It's not a dream
《7》














震える声でようやくそう言って、照れ隠しのように手塚を睨むと、手塚が瞳を細めて微かに笑った。
「そうだな…」
均整の取れた、鍛えた身体が目の前に現れる。
入院していた時も、きちんと鍛錬を怠らずに練習をしていたのだろう。
筋肉が衰えた様子もなく、そして肩も全く健康体だった。
少し日に焼けたのだろうか、以前東京で別れた時より小麦色に焼けた肌と、細身ながら引き締まった身体。
下半身に目を移すと、手塚のそれも、はっきりと勃起していた。
顔に一気に血が上って、跡部は思わず目を逸らした。
一瞬目に入った手塚のそれが、心臓が跳ね上がってくらりとなるほどの興奮だった。
正視できずに俯いていると、手塚の身体が視界から消えた。
はっとして顔を上げると、全裸のままで手塚が荷物から何かを取り出して手に持ってきた。
「……………」
それは、旅行などで使う携帯用の乳液の小瓶だった。
なんでそんなものを……と一瞬考えて、もしかして、と、用途に思いつき、かっと頬が熱くなった。
いかにも現実的というか、そんな事まで考えている手塚が、…恥ずかしくてやはりきちんと見られない。
こんなに自分が動揺しているのにも、跡部は戸惑っていた。
自分の方が手塚よりも絶対場慣れしていると思っていたのに。
それなのに、いざとなると、まるで何も知らなくて教えを請う初心者のようだ。
基本的に真面目な跡部は、外見のせいで女性からよく告白されたり話題になったりしていたが、実際誰かと親密な交際をしたことがなかった。
が、いつももてはやされているのに慣れていたから、自分は経験者のような気になっていたのかもしれない。
もしかして、手塚はこういう事には慣れているんだろうか。
なんだか、急に不安になった。
手塚が慣れているとしたら、こんな混乱している俺は、見苦しく映っているんじゃないか。
いつも大口を叩いているわりに、こんなに動揺している俺なんか……。
不安になると同時に、手塚が過去に誰と経験したのか--------胸をかきむしられるような嫉妬が湧いてくる。
「跡部、どうした……。いやか?」
表情が曇ったのが分かったのだろうか。
手塚が形の良い細い眉をやや寄せて、遠慮がちに問いかけてきた。
「もしいやなら………お前のいやな事は絶対しない。……気分を害しただろうか?」
不安げな口調。
「初めてだから、よく分からないんだ。……でも、俺はこうしたいんだ…」
不安げだけれど、熱っぽく、真剣な口調。
(なんだ……)
途端に、嬉しくなった。
ほっとして、思わず口許が綻んだ。
「ばーか……俺もしてえよ。……なぁ、手塚……いいから、好きにしろよ…」
手塚も初めてなんだ。
変な勘ぐりをした自分が恥ずかしくなった。
初めてなのに、こうして自分に気を遣ってくれる手塚が嬉しくて、安心したせいか、一気に興奮が高まった。
「なぁ、早く…」
興奮に掠れた声で促すと、手塚が頷いて、真剣な表情になる。
乳液を垂らした指が、自分の中心に触れてきた。
そんな所をいじられている、と思うだけで、羞恥と喚起がないまぜになった激烈な快感が押し寄せてきた。
「はッ……ッ…く、…ぁ…ッッ!」
恥ずかしいから声を出すまい、と思っても、手塚の濡れた指が己の勃起した性器を這い、双球をそっと握り、更にその奧の、隠れた蕾に触れてくる。
と思ったのも束の間、体内に指が埋め込まれる衝撃に、跡部は息を飲んだ。
「……大丈夫か?」
ずっと指が深く挿入され、中をゆっくりと掻き回してくる。
痛くはなかったが、なんとも表現できない感覚だった。
声が出ずに、頷くことで手塚の問いに返答する。
手塚が微笑した。
視線が和らぎ、愛おしげに見つめられて、跡部は体内を駆け巡る感覚とともに、自分がどうにかなってしまいそうな気がした。
「てづか……はッッ!」
突如背筋を電撃が駆け抜けた。
鼻に抜ける声を上げると、ここか、というように手塚が、跡部が声を上げた部分を指で執拗に刺激してくる。
「っく……ッッ、て、づかっ……!あ、くッッ!」
びくびくと全身が痙攣した。
快感の稲妻が、手塚に刺激されている部分から脳髄まで突き抜ける。
霞んだ目で手塚を見上げると、手塚が自分をじっと見守っているのが分かり、更に羞恥で身体が震えた。
こんな醜態を曝して、手塚に嫌われないか、と不安になる。
「も、……いいからッ、来いよッッ…」
自分の顔を見られたくなくて、手塚の首に手を回すと、ぐっと引き寄せて抱き締める。
「……跡部……まだ…」
「大丈夫だって……お前だって……」
負けるものか、と手塚のペニスを握って扱いてやると、手塚が眉を顰め、ぅ…、と低く呻いた。
「もう、我慢できねえんだろ……なぁ、来いよ……」
手塚の余裕のない表情に、なぜか嬉しくなった。
耳元で囁いて、それから舌を出して耳朶を軽く舐める。
「………分かった…」
押し殺した声が聞こえて、次の瞬間、脚が大きく開かされる。
「…ッッッ!!」
体内に堅く熱い異物がめりこんでくる衝撃は、指の比ではなかった。
激痛に思わず腰が逃げるところを押さえられて、跡部は顎を仰け反らせて喘いだ。
「力を抜いてくれ……」
痛みに全身に力が入った所を、絶妙にペニスを手塚に握られた。
前からの快感にふっと張り詰めていた気が揺らぎ、その一瞬を突いて、手塚が深く楔を打ち込んできた。
「……ッ、て、づか………ッッ……!」
はぁはぁという忙しい手塚の息づかいや、汗で湿った肌。
深く繋がって、手塚と一つになっているという認識が、跡部の心を瞬く間に蕩かした。
下半身は痛みと快感とが溶け合って、火傷したようにじんじんと疼いていたが、それがまた例えようもない悦びになってくる。
考えてみたら、こうして今二人でこういうふうに身体を繋げていること自体、信じられない事だ。
自分は手塚を好きだったが、手塚の方でも自分を好きでいてくれるなんて、想像もしていなかった。
お互い敵同士。
しかも自分は手塚の肩を壊した。
関東大会で、手塚と試合をした時の事が不意に脳裏に浮かんだ。
氷帝の熱狂的な応援。
手塚がテニスコートに倒れ伏した時の、衝撃。
永遠に続くかと思われたラリー。
最後に、零式ドロップを拾って、手塚が返せなかったあの瞬間の、あの静まりかえった緊張……。
「跡部……」
不意に視界が霞んで、至近の手塚の顔がぼやけた。
鼻の奥がつうんとしてきて、涙が堪えきれなかった。
「跡部…」
手塚の優しい声に、涙がつつっと頬を伝うのを感じた。
手塚の頭に手を回し、涙で濡れた頬を手塚の頬に押しつけて、跡部は声を殺して嗚咽した。
手塚が好きだ。
こんなに誰かを好きになるなんて、思いもしなかった。
好きで好きでたまらない。
手塚に会えて、本当に良かった。
「手塚……てづかッッ!」
身体中が熱くて、宙に浮いたかのようにふわふわして、全身を激情が駆け巡る。
手塚が自分を強く抱き締めてきて、それからゆっくりと動き始めた。
初めはゆるやかに、徐々に激しく動いていく。
目の前に閃光が飛び、頭の中が爆発するようだった。
手塚に合わせて身体を密着させ、熱い体温と感じ、繋がった部分の熱を共有する。
ぱあん、とどこかで何かが割れたような気がした。
身体がふわっと宙に浮き、そこから気持ちよく奈落まで落ちていくようだった。
ふっと意識が遠のくのを、跡部は心地良い射精の快感とともに感じた。
















