雨が降っていた。
蕭々と冷たく。
獄寺は、傘も差さずにふらりと彷徨っていた。
銀色の髪がしっとりと濡れて、雫が顎から首筋にまで滴る。
シャツの中までびっしょりと濡れ、指先は感覚が無くなるほど冷えていた。
ダイナマイトもすっかり濡れてしまって使い物にもならない。
使い物にならない、と言えばそれは自分の事か──。
獄寺は灰翠色の瞳を伏せて自嘲した。
どうせ、オレは誰にも愛されない。
母親との思い出は殆ど無く、家族の愛情などというものもなかった。
大きな家に住んでいても、そこでいつも孤独だった。
なんで雨の中を外に出よう、なんて思ったのか分からない。
起きたら、雨が降っていた。
窓硝子を流れる雨粒を見ていたら、外に出たくなった。
雨に打たれてみたくなった。
冷たくて、心の芯まで冷えて、凍ってしまいたかった。
彷徨って歩いていると、見覚えのある家に辿り着いていた。
ツナの家だ。
塀に身体を寄せてそっと見上げる。
暖かそうな光が、窓から零れ出ていた。
ツナに逢えば、暖かくなれそうな気がした。
ツナなら自分を喜んで迎え入れてくれるだろう。
獄寺君どうしたの?と驚きながらタオルで顔を拭いてくれて、心配そうに茶色の大きな瞳でじっと自分を見つめてきてくれるだろう。
お風呂湧かしたから入りなよ、と言って風呂にも入れてくれるだろう。
ツナの傍に行きたかった。
行って少しの間でいい、ツナの暖かさに包まれていたかった。
───駄目だ。
自分の弱さを晒け出す事はできなかった。
ツナの前では、常に元気な自分でいたい。
ツナを守る右腕として、笑っていたい。
ツナを心配させたくない。
自分に存在価値があるとすれば、それはツナの役に立つ事。
───それだけなのだから。
雨が激しく降ってきた。
重たく垂れ込めた黒い雲の先が、高層ビルの上を覆い隠している。
銀糸の髪からぽたぽたと雨雫を滴らせ、俯いて獄寺は歩いた。
並盛町を抜けて、人気のない寂しい郊外へと、とぼとぼと歩いた。
「こら、隼人、なにしてる?」
不意に背後から声を掛けられた。
見るとシャマルが車に乗っていた。
車を停め、運転席の窓を開けて話しかけてくる。
「…………」
誰とも話したくなかった。
雨に濡れていたら、もう、生きている事も曖昧な気がした。
自分が生きている価値にも疑問を持った。
自分がいなくなったって、ツナにとってそれほど衝撃でもないだろう。
なにしろツナはボスとしての資質が十分に備わった稀有な存在だ。
ツナには誰もが引き寄せられ、ツナのためなら一肌脱ぐ気になる。
ツナは生まれながらのボスなのだ。
「すっかり濡れてるじゃねぇか、風邪ひくぜ。乗れよ」
「いらねぇ…」
「どこ行く気だ?」
「さぁ、どっか。……どこでもいい。どっかいきてぇ。知らないところ…」
「どうした、隼人…」
シャマルが眉を顰める。
「どこでもいいなら俺が連れてってやる。乗れ」
無理矢理乗せられて、獄寺はぼんやりシャマルを見つめた。
シャマルに連れて行かれたのは近場の安いラブホテルだった。
上品さにかけるビルに車で乗り付け、ひきずられるようにして狭い部屋へと入る。
「風呂、入ってこい」
濡れた服を脱がされ、風呂場に押し込まれた。
熱いシャワーを浴びせられ、バスタブに湯を張った中に沈められる。
シャマルも入ってきて、背後から抱き締められた。
確かに、冷え切って感覚のなかった手足が少しは温かくなってきた。
でも、──心は冷たい。
なぜだろう。
たまに、獄寺は自分が制御しきれなくなる。
寂しくて、悲しくなる。
自暴自棄になる。
過去の、子供の頃の記憶がなせるわざなのだろうか。
脳の奧、海馬に刻み込まれた、孤独な記憶が見せる、悪夢なのか。
シャマルは父親のようにそっと抱き締めてきた。
その優しさがいやだった。
もっと自分を酷く扱ってほしい。
そうでないと、このやり場のない寂しさをどうしようもない。
こういう時の唯一、何もかも忘れるやり方───獄寺は夢遊病者のようにシャマルのペニスを掴むとそれを自分のアナルへと導いた。
熱い湯と共に、ペニスを無理矢理挿入させる。
