死闘が繰り広げられたテニスコート。
夏とはいえ、長時間の試合のせいで、すでに日は西に傾き、暑かった長い一日も終わろうとしていた。
会場を埋め尽くしていた見物人も去り、青学のメンバーも、意識を失った跡部を担架で運びながら去っていった氷帝のメンバーも、全てが去り、テニスコートは物音一つしなかった。
ただ、コートの外に蝉の声が響き渡るばかりである。
手塚はコートに立っていた。
青学の面々が一緒に帰ろうと言うのを断って、彼らを見送ってから、またコートに戻ってきたのである。
入る時に警備員の人に、もうすぐ閉めるからと言われた。
すぐに戻りますから、と断って特別に入らせてもらった。
誰もいない、がらんとした中を歩いて、先ほど、跡部が立っていた所まで足を向ける。
そこに、あの時---------------。
永遠に続くかと思われたタイブレークの果てに。
微動だにせずに、彼は一人立っていたのだ。
魂がどこか遠くへ、飛び立っていってしまったように。
周りの喧噪も、越前の仕打ちにも、一切構わずに。
……それでも。
焦点が合っていないにもかかわらず、灰青色の透明な瞳は前を見据え。
両脚はコートをしっかりと踏み締めて。
唇はきり、と結ばれ、それでも少し笑っているようにも見えた。
彼特有の、傍若無人な、不遜な笑み。
……しかし、遠くからだったから、はっきりとは分からない。
本当は、どんな表情をしていたのだろう。
心臓はどんなふうに鼓動を打っていたのだろう。
瞳は、本当は何処を見ていたのだろう。
ラケットを握りしめた手は、熱かったのだろうか。
それとも、冷たくなっていたのだろうか。
跡部……
どうして、あの時、近づいていけなかったのだろう………俺は。
どうして……越前だったんだろう、お前を倒したのが。
……どうして、俺でなかったのだろう……?
勿論、オーダーを決めた段階で、結末はある程度分かっていたはずなのに。
自分が跡部と当たらないというのは、自分で納得して決めたはずなのに。
それなのに、今のこの俺の、行き所のない気持ちはなんなのだ。
果てしないタイブレークの末に立ち上がったお前。
立ち上がって、ラインまで歩いて、そこで仁王立ちして意識を失ったお前。
最後の瞬間に、お前の目には。
……俺ではなくて越前が映っていたのだな。
そう思ったら。
瞬間、全身が煮えたぎるように熱くなり、次の瞬間にはさっと全身が冷えていった。
夕方になって少しだけ涼しくなった風が、手塚の頬を軽く撫でていく。
ふと、視界の端がきらりと光った。
見下ろすと、コートの上に、柔らかく丸まった金の一筋が落ちていた。
氷帝の樺地が綺麗に後始末をしていったはずだが、残っていたらしい。
屈むと、夕方の太陽光に、それがふんわりと光った。
風で飛ばないように注意深く掬い取ると、さらりと指を滑って、金色の淡い光がきらきらと揺れた。
突然、息が吐けなくなって、手塚は眉を顰めた。
指が、震えた。
さらさらと滑り落ちそうな、儚い金の糸。
手の中で、ほのかに光って、それは、跡部の微笑に少し似ていた。
跡部。跡部……。
急に胸が苦しくなった。
視界が霞んで、手塚は何度も目を瞬いた。
潤んだ瞳に、淡い金色の光が優しく滲んだ。
すいません(汗)
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