部長、大変です!
《27》













「……で、一体どうしてこんな事してきたんだ?」
快感に全身が適温の湯に浸かったみたいに弛緩してぼんやりしていると、橘が、身体を起こして尋ねてきた。
「……あ?」
頭がまだよく働いていないようで、呆けたまま聞き返すと、橘が肩を竦め、ゆっくりと跡部から繋がっていた部分を抜き取る。
その感触にまたぞくぞくとして、跡部は無意識に身体を震わせた。
「なんで、俺なんかとこんな事したんだ、と聞いたんだ」
溜息を吐いて、部屋の隅にあったティッシュボックスを引き寄せると橘が跡部の精液で汚れた腹を吹き始める。
「お前にこんな性癖があるとか、始めて知ったな……もしかして、誰とでもやってるのか?」
「………誰とでもって事はねえと思うが……」
と、歯切れ悪く答えてみたが、いまいち自信がない。
考えてみると、歩いていてたまたま橘にあったから、思わず襲ってしまっただけで、これが橘以外の誰でも良かったかもしれない。
歩いていた所に知り合いでもいたら……たまたま今日は不動峰中のあたりを歩いていて、たまたま橘にあったからだった。
ということは、これが山吹中辺りを歩いていて千石に会ったら千石を、聖ルドルフ中辺りを歩いていたら、赤澤あたりと……
(………っていくらなんでもそんな節操なしじゃねえよな、俺……)
と慌てて頭の中で否定したが、やはり自信がなかった。
今日だって、橘じゃなくて、もしかして知人といっても神尾とか伊武に会っていたらどうだろうか。
それでも襲ってしまったのだろうか……。
(ぞっとしねえぜ……)
いくらなんでもやばいだろう、それは……。
難しい顔になってしまった跡部を横目で眺めて、橘が肩を竦めた。
「なんだ、図星なのか?」
「…………」
「まぁ、結構いい思いをさせてもらたから、別に俺は構わないんだが……しかし、誰でも遅うのはやめたほうがいいぞ?」
「……んな事言われなくても分かってるぜ……」
ぼそぼそ呟いて、跡部は頭を振った。
「しかし、お前が男好きだったとはな、意外だ…。氷帝の跡部といったら、その辺の女生徒が誰でも憧れる存在なのになぁ、惜しい」
と、冗談なのか真面目なのか分からない様子で橘が言ってきたので、跡部は眉を顰めた。
「言っとくが、俺は基本的に真面目な人間なんだ。女とも付き合った事がねえ。…学校じゃ真面目に部活やって勉強してるんだがな…」
「まぁ、男好きだったら、女とは付き合わないと思うが……どうも特定の男もいないようだしな?」
「男なんかいてたまるかよっ」
橘の言葉に背中がぞわぞわして跡部は叫んだ。
「……しかし、誰とでもやるんだろ?」
「……………」
橘がくすっと笑った。
「誰とでもってのは、やっぱり良くないだろう。誰か特定の彼氏でも作ったほうがいいんじゃないのか?」
「かれし………」
すごく気持ち悪い気がした。
胸がむかむかしてきて、跡部は眉を顰めたまま立ち上がった。
「わりい、ヤリ逃げみてえだが、帰る……」
「別に気にするなよ。結構楽しかったからな。しかし、一つだけ忠告だ。誰でも襲うようなマネはやめろ」
「……大きなお世話だ…」
渋面を作ったままごそごそと服を着て、バッグを背負う。
「夕飯を作る邪魔して悪かったな」
と言うと、肩を竦めたまま橘が苦笑した。
「別にいい。これから十分時間があるからな」
「じゃあな…」
なんとなく恥ずかしくなって、来たときとは大違いに、俯いて元気なく跡部は橘家をあとにした。











自宅に戻って早々に夕食を食べ風呂に入って自室に戻って、跡部はごろりと部屋のベッドに横になった。
身体は十分に満足を覚えていて、今日はいらいらすることも身体が疼くような事もなかったが、心中は複雑だった。
(さすがにまずいよな……)
今日の出来事を思い出して、頭を抱えて溜息を吐く。
運良く相手が橘だったからいいようなものの、もしろくでもない相手を襲ってしまったとしたら……。
今まで品行方正に生きてきたのに、いくらなんでも危なすぎる。
(と言っても、誰かいねえと、どうにかなりそうだしな……)
どうしてこんな淫乱な身体になってしまったのか……。
などと今更考えてもしかたがないのだが、溜息がまた出た。
このままではまた飢えてきたら誰を襲うか分からない。
いらいらして誰でも良くなってしまいそうだ。
そんな事態に陥る前になんとかしなければ……。
(誰か特定の彼氏か………)
と、彼氏という言葉に背筋をぞわっとさせながらも、跡部は橘に言われた言葉を思い出してみた。
確かに、一理ある。
誰か特定の相手がいれば、こんな問題で悩まなくていい。
やりたくなったら連絡してすぐだ。
………と言ってもなぁ……彼氏というのは、好きな相手のことだろうが…
根が真面目な跡部は考え込んだ。
ここで、セフレという選択肢もあったのだが、跡部にとって身体だけの相手というのは、どうにも倫理的に許容できなかった。
やはり、きちんと付き合うならば、自分が心から好きな相手でなければ………
(って、いねえよ、んなやつ……)
そこで跡部はまた頭を抱えた。
傍目からはそうは見えないが、跡部は実質今までそういう恋愛沙汰とは無縁な生活を送ってきた。
女性とも、周りからきゃーきゃー言われるだけで、実際にはなにもなかったのは勿論の事、男など範疇に入れたこともない。
(誰かいねえかな……)
とにかく、自分が好きにならなければ、話が始まらない。
意外な所で古風な跡部は、まず告白、それから軽いお付き合い、そして最後に……などと付き合いの順番を考えて、
(……ンな悠長な事やってたら、俺の身体がもたねえ……)
と、がっくりした。
しかも、好きな相手もいない現状で、どうやったらその最終段階まで行き着けるのか、そんな事は到底無理。
(いや、今は付き合ったら即エッチ、とかそういう事もありだしな……)
絶望的になりそうな所を、無理矢理自分を奮い立たせる。
告白したらすぐにだ……だったらなんとかなるだろう。
とりあえず告白する相手を決めなければ……。
(誰にするよ……)






さて、跡部が誰に告白する事にしたのかは、…また、後の話。