◇Gaudemihi   








執務室の重厚な机にも、ずっと座っていると腰が疲れる。
昼はパソコンに向かいながら軽食を摂り、朝から夕刻まで書類仕事をしていたザンザスは、縦長の窓から入ってくる夕方の柔らかな陽射しを見て、軽く息を吐いた。
両手を上に伸ばすと関節の軋む音がする。
同じ格好で長い時間居たからだろう。
少し運動でもしないとと思って、首を回しながら立ち上がる。
机の上にある各幹部直通のブザーのうち、スクアーロのものを押そうとして、ザンザスは眉を顰めた。
(ドカスはいねぇんだったか…)
昨日から数日間の予定で任務にでている。
(確かベルフェゴールも一緒だったな…)
スクアーロで暇を潰そうと思っていたあてが外れて、ザンザスは不機嫌になった。
とりあえず、まずは空腹を満たして、それから考えるか。
立ち上がるとザンザスは幹部専用の食堂へと向かった。








夕食を済ませシャワーを浴びて部屋に戻る。
ザンザスの私室は、執務室の隣にある。
執務室から直接出入りできる扉もあり、どこから入ってもまずは広い居間、その奧に寝室とバスルーム、簡易なキッチンがある。
ヴァリアーのアジトは中世の古城を改築して作られたもので、外観は古色蒼然とした城だが、内部は近代的な設備と伝統のある調度品がマッチした上品な部屋となっていた。
ザンザスの寝室はその中でもとりわけ古い調度品に囲まれ、重厚な雰囲気の部屋だった。
勿論セキュリティは万全で、調度品の外観を損なわぬように隠れているが最新式のものが装備されている。
シャワーを浴びてガウンを羽織り、簡易なキッチンからグラスと氷を取り、そこにウィスキーを入れると、ザンザスはベッドの傍のゆったりとした肘掛けのついた布張りのソファに座った。
夕食も食べ終わってしまったし、これから何をするか。
今日は朝から執務をしたので、夜はもうこれ以上はする予定はない。
となると、ザンザスのしたいことはただ一つ───セックスだった。
一日中堅苦しく椅子に座って机に向かっていたので、身体が疼いている上に運動不足でもある。
適度に動いて汗を出し、その上心地良く眠れるのがいい。
しかし、こういう時にすぐに役に立つスクアーロがいなかった。
(面倒くせぇな…)
別に誰でもいいのだが、今日のザンザスは些か疲れていたので、勝手の分かるスクアーロが一番楽だったのだ。
(しょうがねぇ、ルッスーリアでも呼ぶか…)
ベルフェゴールもいないとなると、あと面倒がないのはルッスーリアぐらいしか思い浮かばない。
レヴィでも良かったが、くそ真面目なレヴィとは実のところセックスをした事がなかった。
純情そうなレヴィを誘ってみるのも悪くはないが、なんといっても今日は面倒なのだ。
ザンザスは眉を寄せ、グラスの中の琥珀色の液体を少し転がしてから、寝室の内線電話でルッスーリアを呼び出した。








「ボス、お邪魔するわよ?」
程なくして、寝室のドアをコンコンとノックする音がした。
「入ってこい」
ザンザスの声に対応して、扉が開けられる。
ルッスーリアがヴァリアーの隊服を着たいつもの格好で入ってきた。
ソファに腰を掛けているザンザスを眺め、小首を傾げてにっこりと笑う。
「ボス、私にお呼びがかかったのかしら?珍しいわね?」
「カス鮫がいねぇからな」
「ま、私ってスクちゃんの代わりなのね…ちょっと傷つくわぁ」
「いちいち煩ぇ……ほら、来い」
ルッスーリアの言葉を軽くいなして立ち上がると、ザンザスはベッドにごろりと横になった。
ルッスーリアとは数回寝た事がある。
オカマのような外見や仕草に似合わず結構上手い。
何より、自分は寝っ転がっていればルッスーリアが何もかもやってくれるので楽だった。
「はいはい、ボス…今日はどういうのがお好み?」
「面倒くせぇから、テメェが好きにしろ…」
「んま、面倒なのね、ボス。お疲れかしら?」
「まぁな…」
「了解よ。私の出番が来るって事は、スクちゃんがいないのも悪くないわね」
サングラスを掛けているので、ルッスーリアがどんな視線をしてそういう台詞を吐くのかは分からない。
ザンザスは肩を竦めてベッドに身体を沈めた。








