生懸命に舐めてくる表情は、なかなかそそられた。
瞑った瞼に沿って、長い睫が微かに震えているのが見える。
指の腹で、下唇をなぞるように愛撫してやると、その指を追って、紅い舌が左右に動く。
「真田……」
俺は殊更優しい声を出した。
真田がうっすらと瞳を開く。
霞みがかかったように濡れた、黒い瞳が、俺をじっと見上げてきた。
「はしたないんだな、お前……なんだ、これは……」
足の先で真田のペニスを軽く蹴る。
「ぅ……ッッ!」
真田が呻いてびくん、と身体を震わせた。
「人が入院している所へ勝手に来て、一人で興奮してそんなにして……礼儀知らずもいいところだ」
足の指で亀頭を挟むようにしながら爪でつつくと、真田が眉をく、と顰めた。
足の先にあたる弾力のある肉の感触。
熱く濡れたその肉塊を足指で擦ると、そこはびくびくと脈打って俺の指に合わせて頭を左右に振る。
「……淫乱」
真田の口から手の指を引き抜きながら吐き捨てるように言って、俺は足首のスナップを利かせてペニスを力任せに叩くと、脚をベッドに戻した。
「………ッッ!」
痛かったのだろうか、真田が一瞬う、と口の中で呻いて蹲る。
ベッドにごろり、と横になって、俺はもう真田から目を離して、窓の外を見上げた。
…………テニス。
テニスが、したいな……。
白い雲の切れ端から覗く青空が、俺の目に眩しい。
テニスができるようになったら、こんな俺ともおさらばできるんだろうか。
まだ病気をしていなかった頃の俺に、戻れるんだろうか。
俺の背後で、真田が息を詰めて俺を窺っている気配がした。
俺は振り向いてやらなかった。














あきらめた真田が出て行くまで、俺は最後まで振り向かなかった。
パタン、と軽く扉の閉まる音がして、病室に静寂が訪れる。
漸く振り向くと、真田が置いていったのだろう、ノートを破ったような切れ端に、右上がりの金釘流の文字で、
「すまなかった。どうか、怒らないでくれ。いつもお前を見守っている。お大事に。また来る」
と走り書きがあった。
俺が蹴飛ばした椅子がきちんと元に戻してあって、その上に乗っていた。














そっとその紙切れを手に取り、暫く眺めて、それから俺はそれをくしゃ、と丸めると、部屋の隅の屑籠に放り投げた。
紙屑は、ひっそりとした病室の中で、軽い音を上げて屑籠の中に消えていった。
















真田がバカ過ぎかな(汗)