◇幻影   






骸の唇。
──少しひんやりとしていて、それでいて、ずっと触れ合わせていると、そこから温かな熱が生まれる。
唇から広がって、首から胸、胸から下半身へと、熱が伝播していく。
焦れったいような、啼きたくなるような、焦燥感を伴った欲情。
ここ数日、綱吉は毎日骸と会っていた。
ひとけのない、寂れた黒曜ヘルシーランドで。二人きりでひっそりと。
会うたびに、骸は綱吉に接吻をしてきた。
深い口付け。咥内を全て貪り尽くされるような激しさ。甘い疼き。
そのたびに、それが繰り返される毎に、綱吉の心の中の飢えは大きくなった。
キスだけでは物足りない。
もっと──もっと骸に触れたい。
骸の頬に、首に、胸に──全てに触れたい。触れられたい。
自分の頬に、首に、胸に──そして、尤も顕著な反応を示す部分に──
そこまで考えて、綱吉は人知れず顔を赤らめた。
今は授業中で、綱吉にとってはよく理解できない数式の説明が延々と続いていた。
ふと背後から視線を感じた。
何気ない風を装ってちらりと目のみ背後に走らせると、その視線は獄寺だった。
最近の自分の様子がどこかおかしいと気付いているのだろう。
自分を観察するような、思案気な目つきだった。
自分が獄寺を見たのが分かったのだろう、一瞬目が合って、すぐにはっとして笑顔を作る。
自分もおざなりの笑顔を返して、綱吉は身体を前に向けた。
胸の奥が少し痛んだ。
これは罪悪感だろうか……獄寺や山本たちをあざむいている。
あざむいている、というと、自分がずいぶんと悪人に思えた。
獄寺や山本の事は本当に大切だ。
もし骸が獄寺や山本を殺そうとしたら、その時は自分は骸と闘うだろう。
そういう意味では、骸よりも、獄寺や山本の方が大切だ。
しかし、別の意味で──既に綱吉にとって骸は何にも代え難い存在となっていた。
骸と会うと、心の奥底の、自分でも気付いていないような深い深い中心が疼いた。
骸に触れると、そこが火傷したかのように熱を帯びた。
口付けをし、心が重なり合うほんの一瞬、至福を感じた。
もう、止められない。
心も身体も全て、骸を欲していた。
自分が淫らで、いやらしいと思った。
そんな欲望を自分が持っていたなんて、認めたくない。
けれど──。
何度逢瀬を重ねても、口付け以上の事をしてこない骸に、綱吉は焦れていた。
自分の欲望の強さに圧倒されていた。
骸──お前が欲しい──もっとお前を感じたいんだ。
オレはおかしいよ、こんな欲望を持て余しているオレなんて……。
どうしちゃったんだろう……でも、もう、我慢できない……。
そんな懊悩が、綱吉を苦しめていた。








