◇衝動 -2-  

イラストをいただきました(イラスト入りバージョンはこちら)






イタリアの冬は寒く厳しい。
地中海から吹いてくる季節風がオレの髪を吹き上げる。
コートの襟を立ててひっそりと人目に付かないようにアジトのある古城に戻ると、内部は珍しく賑やかだった。
いつもは深閑として昼間は特に人の気配もないアジトが、まるで普通のどこかの城みてぇに人が動いている。
リング戦後暫く謹慎していたオレたちだったが、その謹慎も解けたっていうんで、何かお祝い事でもやるのか。
それにしても暗殺部隊がそんな大仰な事もしねぇだろ、と思って訝しく見回していると、ルッスーリアが駆け寄ってきた。
「スクちゃん、早くこっちいらっしゃい」
「なんだぁ?」
「いいから、ボスがお呼びよ?」
「ボスが…?」
ボスも復帰したばかりだった。
一番重症だったのはオレだが、ボスも内臓をやられていたから、外見はさほどでなくてもやはり回復するのが遅かった。
リング戦で何か心に期する事でもあったのか、ボスはここのところ沈思黙考、なんか数年分ぐらい急に年を取っちまった感じだった。
そのボスがこんな賑やかそうな事をさせるはずもねぇし、と思いながらボスの執務室の扉をノックする。
「入れ」
中からボスの声がして、
「失礼するぜ」
と言ってオレが扉を開けると、
「やぁ、スクアーロ!元気そうじゃねぇか?」
開口一番、よく聞き慣れた声が聞こえた。
跳ね馬だ。
扉を閉めて声のした方を見て、オレは瞬時身体を強張らせた。
執務室の机の前に人が立っていた。
跳ね馬と───。
もう一人は、山本だった。
…………山本……。
──そう。
コイツに逢うのも数ヶ月ぶりだった。
前に逢った時は……ハハッ、コイツがオレに告白してきて、そしてオレを抱いた時だったなあ…。
山本の顔を見た途端、その時の事が鮮明に思い出されて、オレはこっそり顔を歪めて笑った。
あの時は──そうだ。
オレは一人きりで病院に監禁されていて、山本が見舞いと称してやってきたんだった。
オレが日本を立つ前の日に。
オレを見つめてくるあの時のぎらぎらとした、切羽詰まった黒い眸。
覆い被さってくる体温、息づかい。
挿入された時の重い衝撃。
そんなものが瞬時に思い出されて、オレは瞳を眇めた。
別に、オレにとってあんな行為はどうという事はねぇ。
元々綺麗な身体でもねぇ。
任務でターゲットと寝る事もあれば、その辺ほっつき歩いて女だろうが男だろうが盛れば適当に見繕ってヤる事もある。
が、山本にとっちゃ、あれは神聖な行為だったんだろう。
あのときのオレは敗者だった。
そして山本は勝者だった。
山本はオレに何をしてもいい立場だった。
足を開いたオレに圧し掛かって犯してきた山本──。
泣きそうになっていた幼い顔。
……オレを忘れてしまえば良かったのになぁ…。
なんでまたイタリアくんだりまで来た?
山本がオレを見て、ぱっと顔を輝かせ、それから狼狽したように視線を逸らした。
まるで初恋を知ったばかりの少年って所じゃねぇか。
何も知らない無垢な、純粋な恋をしているような、そんな純情。
オレが大人しく抱かれたからといって、オレまでテメェと同様、恋してるとか思ってんじゃねぇだろうなぁ?
───あ゛あ?
あんなのは、その辺でクソを垂れるのと同じぐれぇのもんなんだぜ、刀小僧。
別にどうってことのねぇ、ただの生理現象だ。
一人で感極まって、……本当テメェはおめでたいヤツだぜ。
口を歪めて笑いながらオレは二人に近づいた。
「跳ね馬、どうしたぁ?テメェ日本にいたんじゃねぇのかぁ?」
「あぁそうなんだけどさ。山本がイタリアのボンゴレ本部とかいろいろ見学したいっていうんで付き添って帰ってきたんだ」
「カス、オレはディーノと少し話をする。テメェは山本の相手をしてやれ」
「剣の稽古とかしてもらいたいんだろ、山本?」
跳ね馬がハンサムな顔をにっこりと笑顔にして山本に言う。
山本がさっと頬を染めた。
「う、うん……できたら…」
ハッ……茶番だ。
ボスの顔、跳ね馬の顔、そして山本の顔を見ていると、オレは心の底に苦い物が湧き出してくるのを禁じ得なかった。