「……ハッ……く……ッッ…」
「ボス、どう?気持ちいい…?」
「煩ぇ、いちいち聞くな」
ザンザスがベッドに横になると、すぐにルッスーリアはザンザスの着ていたガウンを脱がせ始めた。
自分は服を脱がずにザンザスだけ全裸にする。
仰向けになってルッスーリアにされるがままになっていると、足を大きく広げられ、その中心にまずはルッスーリアの唇が寄せられた。
かなり上手い。
絶妙な舌の動きが、ペニスの先端を擽り、裏筋をぐっとなぞり、窄まった咥内に吸われて腰が抜けとろけるような気分になる。
デスクワークの疲れや、なんとなく溜まっていた欲求不満がすうっと解消される気がする。
ザンザスは顎を仰け反らせ、黒髪と極彩色の羽根飾りを揺らめかせた。
「ふふ、ボスって色っぽいわね…」
ルッスーリアの大きな手が、内股を這ってくる。
唾液で濡れた指がアナルの周囲をまさぐり、襞を擽っては入口に微かに埋め込まれる。
が、すぐに指は引いて、じれったさと腰の疼きがザンザスを襲う。
死体愛好者、という所がいただけないが、その辺に目を瞑れば、ルッスーリアは悪くない。
ただし、問題があった。
ルッスーリアは実際のセックス行為はしないのだ。
どうやら死体でないと勃起しないタチらしい。
なのでルッスーリアと寝る時は、彼がザンザスに突っ込む、という行為はなかった。
「ハッ……あ……ン……ぁ……ッッ、も、ッッ」
「ボス、そろそろイく?」
くすっと笑い声が聞こえて、アナルをまさぐっていた指がずぶ、と埋め込まれ、内部から前立腺を擦り上げられた。
背筋を快感が瞬く間に駆け上り、陰嚢がぎゅっと縮んで精液を押し出していく。
「………ッッッッ!」
一瞬目の前がスパークし、全身が震えた。
ルッスーリアの咥内にどくりと精液を流し込んで、ザンザスは射精の快感に酔った。