「……隼人、よせっ」
シャマルが渋い声を出してきたが、聞かなかった振りをした。
狭いアナルが裂けて、鋭い痛みが脳髄に針のように突き刺さる。
痛みが心地良かった。
腰を上下に振って、シャマルのペニスを無理矢理出し入れする。
そのたびに頭痛がした。
アナルが痛み、腸内がきしみ、胸に鋭いナイフがつきさるようだった。
押し黙ったまま、獄寺は激しく動いた。
やがて、生理的に興奮した身体からは、ずうんと重い快感が生まれ、痛みと相俟って獄寺の脳を席巻してくる。
──考えなければ、救われる。
何も、考えなければ。
何もかも、捨ててしまえば。
そうすれば、救われる。
このまま、どこかへ行ってしまえば。
──でも、10代目は…。
自分を信頼し、大切に想ってくれている、唯一獄寺の救い。
ツナの事を考えると、胸が切なく痛んだ。
───彼が、好きだ。
ツナに喜んでもらえることこそが、獄寺の生き甲斐であり、生きる価値だった。
しかし、今の自分はツナに相応しくない。
こんな弱く、醜く、自分でさえも呆れるような、こんなどうしようもない自分では。
「………く…ッッ!」
絶頂が不意に訪れた。
湯の中に白く濁った粘液を吐き出して、獄寺は呻いた。
一瞬の忘我。
一瞬だけでも、救われる。
射精して大きく溜息を吐くと、獄寺はシャマルのペニスを引き抜いた。
「おい、オレがまだイってねぇぜ…」
シャマルが呆れたような声を背後から出してきた。
「勝手に襲っておいて、勝手にやめんなよ…」
「……あばよ…」
怠い身体を引きずってバスタブを出て、タオルで身体を拭く。
全裸のままベッドに行くと、ぐったりとして横たわった。
後からシャマルがタオルで身体を拭きながら出てきた。
「まだオレがイってねぇ…ベッドで好きなようにやらせてもらうぜ?」
「……好きにしろよ…」
「じゃ、遠慮しねぇからな、隼人」
シャマルの筋肉の逞しく付いた腕に抱き締められて獄寺は目を瞑った。
ぐっと脚を開かされ、再びシャマルの勃起したペニスが容赦無く挿入される。
セックス自体は、好きだった。
セックスをしている間は何も考えなくて、すむ。
快感に押し流されてしまえば、理性の苦痛が和らぐ。
(10代目……)
獄寺は脳裏でツナを想像した。
『獄寺君、好きだよ……』
そう言って、自分を優しく抱き締めてくるツナを。
今、自分の身体に入っているのは、10代目なんだ……そう想像すると、身体が一気に燃えた。
シャマルの首に手を回して抱きつき、シャマルの動きに合わせて淫靡に腰を振る。
『獄寺君、大好き。……愛してるよ…』
『10代目、オレもっす。……10代目、10代目ッ愛してます……!」
想像の中のツナが微笑する。
『獄寺君がいてくれるから、オレ、いつも安心してるんだ。…掛け替えのない、大切な獄寺君…』
「………!」
シャマルがぐっと内部を抉ってきた。
刺激が背骨を駆け上がって脳髄まで達する。
あっという間にペニスがまた勃起して、先走りを溢れさせる。
「そろそろ、イくぜ」
シャマルの声に、現実に引き戻される。
一際深く挿入されて、激しく腰を動かされ、目の前が霞んだ。
シャマルが自分の体内に射精すると同時に、獄寺も再び射精していた。
シャマルが送る、というのを顔を背けて断って、獄寺は一人、また雨のそぼ降る中を歩いた。
一人が良かった。
帰りがけ、ツナの家の前を通り、また二階を見上げた。
灯りがついていた。ツナがいる。
獄寺の顔にほんの少し微笑が浮かんだ。
手を組み合わせて、獄寺は祈った。
神なんて信じていなかったけれど、ツナにむかって祈った。
どうか───どうか、オレを見捨てないでください。
オレをずっとお側においてください……と。
オレを嫌いにならないでください、と───。
貴方にふさわしくないオレを、許してください、と。
貴方が好きです。
どうかこんな罪深い気持ちを抱いているオレを、許してください、と…………
雨に打たれ、冷えた身体を折り曲げて、獄寺は祈った。
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