ヴァリアーアジトの一角は射撃場や剣の稽古場になっている。
オレは山本をそこに案内した。
「ほら、かかってこいよ…?」
剣を渡して山本に言うと、山本が真剣な表情になる。
あぁ、やっぱりこいつ悪くねぇな……オレを倒しただけの事はあるぜ…
剣戟の音、鋭い光、足遣い。
どんなヤツとやっても物足りないオレを満足させてくれるものが、山本にはある。
手加減は勿論しているものの、それでも興奮は抑えきれない。
イタリアに戻ってきて、半ば飼い殺しのような生温い環境で耐えていたのが少しでも発散されたような気がして、オレは僅かだが気が晴れていくような気がした。
山本は、と見ると…。
剣を打ち合いながらオレが視線を向けると、ヤツはさっと頬を赤らめた。
一気に真剣さが薄れ、剣が泳ぐ。
そことすかさず払って剣を弾き飛ばしてやると、山本がその勢いで床に倒れ込んだ。
「なんだぁ、弱っちいじゃねぇかぁ?」
ふん、と鼻を鳴らして上から見下ろしてやると、山本が顔を赤くして俯いた。
短い黒髪から足までじろりと見つめてやる。
……興奮、してやがる。
股間が盛り上がっているのが分かった。
そこにオレの視線が行ったのが分かったのだろう、山本が膝を立てて股間を隠そうとする。
おかしくてオレは思わず声を出して笑いそうになった。
可哀想なやつ。
こんなオレのどこがいいんだか。
あれから──日本でセックスしてから……ずっとオレの事を考えていたんだろう、テメェは。
オレに囚われて、オレの事だけ考えて……一人で慰めてたのかぁ?
「やまもとぉ……」
オレは意図的に甘い声を出して山本を呼び、彼の前に膝を突いた。
「どうしたぁ……いいんだぜぇ…?」
焦げ茶の瞳を覗き込みながら笑ってみせる。
そうして山本の右手をとってオレの頬に当てさせた。
山本が目を見開いてオレを見つめてきた。
「いいんだぜぇ、オレを好きにして……テメェにはその権利があるだろうが…」
「スクアーロ……」
左手に装着していた剣をガチャリ、と落として、口端を吊り上げて笑いながらゆっくりと山本の首筋に唇を押し当てる。
山本がびくっと身体を強張らせた。
「テメェは勝者だぁ……オレを好きにしていいんだぜぇ…?」
再度囁くと、山本が堰を切ったようにオレをきつく抱き締めてきた。
少年らしい爽やかな汗の臭いと、荒い息づかい。
なんだ、この間ヤったってのに、まだまだ童貞少年みてぇじゃねぇか。
床に押し倒されて、上から山本が圧し掛かってきた。
シャツの釦をもどかしげに外して、露わになったオレの胸にむしゃぶりついてくる。
「スクアーロ、スクアーロ……ッッ!」
情熱的な呼びかけに、さすがにオレも悪くはねぇ気持ちになった。
ハハッ、こんなに求められるなんざぁ、オレもたいしたもんだぜぇ。
オレは自分からボトムのベルトを外し、ブーツごと脱ぎ捨てて脚を広げた。
「やまもと……」
囁くと、山本がごくりと唾を飲み込み、瞳をこれ以上ないほど見開いて、オレの裸を凝視してくる。
山本のズボンも外してやると、中から反り返ったペニスが零れ出てきた。
すげぇな、もうこんなにしてたのかよ…。
少年らしく色は薄いもののそこは凶暴に猛り、先走りがてらてらと光って艶やかな丸い先端を濡らしている。
それだけ濡れてりゃ、すぐ入るだろ。
オレのケツはヤワじゃねぇ。
今までお綺麗な生活をしていたわけでもなし。
ケツの孔なんざ十分使用済みだ。
まぁ、そんなケツでも、テメェに取っちゃあ垂涎ものみてぇだがなあ…?
足をゆっくりと開いて、山本を誘う。
「スクアーロっ!!」
この切羽詰まった、純情そのものっていう声がそそられる。
そんなにオレが好きなのかよ。
テメェの頭腐ってんじゃねぇのかぁ?
ずぶっと入り込んでくる衝撃と相俟って、オレは顎を仰け反らせ、長い髪を床に広げて笑った。
「あ、っ、スクアーロッッ…好きだっっ……好きなんだっ!」
相変わらず真剣で気の毒になるぐらいの声を出しやがるなぁ。テメェは。
その一生懸命さが滑稽で可哀想で、なんつうか、言いようがねぇよ。
