初詣 
《2》











「ごめんね…」
「い、いや…」
二人きりになると、急に恥ずかしくなった。
先ほどまでむかむかして、子供じみた冷たい態度をとっていたのではないか、と気に掛かる。
視線を微妙にずらして答えると、幸村が真田の節くれ立った手をそっと握ってきた。
「真田…」
「…な、なんだ?」
「ちょっと寒くないか?」
「幸村は寒いのか?」
「…ちょっとね。参拝もしたからさ、俺のうち、来ない? ここから近いし」
幸村の家には何度かお邪魔していたから、場所も分かっていた。
「しかし、新年早々行っても大丈夫なのか?」
「あぁ、うち、今誰もいないから、気遣い無用だよ。家族で旅行に行ってるんだ」
「お前は行かなかったのか?」
「俺は……真田と初詣したかったしね」
柔らかな声音でそう言われて、真田は思わず瞬きをした。
胸が苦しくなるような気がする。
幸村は、自分と初詣がしたくて、家族旅行を断ったのだろうか。
それとも単なる言葉のあやか。
「で、ではお邪魔するとしよう…」
思わず上擦った声で答えて、羞恥を覚える。
なんとなく、自分が自分ではないようで、心許ない。
「良かった。断られたらどうしようって思ったよ」
「断るはずないではないか?」
幸村の返答に顔を上げて語気を強めて言うと、幸村が微笑した。
「そうだね、有難う…」
そんな風に優しく言われるとどうしてよいか分からなくなる。
押し黙ったまま、幸村に手をひかれるようにして、真田は幸村の家に向かった。
















誰もいない家に上がって幸村の部屋へ行くと、既に部屋は暖かくなっていた。
「暖房つけていったんだ。真田が来るかなって思って」
「……」
カーペットの上に腰を下ろしたところで、熱い紅茶を出される。
なんとなく居づらい感じがして、それを誤魔化そうと紅茶のカップを取って思いきり口の中に流し込む。
「まだ熱いよ?」
確かに熱かった。
吐き出しそうになるのを堪えてなんとか飲み干すと、幸村が呆れ顔をして自分の方を見ていた。
「…大丈夫か? なんだか落ち着きがないようだなあ…」
「……そうか?」
片眉を顰めて幸村を窺う。
と、幸村がすっと自分の側に寄ってきたので、真田は眉を顰めた。
緊張して身体が強張る。
「真田…」
「…なんだ」
「好きだよ…」
囁きながら、そっと真田の手を握って、身体を寄せてきた。
(………)
一気に心拍数が上がったような気がする。
「あけまして、おめでとう。今日は、…」
幸村がちょっと言いよどんで、それから決心したように、真田の肩に手を伸ばしてきた。
「む…」
「真田……」
心臓がばくばくする。
動けないまま固まっていると、幸村が真田の首筋に顔を埋めてきた。
「嫌なら、嫌って言ってくれよ。……そうしたら、しないから…」
と言われても、当の真田は心臓が口から飛び出しそうなほどで、どうしたらいいか分からない。
嫌ではないし、かといって自分はどう反応したらいいのか分からない。
ただ身体を硬くしているだけだ。
「好きだ…」
再度幸村が呟いて、真田の頬に薄い唇を押し当ててきた。
「……」
「こっち向いて、真田…」
無意識のうちに身体が動いた。
ぎくしゃくとした動作で幸村の方を向くと、すかさず、柔らかな唇が触れてきた。
一瞬触れて、少し離れ、また押しつけるように口付けされる。
(……………)
幸村の唇の感触に、総毛立つような気がした。
身体がますます強張り、動悸が全身を駆けめぐる。
「口、開けて…」
堅く食いしばっていたのか、幸村にそう言われて真田ははっとして口の筋肉を緩めた。
「む…」
開けた唇の間に、ぬるり、とぬめったものが入ってきた。
生き物のように蠢いて、真田の口の中深くまで入り込んでくる。
頭の芯がじいん、と痺れた。
足ががくがくする。
幸村と付き合っている以上、それなりに覚悟はしていたし、密かに自分でも願っていた事かも知れない---が、やはりどうしたらいいか皆目分からない。
パニックに陥っている間にも、幸村の舌が、真田の舌を捕らえて絡めてくる。
「ん……」
幸村の吐息混じりの声が漏れ聞こえて、真田はかぁっとなった。
感覚がいつもの何十倍も研ぎ澄まされて、幸村の微かな声とか息づかいが、まるで耳元で大声を出されているかのように感じられる。
幸村の舌の這い回る感触が、まるで全身を何かが這い回っているかのようだ。
「好きだ…」
甘い声に、全身が戦慄く。
頭の中がわんわんと鳴って、痺れが全身に広がる。
「……大丈夫?」
やがて、真田の唇や口腔内を存分に味わって名残惜しげに唇を離した幸村が、真田が身体をわなわなと震わせたまま固まっているのに気づいて、細く秀麗な眉を顰めた。
「真田…?」
「………」
「真田、…おい…」
「…あ、あぁ…」
どうやら自失していたらしい、
幸村に肩を揺さぶられて、真田は漸く我に返った。
はっと瞳の焦点を合わせて幸村を見つめ、次の瞬間、羞恥がどっと押し寄せてきて、さっと視線をそらず。
心臓がどきんどきん、と頭の上まで鳴り響いている。
幸村に触れられた肩が痺れて、その甘い痺れがそこから足の先まで広がっていく。
肩だけじゃなくて、下半身も甘く疼いている。
「真田、……今日はごめん」
「……なんだ?」
「初詣行った時、真田があんまり楽しそうにしていなかったから……気分害したんだろうと思ったんだ」
「……む…」
「でも、真田がむすっとしてるの見て、ちょっと嬉しくなった俺も俺かな…」
「どうしてだ?」
「どうしてって、真田は俺と二人きりで初詣行きたかったんだろう?」
「…別に、そのようなことは…」
「誤魔化さないように。……そうだろう、真田…」
すっと幸村の手が真田の顎を撫でてきた。
触れるか触れないか程度の軽いタッチがくすぐったくて、思わず顎を引くと、引かせまいとするかのように手がぐっと顎を掴んできて、もう一度唇が押し当てられる。
「んむ…」
再度深く口付けられ、舌を絡め取られて、真田はくぐもった呻きを漏らした。
「俺と二人きりで、初詣、行きたかったんだよな、真田……」
唇が離れると、銀糸が唇の間に糸を引く。
それを舌で絡め取って、幸村が囁いた。
「………」
無意識のうちに、頷いていた。
幸村が、嬉しげに微笑む。
「好きだよ、真田……今日は、真田にこうしてキスできて、嬉しい」
「幸村…」
「今度は、もっと、違うこと、したいな…。今年もどうぞ、よろしく」
「う、うむ。……よろしく…」
口籠もって答えると、幸村が更に微笑んだ。
「素敵な一年になりそうだな…」
「…そうだな」
「好きだよ……」
「……俺も、好き、だ……」










羽根で触れるようなキスが何度も降ってくる。
いつしか真田も目を閉じて、幸村の肩を抱き寄せるようにしていた。
















とんでもなく乙女真田