8年間の氷結からザンザスが目覚めて数日。
目覚めてすぐに彼はヴァリアーのボスの座に戻り、滞りなく8年のブランクを微塵も感じさせず、執務に就いた。
スクアーロにとってもそれは待ちかねたものであり歓迎以外の何物でも無かったのだが。









◇Io muoio di fame   







「ご苦労だった」
低く甘く響くバリトンの声が耳に入ってくるだけで、全身が震え身体の芯が疼く。
鼓膜まで甘く疼いて、耳から犯されているような錯覚に襲われる。
脳内が侵食されて、耳から足の先まで熱が伝播していく。
スクアーロは奥歯を噛み締めて、その衝動に耐えた。
「じゃあ、オレは下がるぜぇ」
たったそれだけの返事でさえも、声が上擦る。
身体が細かく震え、長く伸ばした髪の先まで、ザンザスの視線を感じて敏感になる。
必死で平静さを保ちながら、スクアーロは自室へと戻った。
スクアーロの部屋は、ヴァリアー幹部の部屋が並ぶ一角、東の角にあった。
ザンザスの居室に比して粗末と言えるほど簡素で、元々作りつけの家具や調度品以外は殆ど何もない。
その部屋の無味乾燥なベッドに突っ伏して、スクアーロはシーツを千切れるほど掴んだ。
「ザンザス…」
名前を口に乗せると、それだけでどうにかなってしまいそうだった。
ザンザスが欲しい。
触れたい、抱き締められたい───繋がりたい。
考えると、欲情が一気に押し寄せてきて、スクアーロは唇を血が滲むほど噛み締めた。
身体が熱い。
体内が熱く溶けて、その熱が全身に広がって、堪えきれなくなる。
8年間、押し殺し、我慢し続けていた熱。
それが、再びザンザスを見た瞬間に、奔騰した。
彼が目覚めて、数日が経とうとしていた。
8年前、あのクーデターの前日に、一度だけスクアーロはザンザスと交情した。
その時の興奮を、情欲を、身体も心も全て具に覚えていた。
8年間、スクアーロはその記憶を繰り返し繰り返し反芻し、夢に見、恋いこがれ、狂うほどに渇望した。
何十回も何百回も反芻しているうちに、スクアーロはザンザスの愛撫をこれ以上ないほどリアルに脳内で再現できるようになっていた。
想像は、飢えて切羽詰まっているだけに現実的で、スクアーロはその白昼夢だけで生きながらえてきたとも言えた。
それが、今現実となって、8年ぶりにザンザスと相まみえて、──押さえきれるはずがなかった。
「クソぉ……」
やりきれない熱に、自分の身体が自分で制御できない。
スクアーロは忌々しげに舌打ちをした。
剣でも振るって、他人の血を流せば、少しはおさまるかもしれない。
いや、駄目だ。
そんな事では到底この、身体の奥底から湧き上がってくるマグマのような灼熱は押さえられない。
ザンザス以外には。
しかし、当のザンザスはと言えば。
彼がスクアーロの事をどう思っているのか、まるで分からなかった。
クーデターの記憶は、彼の中では8年前ではなく未だ新しいはずだが、それだからこそ、大した感慨ももたらさないものなのかも知れなかった。
スクアーロが8年もの間、それこそザンザスがどのようにスクアーロを愛撫したか、全てくまなく覚えていて、幻術にも劣らないリアルさで情熱を持っているのに比べれば。
「ボス……」
瞳を閉じて、瞼の裏に先程見たザンザスの姿を思い浮かべる。
深紅の鋭い眼差し。高い鼻梁。肉厚の唇。
甘く響く声。微かな男の匂い。
全てがスクアーロを揺さぶり、胸苦しくさせた。
脳内の想像であっても、それはスクアーロを虜にした。
「あ、ふ…っ、……ボ、ス…」
ザンザスの優雅な動きをする指が、自分のペニスに絡まるのを想像する。
スクアーロはベッドに仰向けになって、堪えきれずズボンを下着ごと脱ぎ捨て、ペニスを取りだした。
握り込めば、ずきんと痛みにも似た快感が脳髄まで突き刺さり、スクアーロは秀麗な眉を顰めて呻いた。
脳内で想像する。
これは、ボスの指だ…。
ザンザスが近寄ってきて、自分の股間に指を絡めてくる…。
「くっ……う゛……は、あ……ザ、ンザス……」
長い銀色の髪をベッドに乱して、スクアーロは身悶えた。
後頭部をベッドに沈ませ、脚を大きく広げて淫靡な快楽に没頭する。
昼日中から自分がどんな事をしているのか、考える理性は既にどこかに飛び去っていた。
首を激しく振り、長い髪をぱさぱさとシーツに広げ、唇を噛む。
ペニスを強く握り込むと、目の裏にぱっと閃光が散った。
背骨を電撃が走り抜け、背中を瑞枝のように反らして全身を震わせる。
汗が噴き出し、固く閉じた目尻から生理的な涙が溢れる。
「あ、あっあっ……ボスっっっ!」
目の裏で花火のように白い光が散った。
全身が震え、硬直する。
「………!!」
びくびくと脈打つ性器から、熱い粘液がほとばしり出る。
歯を食いしばって射精の快感に浸る。
指に熱い液体が滴り、スクアーロは恍惚として霞む目を潤ませた。