全国大会の抽選会に、突如青学のジャージを着て現れた手塚に、会場がざわめく。
跡部は、それを階段教室の机に行儀悪く肘を突いて凭れながら、眺めた。
皆のざわめきが、心地良かった。
手塚の登場に、誰もが驚き、そして脅威を感じている。
立海大の真田も、四天宝寺の白石も。全国レベルの選手が皆。
手塚が階段をゆっくりと降りてくる。
降りてくる手塚と目線が合って、一瞬、手塚がふっと瞳を細める。
跡部は誰にも分からないように、僅かに口端を上げて笑ってみせた。
とんとんと、リズムを刻んで、手塚が降りていく。
誰もが、手塚に注目している。
壇上に上がって、抽選を引く手塚の姿は、肩の故障など微塵も見られない、堂々としたものだった。
見ていると、心の底がぽっと暖かくなるような気がした。
誇らしげな悦びが湧き上がってきて、跡部は苦笑した。
「ばーか……」
ぼそっと呟いてみる。
傍らに座っていた樺地が、どうしたのか、という表情で自分を眺めてきたので、なんでもない、と手を振ってみせる。
また、こうして、一緒にテニスコートに立てる。
また、試合が出来る。
---------------それだけじゃない。
昨日は手塚と……。
夢じゃなくて、本当だ。
これからもずっとずっと、手塚と一緒なんだ。







(………手塚……好きだぜ……)
壇上の手塚に向かって、跡部は心の中で何度もそう繰り返した。













やはり相思相愛だといいですね