牢籠
−rourou− 《2》











口付けを交わしてしまうと、後はもう自然に身体が動いた。
ソファに真田を押しつけ、更に深く唇を押し当てる。
真田の黒髪が頬を擽る。
角度を変えて数回唇を触れ合わせ、舌を滑らせて真田の口腔内をまさぐる。
絡んでくる熱い舌の感触に、背筋に戦慄が走った。
どうしてこんなに俺は興奮しているんだろう……。
ぼんやりと頭の片隅で考える。
まるで、この世に真田と自分しか存在していず、一人ずっと孤独に旅をしてきてようやっとその相手に巡り会えたかのように……。
飢餓感がやっと満たされたような、なんとも言えない高揚感。
「弦一郎……ッ」
むしゃぶりつくように唇を合わせ、舌を絡め取って吸い上げる。
真田の手が、柳の首に回ってきた。
項を軽く撫でられて、総毛立つ。
全身が瘧にでも罹ったかのように震え、下半身にダイレクトに血が集まっていく。
真田が、欲しい。
繋がって一つになりたい---------!
強烈な欲望が込み上げてきて、柳は息を飲んだ。
もっと唇を合わせていたい衝動をもぎ取るようにして唇を離すと、もどかしげにネクタイを外し、乱暴にシャツを脱いでいく。
真田の潤んだ黒い瞳がじっと自分を見つめている。
視線を感じた部分が焼けるようだった。
弦一郎が、……愛しい……。
不意にそんな言葉が脳の中に浮かび上がってきて狼狽する。
愛しいなど……いったいどうしてそんな言葉が……。
だが、一旦浮かび上がった言葉は生き物のように脳の中でぐるぐると回った。
「弦一郎…」
ズボンを下着もろとも脱ぎ捨て、真田のジャージのズボンをも戦慄く手で引きずり降ろすと、柳は己の勃起したものを真田の後孔に押し当てた。
息が吐けなかった。
何の準備もなく挿入するなど、真田の身体に負担を強いるだけだと分かっていたが、止められなかった。
それどころか、真田自身が誘うように脚を開き、柳の首に回した手で柳を引き寄せてきた。
「いいぞ。……すぐに来い……」
低い、甘い声。
ぞくっと背筋が震え、堪えが効かなくなる。
先走りを蕾の周囲に申し訳程度に擦りつけ、柳は息を詰めて一気に自身を挿入した。














「…くッッ!」
真田の秀麗な眉が寄せられ、眉間に深い縦皺が刻まれる。
それさえも扇情的で、柳は全身が震えた。
狭く熱い内部の締め付けに、息が上がる。
がむしゃらに腰を突き進めては引き、ソファをぎしぎしと軋ませて真田の中心に楔を打ち込む。
そのたびにゆるゆると顔を振り、さらりとした黒髪をソファにぱさりと打ち付けて、真田が喉を仰け反らせる。
喉仏の動きが淫猥で、柳は食いつくように見つめた。
汗が滴り落ち、密着した二人の胸を互いの汗で濡らしていく。
真田の体臭が匂い立つように柳の鼻腔を刺激して、柳は我知らず鼻から深く息を吸い込んだ。
全身が悦びで熱くなる。
「弦一郎、……げんいちろうッ!」
(……好きだ!)
心の中で叫ぶ。
口に出しては言えなかった。
言うと、この関係が壊れてしまう気がした。
真田は自分をどう思っているのか。
どうしてこんな事を許しているのか。
……分からなかった。
ただ分かるのは、今こうして繋がっている、という事だけだ。
少なくとも今、弦一郎は俺の物だ。
だが………。
不意に柳の脳裏に、先日垣間見た真田と氷帝の監督との情事が思い浮かんだ。
真田の背後からのしかかり、繋がっていた二人の姿。
その後自分を誘ってきた真田……。
もしかして、弦一郎は誰とでもこういう事をしているのではないか。
俺が知らなかっただけで、実は。
そうでなければ、こんなに簡単に俺を誘ってくるわけがない。
---------まさか。
今までずっと一緒にいたのに、もし弦一郎にそんな性癖があれば気づかないはずがない。
クラスも部活も、休日だって一緒にいたのだ。
弦一郎のことで知らない事はないはずだ。
だったら、どうして監督と弦一郎があんな事をするまで、気づかなかったんだ。
弦一郎のこんな一面に。
俺は………。
-----------俺は弦一郎のなんなんだ。
頭が混乱した。
「……蓮二…」
真田が低く掠れた声で囁き、柳の髪を撫でてきた。
「…どうした?」
「あ、あぁ、いや……」
動きが止まっていたようだった。
柳は忙しく息を継いだ。
「……俺も、もうイきそうだ。……もっと、してくれ、蓮二…」
甘い誘い。
目の前が霞んだ。
堰を切ったように抽送を再開し、互いの腹筋で、真田のペニスを擦っていく。
「う……くッ……れんっ、じ…ッ、はッッ!」
切れ切れに呻くその艶やかな声に、どうしようもなく身体が震える。
-----------駄目だ。
俺は。
俺はお前が好きだっ……!
快感が迫り上がってきて我慢できなくなる。
ぐっと腰を突き入れ、柳は唇を切れるほど噛み締めて欲情を放った。
少し遅れて真田が達し、腹に生暖かい粘液が放たれるのを感じる。
部屋に青臭い精液の臭いが充満し、二人の忙しい息づかいだけが木霊した。












切羽詰まった欲望が鎮まると、理性が戻ってきた。
それとともに、燃えさかっていた身体も冷えてくる。
満足感と幸福感が消え去り、現実が戻ってくる。
柳は身体を起こすと、真田を刺激しないようにそっと身体を離した。
(……………)
先ほど感じた一体感や高揚も潮が引くように去って、柳は唇を噛んだ。
真田がどんなつもりで自分を誘ったのか。
それは結局分からない。
だが、自分の気持ちは分かった。
俺は弦一郎が、好きなんだ……。
好きだ。
弦一郎を独占したい。
彼の全てを知りたい。
………柳は溜息を吐いて首を振った。
「大丈夫か、弦一郎…」
手を伸ばして、真田の乱れた前髪を梳いてやる。
真田が瞳を細め、柳を見上げてきた。
「あぁ、心配ない。……良かった、蓮二…」
その声に息が詰まる。
「蓮二……」
身体を起こして真田が囁いてくる。
頬を撫でられ、ねっとりと暖かな唇が吸い付いてくる。
真田の気持ちが知りたかった。
どうして、自分とこんな事をするのか。
自分の事を少しは好いていてくれるのか?
それとも、自分は氷帝の監督と同じような存在なのか…。






「弦一郎…」
どっちにしても、自分は囚われてしまった。
もう逃げられない。
もっとも、逃げるなど、最初から自分の選択肢にはなかった。
柳は心の中で自嘲した。
自分から望んで囚われたのだ。
後戻りはできない。
弦一郎が、好きだ
たとえ弦一郎にとって俺が一時の気まぐれであったとしても。
それでも、俺は………。





熱い舌が絡んできた。
柳は瞳を閉じ、真田の腰に手を回した。
夜の静かな部室に、深い口付けの水音だけが響いていった。