「何してる、カス」
不意にどこからか声が聞こえた。
バリトンの響く声。
ザンザスの…夢にまで見た、声……。
はっとしてスクアーロは夢見心地だった意識を瞬時に覚醒させた。
覚醒すると同時に背筋に氷を浴びせられたような衝撃が襲ってきた。
脚を広げ、指を精液で濡らしたあられもない格好のまま顔を上げる。
何時の間に入ってきたのだろうか、扉を背にしてザンザスが立っていた。
冷たく冴え冴えとした深紅の視線が、自分の恥ずかしい格好を見据えている。
スクアーロは銀蒼の眸を張り裂けんばかりに見開いた。
全身がわなわなと震え、喉がひゅっと鳴った。
瞬きをする事もできず、ザンザスを見つめる。
ザンザスが猛禽類のように瞳を眇めた。
肉厚の唇が歪んで白い歯が垣間見えた。
近寄ってくる姿を、スクアーロは呆然と見上げた。










次の瞬間、目の前が真っ赤になった。
視界が回り、自分の部屋の灰色の天井がくるりと反対になった。
焼け火箸を押しつけられたような打撃が、スクアーロの頭を襲う。
バシッ、とどこか遠くで骨を打つような音が聞こえた気がした。
自分がどうなったのか一瞬スクアーロは分からなかった。
気が付くとベッドではなく床に突っ伏していた。
精液で濡れた指を床に無様に這わせ、長い髪が乱れ広がっている。
「恥も外聞もねぇな、ドカス。昼間から何している」
低く響く冷徹な声が降ってきた。
頭が割れるように痛む。
ズキズキと脈動に合わせて血液が溢れ出そうだった。
唇を血が滲むほど噛み締め、スクアーロは顔を上げた。
ザンザスが見下ろしていた。
深紅の虹彩が鋭く射るように降り注がれる。
「ボ、ス……」
震える声で相手を呼ぶ。
ザンザスが薄く笑った。
「オレの名前を呼んでいたな、カス…」
「ボス、…ザンザス…」
嘲るような口調でさえも、愛しい。
声を聞くだけで、スクアーロは身体を熱くさせた。
殴られた箇所は熱を孕み今にも爆発しそうに痛んだが、それよりもザンザスの声に、スクアーロは陶然となった。
「汚ぇ野郎だ」
「ボス、…好きだ、ボス…」
「ハッ、…ドカスが」
どんな言葉でも、嬉しかった。
スクアーロはふらつく頭を上げ、這うようにしてザンザスの足元へ匍匐した。
堅い靴先に頬を押し当て、唇を寄せた。
それだけで、スクアーロは興奮した。
先程達したばかりだと言うのに、自分の下半身が再び熱を持つのを感じる。
「アンタをずっと待っていた。…ボス、オレを、…オレを…」
それ以上は言えなかった。
唇が震え、靴先から外れる。
「ちゃんと言え。カス」
上から強い口調が降ってきた。
スクアーロは顔を上げ、ザンザスを見上げた。
震える唇から掠れた声を発する。
「アンタをずっと待っていたんだぁ。…アンタには、この間の事かもしれねぇが、オレにとっては8年間だ。…なぁ、ボス、アンタが欲しい…。欲しくて欲しくて、どうにかなりそうだぁ…。オレを、…オレを…抱いてくれ」
言葉にすると、身体はもう堪えきれないほど興奮しているというのに、どうしようもなく羞恥が煽られた。
ザンザスに軽蔑されるのではないか。
二度と声も掛けて貰えなくなるのではないか。
そんな恐怖が不意に襲ってきて、スクアーロは俯いた。
怖かった。
ザンザスを喪うのは、もう耐えられない。
しかし、身体は熱く滾って、彼を欲している。
恐怖と情欲の狭間でスクアーロは呻吟した。
靴先に何度も口付け、頭を垂れる。
「カス、ケツを上げろ」
冷然とした声に、全身が戦慄いた。
ふらつく身体を叱咤して、ザンザスに向かって四つん這いになり、尻を高く上げる。
