誘惑 《2》 |
密着すると、真田の体臭であろうか、爽やかな樹木のような香りが井上の鼻腔を擽った。 どくん、と心臓が跳ねた。 ゲイである井上にとって、例えようもなく蠱惑的な香りだった。 「さなだ、くん……」 上擦った声で言いながら、真田を抱き締め、彼の形の良い耳元に囁く。 真田がびくっと身体を震わせた。 その震えが立海のシャツを通して筋肉の震えとなって伝わってきて、井上は更に心臓が跳ねた。 まさか、こんな展開になるとは。 先ほどまで、まさか自分が真田と…など、想像だにしなかった事なのに。 信じられなくて、状態を話して真田の顔を覗き込むようにすると、至近で見つめられて羞恥を覚えたのか、真田が目元をうっすらと赤く染め、すっきりとした瞳を伏せ、視線をそらせた。 その仕草がまるで自分を誘っているようで、井上は脊髄を電流が走り抜けるのを感じた。 誘われるように顔を近づけ、真田の顎を手で固定して逃げられないようにして、すっぽりと唇を覆い被せる。 弾力のある暖かい唇を味わうように何度も唇を合わせ、歯列を割って舌を滑り込ませて、深く口付けする。 「………っ…」 舌を絡めて吸い上げるたびに、真田が身体を震わせ、樹木のような爽やかな体臭が鼻腔をつく。 己の股間に当たる堅いものに気づいて、井上はそれを互いに擦り合わせるように腰を動かした。 「っく……あ……いのうえ、さん……」 掠れた甘い吐息が、真田の口から出る。 今まで聞いたことの無いような、官能的な声。 「気持ちいいかい?」 上擦った口調でたずねると、真田が潤んだ瞳を開いて、頷いた。 深い海の底のように黒く色気のある瞳に、井上はぞくっとした。 真田がこんな色気を隠し持っていたとは………。 男に対して素直に興奮し、自分に身体を預けてくるとは。 信じられなかった。 だが、今、自分が身体の下に組み敷いているのは、まぎれもなく、あの真田なのだ。 むしゃぶりつくように唇を奪い、右手を降ろして立海のシャツをたくし上げ、引き締まった素肌に直接手を這わせる。 「はっ……っっ…」 腹筋がうねり、しっとりと汗を掻いた肌が掌に吸い付くようだった。 忙しない息づかいや、真田の匂い、身体の動き、触覚に気が狂いそうになるほど興奮する。 がまんできなくなって井上は真田を引きずるようにしてベッドに連れて行くと、有無を言わさず服を脱がせ始めた。 忽ち全裸にすると、自分も服を床に脱ぎ捨てて、真田にのしかかっていく。 真田は、全裸の井上を見てさすがに瞳に恐れの色を浮かべたが、抵抗はせず、井上にされるがままに、ベッドに仰向けになった。 素肌同士が密着すると、本能だけが井上を支配した。 慣れた手つきで、ローションとゴムをベッドサイドから取り出し、ローションを垂らした手で、真田のペニスとアナルを同時に愛撫していく。 初めて見る真田のペニスは、中学生とは思えないほどの大きさではあったが、どこか清楚で、皮を被った頭部分を優しく擦ってやると、すぐにそこはつるりとピンク色の頭を見せた。 根元からべたつく手で筋を擦るように愛撫し、亀頭部分をぎゅっと握って敏感な頭にはローションで濡れた指で軽く円を描くように刺激してやる。 そのたびにびくびくと腰が動き、ベッドが軋む。 どういう表情をしているのか、と顔を上げると、真田は恥ずかしいのか、腕を交差させて顔を覆って、艶やかな黒髪を振り乱して顔を振っていた。 盛り上がった胸筋が呼吸と共に激しく動き、手を上げているせいでほのみえる黒い脇毛や、仰け反っているせいでより露わになった喉仏など、どこを見てもたまらなく興奮させられる。 絶景だった。 ごくりと唾を飲み込んで衝動を必死の思いでやり過ごし、井上は、真田のペニスを掴んだ左手を動かしながら、右手指で、真田の奥まったアナルを解しにかかった。 ひくひくと襞が蠢くそこにローションをベッドが染みになるほど垂らし、ぬるついた指をぐっと埋め込む。 途端にペニスがびくっと頭を揺らし、引き締まった太腿がびくびくと震える。 己のペニスにもどくどくと血が流れ込み、全身が熱湯でも浴びせられたかのように熱くなった。 眩暈にも似た興奮に脳が酸素不足になったのか、くらくらとふらつく。 「はっ………っく……ん……ッッ」 必死で堪えているのだろうが、それでも漏れ出てしまう、明らかに快感を感じている真田の声にも、全身に鳥肌が立った。 こんなに興奮したことがあっただろうか。 井上は微かに残る理性で考えた。 特定のパートナーを持たない井上は、ゆきずりの男性と結構な数の経験を重ねてきた。 が、こんなに興奮したセックスは………記憶になかった。 相手が真田だからだろうか。 背徳と罪悪感の入り交じったたとえようもない、快感。 我を忘れて、井上は行為に没頭した。 ペニスをぐちゅぐちゅと扱きながら、指を3本にまで増やして、容赦なく真田の腸内をえぐっていく。 