執務室での単調な退屈な仕事を終えて自室に戻ってくると、そこに歓迎すべからざる人物がいた。
スクアーロだ。
いつから待っていたのか知らないが所在なく窓際に立ちすくんでいる。
オレが扉を開けるとぱっと振り向いて銀蒼の眸を輝かせてきた。
長い銀色の髪がさらりと流れて残像が銀色に煌めく。
それは綺麗ではあったが、オレはカスなんかに逢いたくねぇ気分だったからあからさまに顔を顰めた。
「テメェ、勝手に入ってるとはいい度胸だな。すぐ出て行け」
「ちょ、ちょっと待ってくれぇ…なぁ、ボス…」
スクアーロが口籠もりながらおずおずと近寄ってきた。
「ボスさん、誕生日おめでとうよ…」
そう言ってドカスが差し出したのは年代物のウィスキーだった。
ご丁寧にリボンまでかけてある。
「つまんねぇもんで悪いが…アンタ、これ好きだろぉ…誕生日、おめでとうよぉ」
瞬時頭の中が沸騰した。
気が付くとオレはドカスをぼろぼろに殴り倒していた。
アルコールの匂いが部屋に充満する。
どうやらウィスキーの瓶を割ってそれでドカスを殴ったりもしたらしい。
オレの足元に倒れ伏したカスの俯せになった身体から、目も覚めるような泡立った綺麗な鮮血が流れ出ている。
それは明るい真赤で、瞬く間にカスの銀髪を染め、血溜まりを作った。
傍にウィスキーの割れた瓶の底が転がっていた。
まだグラス1杯分ぐらいの琥珀色の液体が揺れている。
オレはそれを取って、カスのぴくりとも動かない頭に降りかけた。
アルコールと錆びた鉄のような血の匂いが混ざり合って、立ち上る。
オレの誕生日だと。バカなヤツだ。
オレは呪われて生まれた。
オレを生んで、母はおかしくなった。
呪われたオレは、呪われた人生を歩む。
それなのに束の間、オレは、引き取ったじじいを信じてしまった。
じじいは初めてオレの誕生日を祝ってくれた。
その時のオレは、じじいを信じた。
騙されているとも知らずに、じじいの言葉に踊らされて。
なんて無様なオレ。
プライドの欠片もねぇ。
施しを受けて悦びやがって。
当時の誕生日のパーティの事を思い出すと、オレは怒りで全身が沸騰する。
オレは誰も信じねぇ。誰も許さねぇ。
このオレをこの世に生んだ母も、引き取ったじじいも。
全ての存在を恨んでやる。
オレがこの世から消えるまで。
いや、違う。
オレは、…オレ自身が一番、オレを憎んでいるのだった。
だからこそ、オレは全てが憎い。
オレをこの世から消すまで、オレがオレ自身を断罪するまで、オレは全ての事象を恨んでやる。
全てを。世界の何もかも。そしてオレ自身を。
「ボ、ス……」
ドカスが気が付いたようだった。
見下ろしてオレは冷笑し、ドカスの血にまみれた銀髪を踏み付け、それから自室を後にした。
ドカスがどうなろうとも、オレの知った事じゃねぇ。
誕生日なんざ、この世で一番呪われた日だ。
せいぜい血の海であがいてろ。
オレをこの世に生み出した事を、後悔させてやる。
母に。じじいに。カスに。
全てのヤツラに。
……世界に。
──オレ自身に…。
Buon Compleanno!
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