◇La pioggia   







今日も、外は雨が降っていた。
縦長の黒い窓枠に区切られた硝子に、雨が当たり、つっと滴っていく。
窓の上端は半円形のステンドグラスになっており、青や赤や緑の硝子が色とりどりに填め込まれ、薄暗い部屋に微かな光の色を落としている。
雨は滴り、窓枠を湿らせ、ざぁっという雨音を部屋の中まで響かせてきた。
ドレープのついた深い茶色のベルベッドのカーテンが重く窓を仕切っている。
ザンザスは肘掛けの突いたソファに片肘を掛け、ぼんやりと雨の滴る様を眺めていた。







音もなく扉が開いて、湿った雨の匂いが部屋に流れ込んできた。
ソファを回転させて振り向くと、雨に濡れた銀色の髪を黒い隊服に蜘蛛の糸のように絡み付かせて、スクアーロが立っていた。
「ボス、任務完了だぜぇ」
掠れた、幾分しゃがれた声を出し、スクアーロが雨の匂いをまとわりつかせながら歩いてくる。
ブーツの先についた雨雫が絨毯に散って、点々と染みを遺した。
「ご苦労だった」
一言、ぞんざいに言葉をかけて、ザンザスはスクアーロを見るともなしに見上げた。
彼は、ぎらぎらと銀青の瞳を陰惨に輝かせて、ザンザスを見据えてきた。
「アンタの言う通り、期限の3日前に任務完了させたぜ、ボス」
「……?」
それがどうした、と言うようにスクアーロを胡散臭げに見上げると、スクアーロは眉をぐっと顰め、挑むようにザンザスの紅の双眸を睨んできた。
「アンタの条件満たせば、褒美をくれるんだったろぉ?」
──そう言えば、そんな事も言ったか…。
必死なスクアーロが面白くて、ついそんな戯れ言を言ったかもしれない。
ザンザスは双眸を眇め、スクアーロを見た。
「……で?」
「抱かせろぉ…」
押し殺した声に、ザンザスは喉奧で密かに笑った。
そうだった。
スクアーロと約束したのだった。
彼が期限より2日以上前に任務を完了してくれば、抱かせてやる、と。
今回の任務は相手が独りになる機会が滅多になく、2日前に終わらせるなど到底無理だと思っていた。
2日前どころか、1週間後ぐらいに漸く完遂するだろうと。
だから、ザンザスもスクアーロに適当な口約束をしていたのだった。
それが。
1日早く3日前に仕上げてきやがった。
スクアーロの必死さが滑稽に思え、ザンザスは厚めの唇を歪めた。
(コイツは、オレを抱きたければこれだけ必死になるって訳か。バカくせぇ…)
だったら、毎回自分の身体を餌にすれば、このバカ鮫は素晴らしい成績を残す、という事なのだろうか。
──くだらない。
何をそこまで自分に固執するのか。
ザンザスは肩を竦めた。
「あぁ、そうだったな。いいぜ?来い、ドカス…」
ソファから立ち上がり、執務室の奧、己の自室の寝室へと向かう扉を開ける。
振り返ると、スクアーロが銀の瞳に何とも言えない色を湛えて立ちすくんでいた。
顎で指し示して、寝室に誘えば、ふらりと湿った身体が寄ってきた。
ぎらぎらしているくせに、動作は臆病だった。
おずおずと自分の身体を抱き締めてくるスクアーロに、ザンザスは侮蔑を込めた笑いを唇に浮かべた。







寝室に入っても、スクアーロは行動を起こしてこなかった。
自分からはアクションを起こせないのだ、このバカ鮫は。
ザンザスが欲しいくせに、ザンザスの許可が無ければ何もできないスクアーロが、哀れで滑稽だった。
ザンザスはスクアーロを見つめ、微かに笑いながら、しゅる、と軽く衣擦れの音を立ててネクタイを外した。
シャツの釦を一つずつ時間を掛けて外し、全ての釦を外すとシャツを左右に広げ、ストリップショーのように胸筋のついた胸元をはだけて見せる。
スクアーロの銀青の目が食いつくように上半身を見つめてくる。
ごくり、と喉が上下するのが判り、ザンザスは薄く笑った。
シャツは肩に引っ掛けたままで、ブーツの紐を解き、床に放り投げる。
それから、ベルトのバックルをわざと大きな音を立てて外し、前をくつろげると、己の形が判るように指を這わせて下着をなぞり、腰を微かにくねらせて、ボトムを下着ごと脱ぎ捨てる。
スクアーロがふらり、と近寄ってきた。
「どうした、カス……オレが欲しいんじゃねぇのか?」
全裸になるとベッドに尻を据え、両脚を大きく開いてザンザスはにやりと笑った。
黒々とした陰毛に縁取られた自分自身を右手で下から掬い上げ、持ち上げて、スクアーロに見せつけるように揺らしてみせる。
「ボ、ボス……」
「濡れた服は脱いでこい。きたねぇ」
「あ、あぁ……」
呆然とした口調で、スクアーロが上の空で服を脱ぎ始める。
濡れて脱ぎづらいのか、もどかしげな動作がぎこちない。
それがまた笑いを誘う。
スクアーロの白く均整の取れた肢体が露わになると、その中心では色の薄いペニスが腹につくほどにそそり立っていた。
(全く、コイツの気がしれねぇ…)
ザンザスは顎を上げて唇を歪めた。
自分の何処に、彼を興奮させる要素があるのか。
それは知らない。判らない。謎だった。
スクアーロにしか感じられない何かがあるのだろうが。
(馬鹿なヤツだ…)
心底、そう思った。
(オレなんかに囚われて、……バカな、ヤツ……)







