年越し














手塚の携帯が鳴ったのは、家屋で見ていた紅白がそろそろ終わりに近づこうかという時刻だった。
出てみると、不機嫌そうな声が開口一番、
「おい手塚、何してんだ?」
だった。
「……跡部か。……今、テレビを見ていたところだが」
と答えると、更に不機嫌そうに返事が返ってきた。
「なに見てんだよ」
「NHKの紅白歌合戦だ」
「くだらねえもん見てんのな」
「お前からしたらくだらないのかもしれないが、一応うちでは毎年見ることになっているからな」
「まさか家族全員で見てんのか?」
「そうだが……?」
「みんなで紅白かよ……バカみてえ」
呆れたような声がして、次の瞬間電話は切れてしまった。
「……………」
唐突な切れ方には、さすがの手塚もむっとした。
「国光、どうした?」
炬燵を囲んで向かいに座っていた祖父が、小声で話す手塚が不愉快そうな表情をしたのを見とがめて、声を掛けてきた。
「…いえ、なんでもありません…」
そう言って携帯を閉じたものの、手塚は軽く顰めた眉をそのままにしばらく携帯を眺めた。















それから10分ほど経っただろうか、紅白が終わりそうになった頃。
「すみません、ちょっと出かけてきます」
突然手塚が立ち上がってそう言ったので、
「あら、国光さん、こんな夜中に? これから家族で初詣でしょう?」
母が訝しげな顔をした。
「申し訳ありません、急用で。テニス部のことでちょっと」
「何かあったのか?」
父の問い掛けには軽く首を振り、
「心配するような事ではないのですが、ちょっと急を要するので行ってきます。初詣は帰りに自分一人で行ってきますので」
家族には心配いらないというように返答し、出かける支度を始める。
一度言い出したら頑なな手塚の気質をよく知っているのか、家族も強いて反対はしなかった。
「それでは行って参ります」
11時もかなり過ぎた真夜中、寒風吹きすさぶ中を手塚は家を後にした。














「景吾様、お客様がお見えです」
12時も回り、新年になった時刻。
跡部は一人広い自室でベッドにごろっと横になって、見るとはなしにテレビをつけっぱなしにして寝転がっていた。
そこに内線で使用人から電話が入った。
「誰だよ、こんな真夜中に……」
樺地でもあろうか、と、美しく弧を描く眉を寄せ、跡部は溜息を吐いて起きあがった。
新年でも、跡部の家には誰もいなかった。
家族はみな海外で新年を過ごしており、日本には跡部のみが残っていたからである。
昨日は大晦日ということで、豪華な食事は食べたし、今日も元旦ということで跡部邸の使用人たちが腕によりを掛けてご馳走を用意している頃だろうが、跡部は一人で孤独だった。
孤独だからといって、誰かを呼ぶなどという物欲しげな振る舞いをすることも、跡部のプライドが許さない。
先ほどあまりにも孤独で退屈なのに負けて、手塚に電話してしまったが、それ以外には全く電話もメールもしていない。
それに、手塚は家族で楽しそうにしていたから、まさか来る筈がない。
「…あけましておめでとう」
だから、突然部屋に入ってきた手塚には、跡部はぎょっとした。
ベッドから慌てて起きあがる。
「悪いが上がらせてもらった」
「……なんで、お前……?」
「電話してきだろう?」
使用人に案内してもらったのだろう、部屋に上がってきて平然とした様子で跡部のいるベッドまで歩いてくる。
「だってお前…」
「お前が寂しそうだったからな、きっと俺に来て欲しいんだろうと思った。……違うか?」
「………」
実のところ、跡部の本心は手塚に会いたくてたまらないという所だったので図星を突かれ、跡部は一瞬押し黙り、それから口端を歪めた。
「……別に………お前んち、家族で初詣とか行くんじゃなかったのか? 前行くって言ってだろ?」
跡部のひねくれた返答を聞いて、手塚は肩を竦めた。
「今年は俺抜きで行ってもらうことにした」
「そんな勝手な事して大丈夫なのか? おまえんち厳しそうじゃねえか」
「もう中学三年なのだから、別行動をしても良かろう。……俺が来て迷惑だったか?」
「…………」
迷惑どころか、手塚が来てくれて嬉しくてたまらない気持ちだったので、跡部は迷惑だ、と言えずに代わりに手塚を睨んだ。
手塚が眼鏡の奧の瞳を細める。
「今年はお前と初詣に行くことにした。ほら、出かけるぞ?」
「えっ……今から行くのかよ?」
「そうだ。ここから一番近い神社は……××神社だな?」
「寒いし眠いから行かねえよ…」
「我が儘言うな。ほら、立て」
急に腕を掴まれて引き上げられ、跡部は思わず蹌踉めいた。
「なんで俺様がわざわざ近所の神社なんかに行かなくちゃならねえんだよっ!」
と、抗議したが、意に介さず跡部のクローゼットからコートと帽子、マフラーを掴んで持ってくる手塚に、無理矢理それらを着せられる。
「いってらっしゃいませ」
と、見送られて、渋面のまま、跡部は手塚と連れだって初詣に行くことになってしまった。