ぐっと奧まで入り込んでくる堅い山本の怒張が、オレのいい部分を刺激してくる。
「う゛ぁっっ……は、……あ、ッッ!」
──悪くねぇ。
コイツ、覚えが早い。
オレのいい所をすぐに学習して、そこを重点的に責めてきやがる。
まぁ、オレが認めたぐらいの実力の持ち主だからな、当然か?
内部をぐりっと抉られて、電撃のように快感が脊髄を駆け上がり、脳髄がぐずぐずと崩れ溶けるような快感に侵食される。
気持ちが良くて、オレは顎を仰け反らせて喘いだ。
「スクアーロッッッ!」
真摯な山本の声にもぞくぞくとする。
気持ち良くて、足を大きく広げて山本の腰を挟み、自分からも腰を振ってやる。
「あ、あっ、スクアーロッッ!」
山本が情けない声を上げた。
イきそうになったのか、一端動きを止め歯を食いしばって堪え、またすぐにオレを揺さぶり始める所が初々しい。
ハッ、可愛いもんだぜぇ。
顎を仰け反らせて床に髪を蛇のようにうねらせて、オレは顔を左右に振った。
ふと天地が逆になった視界の端に、金色に光るものを見つけた。
顔を留めて視線を向けると、稽古場の端の柱の影に、誰かがいた。
金髪がきらりと光る。
ディーノだ。
揺さぶられながら、ディーノの表情を見つめる。
ヤツは愕然とした顔で、オレたちを見ていた。
オレが気付いたのを知ってか、さっと顔を背け、それからまたオレの顔を見て、蒼白になる。
オレはディーノににやっと笑って見せた。
ハッ───何驚いてやがる。
山本がオレに執着してる事も分からなかったのか、テメェ。
……まぁ、こういう事だぜ。
わざわざ日本から山本連れてきて、御苦労なこった。
こういうのは予想もしていなかったってかぁ?
鼻を鳴らしてにやりと笑ってディーノを見ると、ヤツは眉をぐっと寄せ、唇を噛んで、それから脱兎の如くオレの視界から逃げていった。
「ハハッ……!」
なんだか笑いが込み上げてきて、オレはがくがくと揺さぶられながら笑い転げた。
「…スクアーロ?」
「あ、あぁ、なんでもねぇよッ……やまもとぉ…もっと、来いよ……ッッほら、…んッ!」
「スクアーロッッ……う、ぁ……そ、んなにされたら、……ッッ!」
「いいじゃねぇかぁ……好きだろぉ、オレの事が」
「スクアーロッッ………好きだッッ……愛してるッッ!」
おいおい、言うに事欠いて愛してると来たか。
オレは返事の代わりに、ケツの孔の中に入っている山本のペニスを思いきり締めあげてやった。
うぅ、と低く呻いて山本が顔を歪め、必死に射精を堪えている様子が可愛らしい。
テメェもほんと馬鹿だよな、山本。
こんなオレのどこがいいんだか。
全くテメェの脳味噌でもかっぱいて引きずり出して見てみてぇもんだ。
可哀想なやつ。
まぁ、テメェもすっかりマフィアの一員になっちまうんだろうなぁ。
オレなんざに引っ掛かって。
悪い女に引っ掛かって身を滅ぼすバカ男の典型かぁ。






オレは喉奧の笑いが止まらなかった。
激しく突き上げられて目の前にぱっと閃光が散る。
ぐっぐっと貫かれ、快感が全身を回り、熱を持った身体を這い回る山本の手が心地良く、オレはご褒美とばかりに山本の首に手を回して抱き締め、キスしてやった。
「ス、スクアーロッッッ!」
山本が感極まった声を上げ、更に激しく動き始める。
ハハッ──可愛いやつ。
馬鹿なヤツほど可愛いとはこういうもんかぁ。
───気の毒になぁ。






オレが引きずり込んだ、真面目なヤツ。
普通に暮らしていれば平凡な幸せが待っていただろうに。
オレなんかに囚われたおかげで、テメェの人生はもう……地獄に向かうしかねえだろう。
このオレのように…。
真っ当にはもう生きられねぇぜ?









胸の奥がちくりと痛んだ気がした。
しかし、そんななけなしの良心も、快楽の波に飲み込まれ、すぐに頭の片隅から消し飛んでいってしまった。








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