外気にサラされた後孔に、ザンザスの視線を感じた。
それだけで身体の芯が疼き、ペニスは再び勃起した。
先走りの透明な液体がつっと床に滴り落ちる。
身体の中から業火が燃えさかって、全身を凌駕していく。
「ボ、スッッッ!」
不意に尻を掴まれたと思う間もなく、ザンザスが入ってきた。
馴らしもしない後孔に突き立てられる怒張に、脳に何千本もの針を突き刺されるような激痛が走る。
スクアーロは眉をぐっと寄せ、喉を詰めて背中を弓のように反り返らせた。
身体の芯がとろとろに蕩け、溶鉱炉のように煮えたぎる。
熱くとろけた内部に凶器が容赦なく突き刺さり、内部を掻き回して蹂躙していく。
脳髄まで溶け、激烈な快感に身体が全てぐずぐずに崩れていってしまいそうだった。
突き刺さる激痛が快感をいや増しに増し、理性を跡形もなく席巻していく。
「あ、あ゛ッっ、グっ…い゛ぁ……ッッッ、ボ、ス……ボスっっ、…はっ、──…ぅう゛ッッッ!」
ひっきりなしに呻きながら、スクアーロは全身をのたうたせた。
痛みと、快感と、激情と切なさとが入り交じりぐつぐつと煮えて、全てがザンザスの入っている部分からの快楽に繋がっていく。
8年間夢に見ていた。
ザンザスを直接感じるこの瞬間を。
繋がった部分が焼ける。
焼けて溶けて、ザンザスと混ざり合い、熱情を交歓し、自他の区別が付かなくなる。
「あっ、あッ、あッ…ボ、スッッ、ボスっ、好、きだぁッッッ!!」
焼けた鉄の棒で柔らかい粘膜を擦られ、全身が震える。
堪えきれず、嗚咽を涎とともに漏らし、床に頭を押しつけてスクアーロは呻いた。
長い銀色の髪が渦を巻き、床に広がる。
激しく背後から突かれて上体が揺さぶられ、髪が生き物のように床の上を蠢く。
既に自分のペニスははち切れんばかりに漲り、雫を垂らし頭を振り立てて腹につくぐらいに反り返っている。
身体がどこかに翔んでいってしまいそうだった。
快感に全身が悦び、脳がどろどろに溶けていく。
ぐちゅぐちゅと湿った水音までもが耳から脳を犯し、痛みは既に快感と混じり合って区別がつかなくなり、スクアーロは激しく頭を振った。
「い゛…ッッ、あ、あぁッ…くっ、あっ……あああぁぁッッッッ───!!」
目の前が真っ白になった。
全身が沸騰し、爆発する。
限界を超えた快楽に、スクアーロは白目を剥き、喉を枯らして叫んだ。
脳内に閃光が走り、一瞬ふわっと身体が宙に浮く。
全身が火照り、いてもたってもいられなくなり、スクアーロは頭を床に打ちつけながら、激しく身震いした。
「ボスッ、…愛して、る……ッッ」
薄れゆく意識の中で呟く。
「カスが…」
ザンザスの声が聞こえた。
遙か遠くから、波のように。
ふっと目の前が暗くなり、身体の力が抜ける。
「馬鹿なカスだ。……言葉なんざ、オレ達に必要ねぇ…」










あぁ、そうだ、ザンザス。
オレ達には言葉は必要ない。
何もいらない。
熱と息づかいと、鼓動さえあれば。
不意に至福感が込み上げてきて、スクアーロは閉じた目尻から涙を溢れさせた。
身体中が熱く火照り宙に浮いて、そのまま浮き上がっていくようだった。
たとえようもなく幸福で精神も肉体も境界線があやふやになり、ザンザスの中に溶けていくような心持ちがした。
ザンザスの腕が自分を抱き締めてくるのを感じる。
スクアーロは8年間の積年の思いを解放し……そのまま意識を手放した。
深く深く、満ち足りた至福感が、自分を覆っていくのを感じながら。








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