視線
 《3》












至近距離で跡部の虹彩の薄い灰青色の瞳がすっと狭められ、まるで猛禽類が獲物の小動物を見付けたときのようだった。
ぞくりと背筋の毛が逆立って、手塚は思わず立ち止まった。
「手塚……」
いったん跡部はそこで言葉を切り、それからゆっくりと微笑した。
口角が僅かに吊り上がって瞳が細められ、鋭い視線はそのままに手塚をじっと見据えてくる。
「おまえ、俺に抱かれたいんだろう?」
瞬時手塚は跡部の言った意味が理解できなかった。
呆けた表情をしていたのだろう。
跡部が更に口角をあげて、にやり、と笑った。
「自分の顔鏡に映して見てみろ?」
言っている事が分からずに、訝しげに何度も瞬きをして眉を寄せると、跡部がすっと手塚に近付いてきた。
顔を傾け、耳元に息を吹き込むようにして囁きかけてくる。
「……もの欲しげな顔をして、俺のこと舐めるように見てただろ…」
「ば、ばか言うな…」
できるだけ平静を装い、落ち着いた声を出したつもりだったが、語尾が掠れた。
「ふん……こっち、来いよ…」
跡部の暖かな息が首筋にかかる。
ぞくり、とそこから戦慄が全身に走って、手塚は戦慄いた。
すっと跡部が離れ、つかつかと部屋の中を歩き、北面の壁に沿って置かれている重厚なベッドの前まで行く。
そのベッドに腰を掛けて足と腕を組むと、跡部は瞳を細めて手塚を見た。
「…こっち来いよ、手塚」
はらり、と薄い茶色の髪を掻き上げ、綺麗に笑う。
手塚は目が離せなかった。
無意識に唇を舐め、ごくり、と唾を呑み込む。
視線が合う。
夢で見たあの視線だ。
自分を追いかけ、捉え、逃さない視線。
「手塚…」
跡部の低く甘い声が、届いてきて、手塚は僅かに身体を震わせた。
-------------どうして。
……分からない。
身体が勝手に動いて、一歩一歩跡部の方に向かって歩いていく。
なぜ、俺は……。
ぎくしゃくと歩いて、手塚は、跡部の前に歩み寄った。
跡部が満足げに微笑んで、手塚に手を伸ばす。
頬を撫でられて、手塚は雷に打たれたようにびくん、と痙攣した。
「ふふふ……おまえ、可愛いぜ…」
すっと手が眼鏡に掛かり、外される。
視界がぼやける。
手塚は何度も瞬きをした。
跡部の手が下に降り、ゆっくりと手塚のワイシャツのボタンを外していく。
ぼんやりと俯いてその動作をただ眺め、手塚は再度瞬きをした。
どうして身体が動かないのだろう。
跡部は無理強いしている訳でも何でもない。
逃げようと思えば、この部屋からすぐにでも出られる。
拘束されているわけでもなんでもないのだから。
なのに、……どうして俺は動かずにここに立っているんだ。
カチャ。
いつのまにか、シャツがすっかりはだけられ、跡部の手は、手塚の制服のズボンにかかっていた。
かちゃかちゃと軽い音がしてズボンのベルトが外され、ジッパーが降ろされ、そのまま下着ごとズボンが引き下ろされていく。
呆然としてその動作を見下ろしていると、手塚の視線に気が付いたのか、跡部が上を向いて手塚に微笑み掛けてきた。
「嬉しいだろう、手塚。…俺が抱いてやるんだからな?」
(……嬉しい?)
嬉しいとは……一体なんだ。
「ぅ……」
不意に跡部が露になった手塚自身を、何かものでも掴むかのように無造作に掴んできたので、手塚は一瞬低く呻いて目を閉じた。
--------ズキン。
そこから痛みにも似た快感が脳天まで走り抜ける。
指で揉み出すように微妙に強弱をつけて、跡部が手塚自身を扱き始める。
忽ち目の前が霞んで、手塚は無意識に後ずさろうとした。
腕を引かれ、どさり、とベッドに押し倒される。
俯せに押し倒されて、体勢を崩した所に、上から跡部が体重を掛けてのし掛かってきた。
「手塚…」
項に濡れた舌の感触を感じ、背筋が戦慄く。
「可愛いじゃねぇ、おまえ……そそるぜ。俺のことが欲しくてたまんねぇんだろ? もう、こんなにしやがってよ」
再び自身を強く握られ、思わず眉を顰めてシーツを握りしめる。
跡部が含み笑いをしながら、手塚の項から耳の下にねっとりと口付けてくる。
そうしながら右手では手塚自身を弄び、左手では器用に自分の制服のズボンをくつろげて、中から硬く漲った彼自身を引き出した。