暗がりの中に聳え立つ黒曜ヘルシーランド。
廃墟となってすでに久しく、更に、骸との闘いによって一層荒廃が進んでいる。
三階に上がるといつものようにひっそりと闇と同化して、骸が待っていた。
綱吉の姿を認めると、闇から抜けだして、かすかに笑う。
その笑みが儚くて消えそうで、綱吉は胸の奥が切なく痛んだ。
骸が───好きだ。
駆け寄って抱き締めて、いつも傍にいるよ、と囁きたい。
あの赤い瞳に口付けして、藍色の髪を撫でて、彼の身体をたためた胃。
オレがいつも傍にいるから、安心し定位よ、と慰めたい。
考えてみると不思議だった。
自分より骸の方が精神的に強いはずだ。
彼は牢獄から脱出してマフィアを殲滅させ、世界を破壊しようとさえしたのだから。
今だって絶望よりも不幸な、二度と逃れられない牢獄の深い水の中で拘束されているのだから。
けれど、……何故か、骸が消えそうな気がする。
自分がしっかり抱き締めていてやらないと、どこかへ行ってしまいそうな気がする。
「骸……」
駆け寄って綱吉は骸を抱き締めた。
背の高い相手の背中に手を回して胸に頬をすり寄せる。
骸がそれに応えて自分の髪を撫でてきてくれるのが、嬉しかった。
嬉しくて、切ない。
切なくて、胸が苦しかった。
「好き……」
こっそり呟いてみる。
かすかな囁きを骸が聞いて、微笑んだ。
「僕も好きですよ、綱吉君……」
ひっそりとした低い声が、暗い部屋に響く。
消え入りそうな気がして、綱吉は骸を強く抱き締めた。
息が詰まるほどに腕に力を込め、背伸びをして骸の顎に口付ける。
骸が身体をかがめて綱吉の唇に触れてきた。
「……む、くろ…」
触れた唇が冷たかった。
自分の体温で暖めたくて、綱吉は舌をのばして骸の咥内へ差し入れた。
自分からそんな事をするなど、恥ずかしくてはしたない事だと頭の片隅で思う。
それでも、骸の暖かな咥内を感じると、全身が震えるほどの興奮がわき起こる。
綱吉は息を弾ませながら、熱く息づいている下半身を骸の太腿に押しつけた。
まるで動物のようだ。
動物が発情期になって委細構わずに性行動に走るようなものだ。
我慢もできない、理性も何もない、本能と情動に突き動かされている自分。
それでも……止められなかった。
この衝動の激しさはなんなのだろう。
どうして骸に対してこんなに渇望しているのだろう──彼に触れることを。
唇をすっぽりと重ねあわせながら下半身を執拗に骸の足にこすりつけると、骸が唇をすっと離して、少し困惑したような表情で綱吉を見下ろした。
「綱吉君……」
「……だめ?」
ここで引き下がったら、骸は絶対自分にこれ以上触れようとしないだろう,そう思った。
「……お願い、骸…」
言葉ではこれ以上強請れなかった。
骸の手を取って、自分の股間に導き、自分の手も骸の股間へと伸ばす。
骸のソコも、自分と同じように変化していた。
布地の下で、堅く芯を持った熱情の存在に、綱吉は手のひらが燃えるような気がした。
「……したいよ。…お願い…」
興奮で吐息が混ざったかすれた声。
自分の声ではないみたいだった。
相手の堅い分身を布地の上から握りしめてぎこちなく扱く。
骸がかすかに息をのんだ。
「……」
次の瞬間、不意にソファに押し倒されて視界が回転した。
上から体重を掛けて押さえられて、綱吉は全身が蕩けた。
「骸……!」
性急な動作で骸が綱吉の服を脱がせてくる。
素肌があらわになると、外気が冷たかった。
カチャ、と軽い金属音を響かせて、骸も乱暴に自分の服を脱いだ。
「むくろ……むくろ…」
抱いて、と言うように手を伸ばすと、骸が綱吉をきつく抱き締めてきた。
骸の身体はやはりひんやりしていた。
素肌同士が触れ合って、えもいわれぬ安心感が全身を浸し、綱吉はわき上がる至福観に圧倒された。
骸が好きだ。
もっと触れたい。
深く繋がって骸を自分の中で感じたい。
自分から足を広げて誘った。
骸が青と赤の綺麗な瞳を細めて、微かに笑った。
笑顔が嬉しくて、綱吉は骸に笑いかけた。
骸の手が強く、優しく、綱吉のペニスを握ってくる。
「ぁつ……ああッッ!」
もう、全身が火照ってどうしようもないほど興奮していたせいだろうか。
綱吉のそソコあっけなく弾けた。
とろりとした粘液が、大きく広げた足の奥、ひっそりとすぼまった蕾に塗りつけられる。
「痛かったら、言ってくださいね?」
「……言わない…」
「綱吉君…」
骸が困ったような表情をするのが楽しかった。
嬉しくて、幸福で、自然と涙がにじんできた。
自分の後孔に骸の熱い欲望の徴が押し当てられるのを感じて、綱吉は瞳を瞑った。
(………!!)
目の前が真っ赤に染まる。
衝撃が、全身を襲う。
それはきっと痛みだったのだろう。
無理矢理割かれるような、性急な性交渉だったのだから。
しかし、綱吉にとってそれは悦びだった。
「あ、あっ、む、くろ……も、っと…ッ」
──もっと。
もっと深く、入ってきてほしい。
オレのことを乗っ取りたかったお前。
一人でさまよっていたお前。
オレを見つけたお前。
お前に見つけられたオレ……。
ねぇ、骸。……オレたちはきっと、会うべくして出会ったんだよね……。
身体の奥深くまで、熱を感じる。
骸の熱くてそれでいて氷のような情熱。
自分の熱と混ざり合って融合し、炎が更に大きくなって全身を包む。
骸と何もかも、とけあって共有して、魂が触れ合うような気がした。
骸の寂しい魂に寄り添って、自分の魂が彼を暖めている。
包み込んで溶け合って一つになる。
「ん、…ん、ん…も、っときてよっっ…む、くろッッ!」
腰を振って、自分から強請った。
痛みを通り越して、身体はもう感覚がなくなっていたけれど、全身が熱に包まれて幸福だった。
揺さぶられて、涙で濡れた目を開けると、間近に骸の端正な顔が見えた。
瞳を閉じて、どこか苦しげな、悲しげな表情。
「好き……好きッ、骸……好きッッ!」
何度も何度も、骸の耳に届くように言う。
骸は黙ったままだった。
それでも良かった。
自分にとって、言葉はいらない。
今、自分の心に触れている骸自身が答えだったから。
体内深く繋がっている事が、答えだから。
「……あ、く、あぁぁッッ!」
ぐり、と内部をえぐられて、目の前に火花が散ったような気がした。
一度射精したペニスを再びまさぐられ、握りしめられてくっと喉が鳴る。
全身がふわっと宙に浮いて、どこか遠くへ飛んでいってしまうような気がした。
抽送が激しくなり、目も開けていられなくなる。
──遠い、水の底。
…ゆらりとゆらめく鎖。
閉じた赤い瞳。
(骸……)
意識がふっと遠のく。
遠い遠い水の底の骸の側に行って、そっと抱き締める。
藍色の髪がゆらゆらと揺れて、骸が微笑んだ気がした。








ふと気がつくと、一人だった。
いつの間にか時間がたっていたのだろうか。
周りを見ると、誰もいなかった。
綱吉は一人きりで、暗いヘルシーランドの3階にいた。
身体を起こすと、ずきんと中心が痛んだ。
脱いだ服が身体にかけられていた。
重い体を引きずって衣服を身につける。
(骸…)
きっともう、帰ってしまったのだろう。あの遠い牢獄に。
天窓から薄い月の光が差し込んでいた。
夜中近い。
綱吉はのろのろと起きあがって、ゆっくり歩き出した。
身体の節々が痛かった。
痛みが心地良かった。
歩くと眩暈がした。





帰ったら、すぐに眠ろう。
この、骸に愛された記憶を胸に抱いて。そのまま眠ろう。
骸───。
自分を抱いた時の、少し苦しげな表情。
赤と青の綺麗な瞳。
ゆらめく水の底で、少しだけ微笑んだ幻影……。





胸が痛んだ。
痛くて、切なくて、感情が溢れそうだった。
唇を噛んで、うつむいて綱吉は歩いた。






back