lovelorn  4 






「……じゅ、10代目……ッッ!」
ツナの唇だった。
獄寺の頬に羽根が触れるように軽く唇が押し当てられ、そのまま耳許で囁かれた。
「……キミって、バカだね。獄寺君。………京子ちゃんの事は勿論好きだけど、それって、憧れみたいなものだよ。キミの事は…今回の事でよく分かったんだ。キミがオレの傍にいないと、オレは駄目になっちゃうって事が…」
「……」
「だからね……オレも、キミの事好きなんだ。……友達として、とかじゃなく、こうして、キミに触れて、キミの存在を感じてたいんだ…。獄寺君もそうなら、嬉しいよ…」
「10代目……」
言葉が出てこない。
まさか、こんな展開になるとは予想だにしていなかったので、頭の中が混乱し、獄寺は何も考えられなかった。
ただ呆然として、ツナのキスを受けていると、ツナが首を傾げて至近に獄寺の瞳を覗き込んできた。
「どんなふうにオレの事好きなの、言ってみてよ、獄寺君…」
暖かな息が、自分の唇にかかる。
ぞくぞくした。
身体中の毛が逆立って、鼓動がわんわんと頭の中に鳴り響く。
「……10代目のためなら、なんでもします。…10代目に愛されたら、死んでも本望です…」
「なにそれ。いつも言ってる事とあんまりかわりないんじゃない?」
ツナが茶の暖かそうな色の瞳を細めて笑った。
「そうじゃなくてさ……たとえば、オレは……獄寺君、キミとこうして触れてると気持ちいいよ…」
ツナはそこまで言って少し頬を赤らめた。
「なんでオレがここまで言わなくちゃならないんだろ。…獄寺君の方がずっと大人なんだから、もっときちんと自分の気持ち言ってよ…」
「オレは……10代目と、こうしたいです…」
ツナの言葉につられて、獄寺は無意識のうちに、ツナの背中に手を回して抱き締めていた。
おずおずと、ツナの唇に、自分の唇を合わせようとする。
しかし、さすがにそれ以上はできなかった。
ツナが肩を竦めて苦笑し、自分から押し当ててきた。
「…………」
ツナの唇は、夢で感じたのよりもずっと柔らかく、触れている所がまるで火傷したように熱くなって、息ができなかった。
(10代目に、キスされている……)
身体が震える。
すがるようにしてツナの背中に回した手に力を入れる。
ツナが、獄寺の髪を撫でてきた。
髪の中に指を入れては宥めるように頭を撫でる。
これは現実なのだろうか。
オレの都合のいい夢なんじゃないだろうか。
獄寺は何度も自問自答した。
信じられなかった。
絶対、無理だと思っていたのに。
ツナから告白されるなど。そんなあり得ない事…。
───でも、本当に、現実なんだ。
「獄寺君……涙、出てるよ…?」
唇がそっと離れて、耳許で囁かれた。
獄寺はその時初めて、自分が涙を流していたのに気付いた。
「獄寺君の目って、近くで見れば見るほど綺麗だね。涙も、本当に綺麗。…こういうの近くで見る事ができるのもオレだけだよね…」
「はい、……」
それ以上、言葉が続かなかった。
泣いたりした事が恥ずかしくて、獄寺は俯いた。
「泣いてる獄寺君も好きだよ。……初めて見た。泣くの…」
「オレは、……すいません、10代目…」
「なんで?」
「お恥ずかしいっス。泣くなんて、男の名折れっス…」
「そうかな?オレは嬉しいけど……だって、オレの前だけでしょ、泣くの…」
「………そ、そうっスけど…」
ツナが目を細めてくすっと笑った。
「獄寺君って本当は可愛いんだね…。そういう獄寺君の姿が見れて嬉しいよ」
「………」
恥ずかしさの余り、ツナの顔が見られない。
「明日からまた一緒に学校で過ごせるよね?」
「はい、一緒に…お昼も食べさせてください。……それから…」
「それから、なに…?」
「……いや、その……」
「こういう事、したいんでしょ…?」
ちゅっと唇にキスされた。
驚いて目を見開くと、間近でツナがにこにこ笑っている。
「オレだって、獄寺君に、こうしてキスしたりなんだりしたいんだよ…健全な男子中学生なんだからね?」
「………はぁ…」
「でも、オレってそういう所知識ないから、獄寺君が誘ってよね?」
「……じゅ、10代目……」
「獄寺君はイタリア育ちなんだから、そういうの絶対よく知ってると思うし。よろしく」
「は、はぁ……」
「獄寺君…」
不意にツナが真剣な表情になった。
「オレは、獄寺君がいないと駄目。…獄寺君……大好き……獄寺君も言ってよ…」
「オ、オレも……10代目の事が好きっス……。いないと駄目っス…」
「もっと獄寺君に触れたい、触ったりキスしたり、もっと違う事したいって思うよ…」
胸がどきん、と高鳴った。
身体中がかぁっと熱くなって、目の前がくらくらした。
「オ、オレもっス……」
「じゃあ、獄寺君に教えてもらおう…」
ツナがくすくす笑い、獄寺から身を離して立ち上がった。
「そろそろ帰らなくちゃ。明日、またね?」
「……はい、10代目…」







呆然としている間に、ツナは手を振って、マンションから出て行ってしまった。
胸のどきどきが治まらない。
身体全体がまるで宙にでも浮いてるかのようだった。
浮き足立っている。
ウキウキしていて、踊り出したいような気持ちと、いや、もっとちゃんと考えろ、と自制する気持ちとがせめぎあっている。
「はぁ……」
ツナがいなくなると、どっと疲れが来て、獄寺はベッドに仰向けに沈み込んだ。
天井をぼんやりと見上げ、枕に顔を埋めて力無く顔を振る。
今まで苦悶していた分、身体は本当に疲れていた。
(ホントかよ……)
まだ、信じられない。
10代目が自分の事を好きで……しかも、キスまでしてきてくれたなんて。
夢の中でキスした事はあったが……現実のキスは夢の比などではなかった。
柔らかくて、暖かくて、夢よりも夢のようで、触れたところから電流が走った。
(オレ、どうなっちまうんだろう……)
自分が怖かった。
今は、頭の中が混乱していて、到底整理できそうになかった。
煙草を取って火を点け、吸い込むとくらくらした。
深い息を吐いて、獄寺は瞳を閉じた。
とにかく、10代目と相思相愛、という事らしい。
本当だろうか。
未だに信じられない。
明日、学校に行ったら、まず様子を確かめてみよう。
考えるのは、それからでもいい。



……考えるのを放棄して、獄寺は暫くはこの甘美な夢に浸っていようと思ったのだった。






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