自分自身に与えられる快感に、眉を寄せて唇を噛んで耐えていた手塚だが、いつの間にか自分が四つん這いにされ、上げた双丘を跡部が左手で割り開いて、その中心の、自分でも見たこともないような奥まった部分に何か弾力のある硬い物体を押し付けてきたのを感じ、はっと目を開いた。
「…よせ…ッ!」
さすがに手塚も、跡部が何をしようとしているのか、分かった。
信じられないことだが、跡部は自分を犯そうとしている。
まさか。…いや、でも…。
肩越しに振り返って跡部を見ると、彼は尊大な表情で上から手塚を見下ろしながら、瞳を細め、唇を歪めて笑っていた。
すっと右手を伸ばして、いつのまに用意しておいたのだろう、ベッドヘッドから何か瓶のようなものを取り出し、蓋を開けて、とろり、と中の透明な液体を指に垂らす。
その指で手塚の後孔をまさぐってくる。
「う……ッッ」
全身が戦慄するような、なんとも言えない微妙な感覚に、手塚は唇を噛んだ。
肩を震わせシーツを掴んで、それでもまだ信じられなくて、もう一度肩越しに振り返って跡部を見る。
視線が合うと、跡部が薄い虹彩を狭めて笑った。
「…行くぜ?」
気怠げな声。
「うぅ…ッッッ!!」
次の瞬間、下半身が一気に溶鉱炉に落とされたかのようにかっと煮えた。
脳天まで、針が何本も突き刺さったような鋭い衝撃が駆け上がってくる。
喉元まで何かが込み上げてきて、声が出せない。
手塚は背中を仰け反らせて、顎を上げて呻いた。
身体が真っ二つに引き裂かれたかのように、熱く鋭い痛み。
「う…ッく……ッッッ!」
声も出せず身体を震わせながら、逃げかける腰を跡部にがっちりと押さえられ、反対にぐい、と引き寄せられる。
目の前に火花が散り、一気に汗が吹き出てくる。
「きっついな、テメェ……いいケツしてるぜ、手塚…」
跡部が、彼も些か苦しげに呻きつつ、そう言ってきた。
手塚の最奥まで自身を収めると、跡部はそこから一気に律動を開始した。
怒張がすっかり抜け落ちるほど、手塚の内壁を捲り上げながら抜くと、勢い良くぶつけるように手塚の尻に自分を埋め込んでいく。
「うッ……は…ッッ!」
激しく首を振り、手塚はただ呻いた。
もう、何も考えられなかった。
理性は吹き飛び、脳の中が、痛みなのか快感なのか分からない激しい感情と感覚に支配される。
身体全部が跡部に蹂躙されているかのように沸き立ち、腰から下の感覚も既になく、全てがどろどろと溶けてしまったようであった。
「ふん……テメェもイけよ…」
軽く笑って、跡部が腰を激しく突き上げながら、手塚自身を掴んできた。
「……ッッッ!」
限界と思った快感に更に激烈な衝撃が加わって、手塚は瞬間海老のように身体を仰け反らせ、喉を枯らして呻いた。
意識がふっと浮き上がり、無意識のうちに跡部に合わせて腰を振る。
湿った水音とベッドの軋む音と、甘い吐息が部屋に充満する。
「う……ッむ…ッッ」
「名前を呼べよ、手塚……ほらッ」
手塚は弱々しく首を振った。
「俺のことが好きなんだろ、手塚。名前を呼んでみろ…」
「う…ッ嫌……だ……ッ」
「……嫌じゃねえだろ?」
乱暴に身体の中を抉られて、手塚は目の前が真っ赤になった。
「あッッ…う……あ、とべ…あとべ……ッッ!」
いったん声が出ると、その後はもう我を忘れた。
跡部に請われるままに、掠れた息の下から何度も何度も彼の名前を呼ぶ。
呼べば呼ぶほど身体が蕩け、表現しようのない快楽の波が手塚を飲み込んだ。
「ふん……俺にこうされたかったんだろう、手塚。あァ、どうなんだよ?」
「…あ、あぁ、そうだ…」
「…バーカ」
そうなのだ。俺は跡部にこうされたかったんだ。
俺は、跡部のことが……!
不意に絶頂が襲ってきた。
頭の中で何かが爆発し、全身が一気に熱くなる。
身体中の血が沸き立って、それが跡部に向かって全部流れ出していくような感じがした。
「あ、あ、あ、…あとべ…ッッ!」
----------そうだ。
俺は、……俺はあの試合の時から、お前のとりこになってしまったんだ。
こうやってお前に支配されて、お前を感じたかったんだ。
ふっと目の前が暗くなり、すうっと意識が遠のいていく。





跡部が手塚の体内奥深く、その白濁した欲望を吐き出したとき、既に手塚はぐったりと意識を喪失していた。



















手塚は跡部が好きだったという事で…