「すっかり寒くなっちまったじゃねえかっ!」
極近所の神社に行ったため、ほんの20分ほどで二人は戻ってきた。
だが、真冬の真夜中だったため、跡部の白皙の頬は更に青白くなり、唇は紫色になっていた。
部屋に戻って来るなりコートを脱ぎ捨て、帽子をマフラーもとって忌々しげに吐き捨てるように言う。
手塚の言いなりに真夜中に初詣などに行ってしまったのが癪に障った。
当の手塚が悠然としているのが更に癪に障った。
手塚は別に自分と行かなくたって、家族と行けたし、わざわざ来てくれなくても良かったのだ。
そんな情けを掛けてもらうような自分が、不甲斐なく情けない。
ちっ、と舌打ちしてベッドに座り込むと、突然手塚の厳しい声音がした。
「…跡部」
はっとするまもなく、不意にベッドに押し倒され、上から体重を掛けて圧し掛かられて、跡部は驚愕した。
「な、なんだよ!」
「………」
手塚の手は冷たかった。
その冷えた手が不意にシャツをたくしあげて脇腹から入ってきて、跡部は息を飲んだ。
「おいっ、手塚っ!」
噛みつくように口付けされて、手塚の冷たい唇の感触に全身が震える。
「…よせよっ!」
必死に手塚を押し退けようとするが、手塚の射抜くような視線に思わず身体が強張った所を、すかさずボトムを下着もろとも引き抜かれた。
「……ッッ!」
冷たく氷のような指が、容赦なく奥まった蕾に挿入されて、跡部は喉を詰まらせた。
「はッ……て、づかッ………冷たいっ……ッて……ッッあッッ!」
冷たく鋭い切っ先が、自分の感じる部分を的確に突いてきた。
冷たいはずなのに快感が電流のように走り抜け、手塚の指に反して自分の中は蕩けるように熱くなる。
「うッ………は……ッッく……うッッ!」
ぐりぐりと刺激され、目の前に火花が散るような気がした。
さっきまで一人で寂しかった反動だろうか、手塚を欲してそこが蠕動を始め、手塚の指を悦ぶかのように腰が動いてしまう。
「………くッッッ!」
指が引き抜かれたかと思うと、今度は堅く熱い楔が深く侵入してきて、跡部は呻きながら背中を仰け反らせた。
挿入された部分から疼きと震えが脳天まで突き抜ける。
快感に思わず堅く目を閉じ、唇を噛み締める。
我知らず手塚にしがみつき、熱い吐息を漏らしながら、手塚の動きに合わせて腰を揺らす。
手塚の激しい吐息と、自分の吐息の音と、結合部分の湿った水音だけが部屋にこだまし、遠くで花火をあげているのか、微かな音が混じった。
「あ、ッ……くッッて、づかッッ……も、ッ………ッッ!」
後ろからの突き上げと、互いの腹の間で擦られる自身の刺激とが相俟って、何も考えられなくなる。
さっきまで孤独でつまらなくて、気持ちがすさんでいたのに。
そんな事、もうすっかり跡部の頭の中から消し飛んでいた。














「新年早々、これかよ……」
乱れたベッドに下半身を晒したままだらしなく寝転がって、跡部は額に手を当てた。
「青学の連中が知ったら、驚天動地だろうよなァ? お堅い青学の部長さんのやることじゃねえだろ…」
「付き合っているのだから、これぐらい普通じゃないのか?」
「………手塚……」
いつもの固い口調でしれっと返されて、跡部はもうなにも言えなかった。
「いい年明けだった。今年も宜しく」
ベッドの上で正座して、手塚がかしこまった口調で、頭を下げてきた。
「………よろしく…」
真面目に言われて反論しようがなく、跡部もベッドに座り直すと、ぼそぼそと歯切れ悪く答えたのだった。