「ハッ……クッッ…」
大きく開いた脚の間に膝立ちになって、スクアーロが自分のペニスを口に銜えてくる。
「ボ、スッッ…」
くぐもった声に、ザンザスは顎を仰け反らせ、ベッドの天蓋を見つめた。
幾何学的な文様の布地が目に入ってくる。
カリ、と亀頭を噛まれ、脳天まで突き刺さるような快感にザンザスは背中を反り返らせた。
セックスは嫌いではない。
いや、むしろ好きだった。
自分からは面倒だから積極的に動かないだけで、こうして奉仕されるのは悪くない。
足の指でスクアーロの長い銀髪を摘んでやると、スクアーロが一層ペニスを頬張って吸い上げてくる。
ぐちゅ、と淫靡な水音が響き、スクアーロの長い指がぬるりと陰嚢を這った。
奥まった襞を濡らして、後孔につぷりと指が埋め込まれる。
ローションで濡れた指は難なく奧まで入り込み、前立腺をぐりっと擦ってくる。
「カ、スッッ……う、ッッ──!」
スクアーロの愛撫は的確だった。
それも、ザンザスがスクアーロとのセックスが嫌いではない理由かもしれなかった。
ベッドの上で身体をバウンドさせ、浅黒い身体の諸処についた傷跡を火照らせて、ザンザスは呻いた。
尾てい骨から背骨の中を電撃が駆け抜け、全身が硬直する。
込み上げる悦楽に任せて射精すると、スクアーロが呻いて、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
白濁で濡れた口元を拭って、スクアーロが情欲に盛った銀の瞳で自分を見据えてくる。
「ボス…」
低く掠れた声に、ぞくりとした。
「……来い、カス…」
応えて、射精の余韻に気怠い両脚を開いて、スクアーロを誘う。
長い銀糸の髪がベッドにずるずると引きずられる様子が、室内照明に光る。
両脚を抱え上げられ、肩に担がれると、ザンザスは後頭部を深くベッドに埋めた。
この瞬間が好きだった。
堅く熱い異物が、自分の中に入ってくる瞬間が。
自分を翻弄し、理性を吹き飛ばしてくれるモノが。
「ボス、ッッ!」
スクアーロは一気に入ってきた。
巧みに腰を使いながら、灼熱の肉棒を深く突き刺してくる。
根元まで突き入れたかと思うとすぐに腰を引き、ペニスが抜け落ちてしまうほど引き抜いては間髪入れず腰を更に突き立ててくる。
内部を抉られ、内臓を押し上げられて、身体中揺さぶられてザンザスは身悶えた。
身体の内部が焼けただれたように熱くなり、熱が血流に従って全身に伝播していく。
傷跡が熱を持ち、ぴりぴりと痛むような刺激が、快感を助長していく。
「ボスッ、ザンザスッッッ!」
スクアーロの切羽詰まった声が、おかしかった。
荒い息づかいと、ぴたりと重なった鼓動。
首筋を吸われて、顎を仰け反らせると、眩暈がした。
銀髪が身体を覆い、その微細な感覚が心地良かった。
「ボス、っボス……ッッッ、好きだぁッッ! 」
この少年の初恋のような純情さには、滑稽さを通り越して、哀れみさえ覚える。
ザンザスは黒い髪を揺らし、ベッドの上でのたうちながら、ひっそりと笑った。
何を自分に期待しているのか。
ただの、一時の戯れでしかないものを。──この鮫は。
「あ、っ、く…ボ、スッッ…イ、くッッッ!」
乱暴に突き上げられ、内部を深く抉られて、目の前が真っ白になった。
ドクン、と内部で堅い異物が弾け、熱い液体が内臓を満たしていくのを感じる。
同時に、自分のペニスからも再び精液が噴出する。
全身が気怠く、暖かな湯の中でたゆたっているような感覚に、ザンザスは身体を弛緩させ、瞑目した。
「ボス……ボス、好きだ……」
押し殺した、熱っぽい声。
うっすらと瞳を開くと、スクアーロの顔が間近にあった。
銀青の瞳と目線が合う。
銀の瞳が細められ微笑を浮かべる。
「愛しているぜぇ、ザンザス……」
顔中、額から眉、頬、鼻、顎とキスを落とされて、ザンザスは顔を顰めた。
「…出てけ…」
「………ボス…」
終われば、もう用済みだ。
スクアーロの戯れ言など聞くだけで疲れる。
ぞんざいに手を振って出て行けと指図すると、スクアーロが戸惑ったように瞳を瞬き、唇を噛んだ。
「あとで報告書、持ってくるぜぇ。ボス、…身体、洗わなくていいのか?」
「うるせぇな、自分でやる。早く出てけ」
「すまねぇ…」
自分が命令すれば、スクアーロは決して逆らわない。
すごすごと身体を離し、床の上に散らばった隊服を着て寝室を出て行く悄然とした後ろ姿を、ザンザスはちらりと片眼で見遣った。
──何を期待しているのか、コイツは。
(バカくせぇ…)
セックスの後の余韻は好きだった。
でもそれは独りで、の話だ。
独りでゆっくりと浸っていたい。
キスも、くだらない愛の言葉もいらなかった。必要なかった。
何もいらない。そんなものは。虚しいだけだ。
ただ、熱を感じる身体と、快楽だけがあればいい。
独りになると、寝室にも外の雨音が響いてきた。
精液でべたついた身体が心地良かった。
束の間の解放感に、ザンザスは身体を委ね、暫し意識を落としていった。








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