「ボスって本当罪作りよねぇ…」
「あぁ、何がだ?」
射精の余韻に心地良くベッドの上でたゆたっていると、口元を拭ってルッスーリアが立ち上がった。
「んもう、ボスの事狙ってる子がいっぱいいるっていうのに」
「あ゛?」
「ボスったら、今日は私がいたからいいけど、スクちゃんも私も居ないときって見境ないでしょ?」
気怠い腕を上げて被さってきた前髪を払うと、ルッスーリアがベッドの端に腰掛けて自分を見下ろしてきた。
相変わらずサングラス越しなので、彼が何を考えているのか分からない。
「その辺の子をつかまえてはベッドに引き込んでるでしょ?そのせいで、ボスに恋しちゃった子が結構いるのよ?」
「くだらねぇ…。気持ち悪い事いうな」
「気持ち悪いなんて可哀想じゃない。ボスに純粋に恋してる子だっているのに。スクちゃんだってそうでしょ?」
「カス鮫か…」
考えてみたら、スクアーロとこういう関係になったのも、元はザンザスがスクアーロを誘惑したのだった。
性欲を持て余し、誰か相手を、と探していた所に現れたスクアーロをベッドに引きずり込んで、驚くスクアーロを無理矢理襲った。
扱いて勃たせ、上に乗って自分の中に咥え込んで腰を振ってやると、スクアーロは銀蒼の眸を見開いて呆然としていた。
それから8年の空白を置いて随分と経つ。
ザンザスは唇を歪めて笑った。
「くだらねぇ…ただの運動じゃねぇか」
「またそんな事言って…スクちゃんも救われないわねぇ…」
「煩ぇよ」
「で、どうするの、ボス……後に入れてほしい…?」
ルッスーリアが掌を上に向けて振ってやれやれ、と言った調子で言ってきた。
「玩具で良ければ付き合うわよ?」
「……そうだな…」
ペニスを弄られたぐらいでは、ザンザスの身体の奧でくすぶっている欲望は消えない。
勝手知ったるルッスーリアは持参した小さなバッグの中からバイブレーターを取りだした。
「持ってきたのか?」
「ボスに必要なものは忘れないわよ」
ルッスーリアがくすりと笑う。
「ボス、四つん這いになって、お尻を上げて……」
低く甘い声で囁かれると、ザンザスは身の裡がぞくりと沸き立った。
ルッスーリアの声に興奮するなど噴飯ものだが、身体は正直だ。
これから起こる事への期待に、達したばかりのペニスがまたむくりと頭を擡げる。
怠い身体を俯せにして尻を上げると、背後からひんやりとした液体がアナルを濡らしてきた。
甘い匂いが広がる。
くちゅくちゅ、と濡れた音がして、ルッスーリアの指がローションをザンザスのアナルの周囲に塗り込めてくる。
内部が疼いて、ザンザスは思わず腰を突き出した。
早く、中に欲しかった。
太くて堅いもので、中を掻き回して欲しかった。
何もかも忘れるぐらいに激しく。
ルッスーリアもその辺は分かっているのだろう、不意に太いバイブが押し当てられたかと思うと次の瞬間容赦なくアナルを割り開いてそれが突き立てられる。
「……うッッッ!!」
全身が戦慄いて、ザンザスは羽根飾りを揺らして呻いた。
思わず尻に力が入るがそれをものともせずにシリコン製のバイブがぐりぐりと内部を抉り突き進んでくる。
深く押し込められたそれはすぐにスィッチを入れられ、絶妙な動きでザンザスの腸壁を擦り上げてきた。
「はっ、あ……あ、あぁッッ……くっ、もっと、ッ来い!」
玩具で責められている事に対する羞恥や躊躇いなどはザンザスにはなかった。
ルッスーリアが全く服を脱いでいない事も、自分だけが全裸で喘がされている事にも羞恥はない。
そんな事よりもいかに快感を得て、いかに理性を飛ばすか──それがザンザスの欲するところだった。
「ボスったら……ホント好き者なのね…」
くすくすと笑う声も気にならない。
自分から尻をくねらせてバイブを飲み込むようにすると、バイブがうねうねとうねって腸壁を抉り前立腺を突き上げてくる。
気持ちが良くて、どうにかなりそうだった。
頭の中は快感で支配され、全身が震える。
目の前が真っ白になるほどの快感に背筋が反り返り、喉奧から喘ぎが漏れる。
ルッスーリアの手が激しく玩具を抜き差ししてくる。
それに加えて玩具自体の動きがザンザスの内部を犯してくる。
「う゛ッ、あ゛ッッ……あ、あぁぁぁッッッ!」
前立腺をぐりっと抉られて、たまらず声を上げる。
全身が痙攣し、玩具を深々と咥え込んだまま、ザンザスは再度達した。








「じゃあ、私は失礼するわね、ボス…ゆっくりおやすみなさい…」
ルッスーリアの手がザンザスの身体を丁寧に拭き取る。
ザンザスは何もせずただベッドに突っ伏しているだけでよかった。
精液で汚れたシーツも取り替えられ、濡れたタオルで綺麗に拭き取られれば、心地良い眠りがザンザスを遅う。
この解放された眠りが好きだった。
頭の中には何もない。
心地良い快感の余韻だけだ。
刹那の快感に身も心も委ねてしまえる。
面倒くさい事も何もかも、今だけは考えなくてすむ。
そのためには、誰でも良かった。
この眠りを自分に提供してくれるのならば、誰でも。
相手が誰だろうと、関係ない。
重要なのは、行為と、自分をいかに狂わせてくれるか……それだけなのだ。





「ボス、明日の朝からは私も任務に出るわね?おやすみなさい…」
ルッスーリアの声が聞こえ、扉の閉まる音がする。
明日はルッスーリアもいない…とすると、明日は誰を呼びつけたらいいか…。
一瞬ザンザスの眉は顰められたが、すぐに彼は思考を手放した。
それを考えるのは、明日でいい。
今だけは、何も考えずに、この、束の間の解放感に浸っていたかった。









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