「………はっっっ!」 突如真田が大きく身体をバウンドさせ、顔を隠していた腕をベッドについてシーツを千切れるほど握りしめた。 次の瞬間左手に握っていたペニスがうねり、桃色の先端から勢いよく熱い白濁が飛び出てきた。 たちまち辺りに精液の匂いが立ちこめ、井上の手も真田の腹も白濁にまみれる。 匂いと感触が、井上を追いつめた。 もう、堪えきれない。 アナルに埋め込んでいた指をぐっと抜くと、間髪を入れず井上は真田の足を抱え上げ、濡れて柔らかくほころんだ蕾に己の凶器を押し当て、一気にそれを真田の体内に突き入れた。 「ぐッッッ!」 真田が眉間に深く皺を寄せて眉を寄せ、苦渋の表情とともにくぐもった呻きを漏らす。 「真田っ、くんっ………いたく、ないかっ?」 痛いと言われてももはや止めようがなかったが、井上は深々と真田を刺し貫いた満足の吐息と共に真田に問いかけた。 苦しげな表情の舌から真田が瞳をうっすらと開いて、井上を見上げてきた。 濡れた、黒い瞳の奧に、快楽の淫靡な光が浮かび、まるで淫魔のように、井上を捕らえる。 「……いたく、ないです……きもちが、良くて………どうにか、なりそう、です……」 真田が言うとは思われないような言葉。 掠れた甘い響きと、隠しきれない快感に戸惑う羞恥がないぜになった表情。 「真田君っ!」 全身がかあっと滾った。 もう、一瞬も我慢できなかった。 井上は歯を食いしばると、一気に抽送を始めた。 「くっあっっ……ッッ!はっ……あッ……」 切れ切れに聞こえる妙なる響き。 声も、匂いも、仕草も、熱くうねって絡みついてくる軟体動物のような其処も。 全てがたとえようもなく絶品だった。 あまりの快楽に、恐怖さえ感じた。 俺は、……俺は、こんな事をして、いいのか? こんな経験をしてしまったら、もう戻れないのではないか。 今間の日常に。それまでの関係に。 しかし、強烈な興奮のうねりと共に、激烈な快感が脳をこなごなに打ち砕いた。 目の前が真っ白になるほどの快楽。 深々と真田の腸内にペニスを差し入れて、井上はその最奥に白濁を迸らせたのだった。 雑誌記者は多忙な事で知られる職業である。 実際、井上が暇だったのはほんの数日のことであって、すぐに関東大会の取材が始まり、それからは寝る間もないほどの忙しさになった。 忙しくしてないと、井上は精神が保たなかった。 あれから………真田と関係してから、井上はおかしくなってしまった。 すぐにでも、毎日でも、真田を抱きたかった。 ふっと気を抜くと、真田との情事を反芻している自分がいて、井上は自分が怖くなった。 誰かにこんな風に気を取られるなど、今までの自分にはなかったからだ。 あの後、井上に感謝して、何度も礼を言って帰っていく真田の後ろ姿を眺めながら、すぐにでもまた押し倒して彼を陵辱したい、という欲望に、井上は愕然としたのだった。 真田はあれですっきりしたのだろう。 あれからはいつもの落ち着いた、中学生らしからぬ大人な真田に戻り、関東大会間近の今は、練習に専念している。 取材で会っても、まるでこの間の情事のことなど忘れたように、落ち着いた物腰だ。 真田に頼まれて彼を抱いたのに、結果は自分が真田に囚われてしまった。 井上は苦々しく、自嘲した。 真田が欲しくてたまらない。 気を紛らわすために、あれから×××にも何度も足を運んで、別の男を抱いた。 しかし、駄目だった。 真田が欲しい。 彼でなくては、この身体の疼きを癒せない。 あんな年若い、まだ子供とも言える相手に。 いい年をした大人の自分が、すっかり囚われて身動きも取れない。 (…………) 携帯電話を手に、井上は逡巡していた。 頼めば、彼は会ってくれるだろう。 会って、抱かせてくれるだろう。 真田を抱く……考えただけで下半身が重く疼いた。 しかし。 一度抱いたら、次も。 そして次に抱いたら、もう真田なしではいられなくなる。 二度抱いたら、もう、我慢できなくなる。 そんな予感があった。 今ならまだ間に合う まだ一度しか抱いてない段階なら、今の禁断症状のような苦しみを堪えさえすれば、元の自分に戻れる。 だが、二度抱いてしまったら、もう、戻れない。 真田という麻薬に溺れて、自分を取り戻せなくなる。 そういう確信があった。 破滅への道が待っているだけだ、という確信があった。 携帯電話を震える手で開く。 メモリーから真田の電話番号を検索して、画面に表示させる。 怖かった。恐怖で膝ががくがくとした。 「…………」 「はい、真田です」 携帯の向こう側から聞こえてくるのは、甘くひそやかな声。 自分が崩れていく音を、井上は聞いたような気がした。
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